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第24話_私が、会いに行きたい

北見柚乃


 日曜、楽しませるから。


 そこまで打って、指を止めた。

 その前に、言いたいことがあった。


 私は文を消した。

 今度は『会いたい』とだけ打つ。


 送る前に、机の端で通話の通知が光った。


「リノさん、今大丈夫?」

「はい。お願いします」


 マオさんの声に返事をし、仕事用のメモを手前へ寄せる。

 金曜の午後。日曜に行う接続テストの前に、確認する順番を二人で揃える時間だった。


 自分の音、相手の音、ゲームの音。

 聞こえるだけでは足りない。二人が同時に話した時にも言葉が分かるか、一つずつ確かめる項目を並べる。


「ここ、ゲームの方が大きくなったら、先に言ってください。私、一回話し始めると、そのまま行っちゃうので」

「じゃあ、遠慮なく止めるね。こっちも長かったら止めて」

「止めます」

「今、すごくはっきり返ってきた」


 笑われて、私も笑った。

 本番で、相手の見ている地図から道がつながるところを早く見たい。まだ知らない問題を、二人でどう間違えて、どうやり直すのだろう。


 メモへ一行足すと、マオさんが日曜の終了予定を読み上げた。


「ゲームの確認は三時五十分まで。片づけて四時、で変わってないから」

「はい。四時に出られるように、持ち物は先にまとめておきます」


 後に用事があることは、もう伝えてある。

 何の用事かまでは聞かれなかった。私も、そこで説明を広げなかった。


 確認を終え、通話を閉じる。

 空いた欄に印を付けると、準備のメモは一枚に収まった。


 スマホの画面には、まだ『会いたい』が残っている。


 私はその下に、もう少し何か足そうとした。

 明るくなるような言葉。せっかく会うなら、楽しみにしてもらえるような。


 文字を打つ代わりに、スマホを伏せた。

 本人に言う方を、先にしようと思った。


     *


 夜八時。

 真壁くんが空いていると返してくれたので、通話のボタンを押した。


 呼び出しの音が、一回、二回。

 机のマイクへ口を寄せかけ、スマホを持っていることを思い出す。いつもの姿勢のままだった。


『もしもし』

「……うん。今、大丈夫?」

『大丈夫。九時からだろ、そっち』

「準備は、だいたい終わってる」


 自分の言葉の後が、少し空いた。

 普段なら、次の話を出す間だった。何を話す予定だったか分からなくなったわけではない。


 私は服を掛けた椅子を見た。


「日曜、四時四十分に行くの、埋め合わせだけじゃないから」

『うん』

「私が、会いたいから行く。仕事が終わったら、真壁くんと遊びたい」


 そこまで言って、口を閉じた。

 でも、を付けずに待つ。


 スマホの向こうで、何か紙が動く音がした。


『俺も、会いたいよ』


 返事が来るのは分かっていたはずだった。

 なのに、一回聞いただけでは、次に何を言うか出てこなかった。


『北見?』

「うん。聞いてる」

『ああ。なら、よかった』


 本人は普通に言う。

 私はスマホを持つ手を替えた。


「……今、ちょっと困った」

『何で』

「こっちから言ったのに、ちゃんと返ってきたから」

『返さない方がよかった?』

「返して。そっちの方がいい」


 言ってから、ようやく笑えた。

 彼の笑う息も聞こえた。


『二時からは、江崎と遊ぶことにした』

「誘ったんだ」

『水曜の帰りに。あいつも、古いやつ気になるって』

「じゃあ、待ってる間じゃなくて、遊んでる間だね」

『うん。俺も先に楽しんでる』


 私は椅子の背へ手を伸ばした。

 青い服の袖を指で整える。買った時は、鏡の中に彼の上着も並んでいた。


「肩の方は、上手くならなくていいからね」

『成功する方、見せられない分もやってくる』

「結果は聞く。でも、大きい記録じゃなくてもいいよ」

『まだ諦めてないんだけど』


 強めに返され、今度は私が笑った。

 どんな記録を狙うか聞くと、彼はボタンを押す順番の話を始めた。全部は思い浮かばなかったので、途中で一度、どこのモードか聞き直す。


 話の最後に、彼が言った。


『北見が来てからのも、考えとく』

「それ、二人で選ぶ分も残しておいて」

『了解』

「あと、青いの、着ていくから」

『うん。見つけやすいな』

「見つけるために選んだ服じゃないんだけど」

『分かってる。ちゃんと見るよ』


 私は袖を離した。

 そういうところまで、準備のメモには書いていない。


 八時十二分。

 彼も時刻を見たらしく、最後に短く、日曜な、と言った。


「うん。日曜ね」


 通話を閉じた。

 スマホに残っていた『会いたい』の下書きを、今度はそのまま消す。


 言えた方を、もう一度文字で送り直す必要はなかった。


     *


 青い服を、日曜に取れるところへ掛け直した。

 襟の形を整え、隣へ鞄を置く。出る前に探し物をしないよう、財布の場所も確かめた。


 それから、仕事の机へ戻った。


 今夜の配信では、前回止まった道の続きを進める。

 開始の画面を開き、マイクの高さをいつもの位置へ戻す。音を一度出して、聞こえ方を確かめた。


 日曜の夜を休む告知は、もう出してある。

 コメント欄に、その次を楽しみにしているという言葉があった。私も、続きを見てもらいたいと思った。


 九時になる。

 画面の中のリノが、いつもの場所で手を振る。


「こんばんは。今日は、あの分かれ道からです」


 私はメモを横へ寄せ、まず目の前の道を、観ている人たちと一緒に確かめた。

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