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第23話_欲しかったのは、北見の時間

 スマホに打った文は、三行目から全部、俺の事情だった。


 どうして腹が立ったのか。

 何を思い出したのか。

 その後に、ようやく謝る言葉がある。


 俺はメモを閉じ、鞄の内側へスマホをしまった。

 四時まで、まだ五分あった。大学の屋外ベンチの前で立っていると、北見が講義棟の角から出てきた。


 俺を見つけ、一度足を止める。

 それから、いつも座る方へ来た。


「待った?」

「少し。俺が早く来たから」


 北見が腰を下ろしてから、俺も隣へ座る。

 鞄一つ分より狭く、昨日までより少し広い間が空いた。


「昨日、リスナー扱いって言ったの、ごめん」


 彼女は俺を見た。


「あれ、北見が俺のために作ってくれたんだよな。なのに、誰にでも配るものを渡されたみたいに言った」

「……うん」

「リノも北見なのに。好きでやってることまで、切り離す言い方した。悪かった」


 北見は膝の上で、鞄の持ち手を一つずつ重ねた。

 すぐに大丈夫とは言わなかった。俺も、次の言葉を急がなかった。


 目の前を、講義帰りの学生が通る。

 誰かが忘れ物に気づき、反対へ走って戻った。


「私、嬉しいって来た時、結構浮かれてた」


 北見が言った。


「五秒のところ、笑うかなって。作ってる時も、ちょっと笑っちゃったし」

「笑ったよ。俺も」

「うん。だから、これで少し元気にできたらって、そればっかりになった」


 彼女は持ち手から指を離した。


「一緒に遊びたかったのは分かってる。私もそうだったから。でも、分かってるだけだと何もできてない気がして」

「何もしてないわけじゃ、ないだろ」

「うん。昨日は、早く何か足したくなった。『同じ』なんて、言わなきゃよかった」


 彼女の目が、俺へ戻った。


「あの二十秒は、あげたかったんだよ。それは今も」

「うん」

「『いらない』って言われたみたいで、悲しかった」


 俺は彼女を見たまま、うなずいた。


「ごめん。もらって嬉しかったのは、本当だよ」


 俺は鞄へ手を入れた。

 スマホを出しかけ、やめる。ここで再生しなくてもよかった。


「消してない」

「……そう」

「消したくもない。五秒で決めろって言った後、延ばすの、ずるいなって思った」

「五秒で決めないでしょ、真壁くん」

「決める時もある」

「昨日は、返事の方が早すぎたね」


 俺は口を開き、閉じた。


「……それは、そう」


 北見は笑いかけたが、すぐには顔を緩めなかった。

 俺も、冗談の方へ逃げずに座り直す。


「日曜、仕事やめてほしいわけじゃない」

「うん」

「四時四十分に会うのも、変えたいわけじゃない。ただ、あの台で一緒に遊べないのは、やっぱり残念で。それまでなくす方法を考えなくても、よかったんだと思う」

「……そっか」


 北見が少しだけ背を丸めた。


「残念だね、って、もう少しそこにいたらよかった」

「俺も、そう言えばよかった。寂しくなくしてほしいんじゃなくて、残念なままでも、後で会いたいんだって」


 彼女は膝の鞄を一度持ち直し、俺の方へ少し体を向けた。


「次、何かしたくなったら、先に聞く。何がいいか」

「俺も、嬉しいって言った後に、急に要らないみたいなこと言わないようにする」


 北見が、そこでようやく、小さく息を吐いた。


「……じゃあ、日曜は?」

「北見が来たら、一緒に遊びたい」

「うん。私も」


 同じ時刻を入れた予定表は、二人とも出さなかった。


 四時二十分を知らせる建物の時計が見えた。

 北見もそちらを見て、鞄を膝から下ろす。


「同好会、行く?」

「行く」

「今日、何持ってきた?」

「この前の、短いやつ。江崎が大会のも出すって」

「じゃあ、先に短い方」


 俺は立ち上がった。

 北見が鞄を肩へ掛けるのを待ってから、共用室へ向かった。


     *


「真壁、今日どっちやる?」


 江崎は既に机を二つ使っていた。

 片方には大会のゲーム、もう片方には、俺の持ってきた箱を置く場所が空いている。


「先にこっち。三十分くらいで終わる」

「じゃあ俺も。今日は、ちゃんと最後まで売りたい」


 江崎が自分の荷物をどけた。

 北見は俺の隣の椅子に鞄を置き、箱を開ける方へ手を伸ばす。


 机へ並んだのは、道をつなぐ小さな板と、色の違う駒だった。

 自分の駒を出口まで運ぶ。板は誰でも動かせるので、道ができたと思った次の番には、曲がる先が変わる。


 俺は右端から進んだ。

 北見が板を一枚回す。


 道が、出口から遠ざかった。


「そこ、俺しかいないんだけど」

「うん。見えてる」

「仲直りの一勝とか、ないの?」

「それは別」


 隣で、彼女が俺の駒を指した。


「二手で戻れるよ」

「戻すのに二手使わせた人が教えてくれるんだな」

「親切なので」


 江崎が、俺たちが触っていない側を一枚ずらした。

 自分の駒を進め、一つ目の出口へ入る。


「そっちでやってて。俺、先に出る」

「待って、江崎くん。そこ回すなら、私も」


 北見が慌てて自分の道を見る。

 俺は、彼女が置き直した一枚の裏側へ、自分の駒を滑り込ませた。


「あ」

「親切な道、使わせてもらった」

「真壁くんのために開けたんじゃないけど」


 彼女が肩を寄せ、出口までのつながりを覗く。

 鞄一つ分も、空いていなかった。


 その一局は江崎が先に抜けた。

 二番を争った俺と北見は、最後の一枚を何度も動かし合い、終わった時には大会の練習を始める時間が少し減っていた。


「続き、次でいい?」

「うん。日曜も、遊ぶし」


 北見は普通の声で言った。

 俺も、うん、と返し、彼女が使った駒を袋へ戻すのを手伝った。


 次に袋を開ける時も、同じ相手と勝負がしたかった。

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