↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
19/26

第19話_選びたい仕事がある

「私、これ、やってみたいんだ」


 北見がスマホを机へ置いた。

 金曜の五時。大学近くの喫茶店の奥の席で、彼女は注文を済ませた後、小さな声でそう言った。


「夜島マオさんとのコラボ。十一月二十二日に、できそう」

「本当に?」

「うん。向こうのチャンネルで、二人用の謎解き」


 俺も活動名は知っていた。

 ただ、北見の仕事相手としてその名前を聞くのは初めてだ。本人に会ったこともない。


 彼女は画面をこちらへ押しつけず、自分で日付を見直してから、俺を見た。


「この前の配信、見てくれたんだって。道を間違えたところ」

「そこ?」

「うん。すぐ正解する方じゃなくて、その後の聞き直し方がよかったって」


 北見が両手で持ったグラスには、まだほとんど口をつけていない。

 声がいつもより少し速い。家で好きなコースを選んだ時と同じように、先に試したいことがいくつもあるらしかった。


「どんなやつ?」

「『灯台航路』っていうゲーム。別々の地図を見て、船を通すの」

「別々?」

「私が見えてるものが、相手には見えない。逆もある。だから、言い方を合わせていかないと進めなくて」


 彼女の指が、コップの横で左右へ動く。

 俺もついスマホへ目を向けたが、北見は画面を伏せた。


「今、問題を見せるわけじゃないよ」

「見れば分かるかなって」

「見えないから、喋る必要があるゲームなんだけど」

「最初から間違えたな」


 北見が笑って、メニューの裏に挟まれた店のメモ用紙を一枚取った。

 持っていたペンで、丸を三つ、離して描く。


「これ、私が今描いただけの図ね。ゲームの問題じゃなくて」

「うん」

「例えば、三つ目に行ってって言う」

「右?」

「真壁くん、どっちから数えた?」

「左から」

「私、上から言ってる」


 俺が紙を覗こうとすると、彼女は手で半分隠した。


「だから、こっちは見ないで」

「丸三つも見せてもらえないのか」

「今、見たら、もう話すことなくなるでしょ」


 俺は椅子の背へ体を戻した。

 何があるのか聞かないと、三つというだけでは、並び方も分からない。


「じゃあ、まず一番上に丸があるのか?」

「うん。左下にもある」

「あと一つは」

「右下。じゃ、左から数えたら?」


 俺が言いかけると、北見も同時に口を開いた。

 二人で止まる。少し間を置いて、彼女が紙の向きを変えずに俺を見る。


「今の、順番も決めないと駄目だね」

「俺、分かったつもりで答えるとこだった」

「私も、説明したつもりだった」


 北見が隠していた紙を出した。

 三つの丸が、少し歪んだ三角形になっている。俺が想像していたものと、端の一つだけ位置が違った。


「実際のゲームだと、もっと違うんだろ」

「そう。だから、面白そうなんだよね」


 彼女は描いた丸へ線を足しかけ、やめた。

 その先まで新しい問題を作ると、飲み物を頼んだことを忘れそうだった。


 俺がグラスを指すと、北見はようやく一口飲んだ。


「本番、俺も観たい」

「うん。観てほしい」

「説明が分かったら、ちょっと得意になるかも」

「本番は、真壁くんも知らない問題だからね」

「分かってるって」


 机の上で、彼女が笑った。

 私生活の話をしている時より遠いとは思わなかった。俺にとっても好きだったリノの仕事が、本人の楽しみにしている言葉で聞ける。


     *


「その前に、動作確認とか、あるんだよな」


 飲み物が半分ほど減ってから聞くと、北見はうなずいた。


「うん。接続とか、声の聞こえ方とか。別のテスト用のところで試す」

「いつ?」

「候補は来週末。時間、明日には決まるって」

「……一日も、入ってる?」

「入ってる。だから、決まったらすぐ話したい」


 俺は、昨日入れた二時の予定を思い出した。

 あの台は四時まで。その数字まで一緒に浮かぶ。


 北見も、手元へ目を落とした。


「昨日の約束、忘れてないよ」

「うん」

「でも、仕事も、やりたいと思ってる」


 言いにくそうではあったが、断れないからとは言わなかった。

 俺はグラスを置き、彼女がさっき描いた紙を見た。丸の位置を伝えようとして、二人で同時に喋ってしまったところを思い出す。


「面白そうだった。今の話」

「……うん」

「だから、日程が分かったら聞かせて。俺も、何時なら会えるか考える」


 北見はスマホを取り、画面を開いた。

 通知はまだ来ていないらしく、すぐに閉じる。


「ありがとう。明日、会って話せる?」

「昼なら」

「一時、ここでもいい?」

「うん」


 俺は予定を入れた。

 嬉しそうな声をもっと聞きたいと思った。それと同時に、昨日決めた二時間がなくならないでほしいとも思った。


 六時前に店を出ると、北見は自分から駅へ足を向けた。今夜九時からは、いつもの配信がある。

 彼女が帰ってからやることを短く数える横で、俺も明日の午後を空けた。


 十一月一日の欄は、まだ変えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。