第14話_彼女の知らない、俺の負け方
「真壁、それ、同じ手番じゃできないよ」
俺が置こうとした駒の下へ、江崎が説明書を滑り込ませた。
水曜の同好会。隣では北見が、今のは上手い、と言いかけた顔で止まっている。
「作って、そのまま売るんだろ。このカード」
「作るか、売るか」
「絵、二つあるけど」
「だから、どっちか一つ」
江崎が指した行を読んだ。
小さくもない字で、はっきりそう書いてある。
『四色の工房』は、材料を集め、品物にして得点を取るゲームだ。大会で使う追加カードには、できることの絵が二つ並んでいた。
俺はそれを両方使えると思っていた。
「……今まで、ずっと勘違いしてた」
「そのカード、先週入れたやつだからな」
向かいで一緒に遊んでいた会員が、自分の手札を確かめる。
俺はさっきまで、その人へ、この組合せなら待たずに売れる、と得意に説明していた。
「悪い。今の説明、忘れて」
「まだやってないから大丈夫」
「俺も、まだやってないことにしたいんだけど」
「手札には取っただろ」
江崎は許してくれなかった。
俺は材料の駒を戻し、生産する方だけを選んだ。売る方に回すはずだった一手がなくなり、棚に似せた自分の台の上へ品物だけが残る。
隣で北見が小さく笑った。
「さっき、絶対強いって言ってたね」
「一回で二つできたら強いだろ」
「できないんだよ」
「北見も、なるほどって言ってたぞ」
「……説明を聞いてただけ」
「その後、自分の手札に同じ組合せ揃えたよな」
北見が、伏せていた二枚を少し奥へ押した。
江崎はそちらを見てから、説明書を机の中央へ戻す。
「じゃあ、二人ともここ読んどいて」
「はい」
返事が揃った。
北見まで同じ返事をするので、俺は笑うのを止められなかった。
*
やり直しの一局では、俺は生産と販売を分けて考えた。
材料を集めるまでは早かった。売る準備を整えて、あと一度順番が来れば、というところで、江崎が最後の注文を取る。
「あ、それで終わり?」
「終わり。俺、四点差」
「もう一周すると思ってた」
「真壁が作ってる間に、俺は売ってたから」
自分の台には、綺麗に並んだ品物が残っていた。
今度は、どの一手も間違っていない。間違っていないまま、負けた。
「……悔しいな、これ」
「だろ。だから大会も出ようぜ」
江崎が鞄から出したのは、先日見せられた大会の案内だった。
十一月八日。個人戦で、予選を二局。初参加でも申し込める。
「ルール、ちゃんと読むって言ってたけど」
「読んだつもりだった」
「今日で一個覚えたじゃん」
それは確かだった。
俺は案内を自分のスマホでも開く。参加費と集合時刻を確認し、申込みの欄へ名前を入れた。
「出る」
「よし」
「ただし、そのカードはもう教えなくていい」
「まだ他にもあるぞ」
「今日はやめろ」
江崎が笑いながら、自分の申込みも進める。
一緒に出るが、同じチームではない。本番でも向かいに座ったら、遠慮なく四点差を付けにくるやつだ。
受付完了の画面を閉じると、北見がこちらへ椅子を向けた。
「見に行ってもいい?」
「大会?」
「うん。真壁くんが、知らない人とやるところ」
「今日の説明聞いた後で?」
「それも見たから、見たいんだけど」
彼女は机の上の品物を一つ取り、俺の台へ戻した。
このまま負けを並べておくつもりはなかったので、俺も片づけを始める。
「じゃあ、ちゃんと売れるところまで見せる」
「一回の勝ちを大事にするから、相手は強いかもしれないよ」
「北見の話だろ、それ」
「一回でも勝ったら、何回でも言っていいんだよ」
どういう自慢なのか分からなかった。
けれど、笑われた一局が終わっても、次にこの顔を見たいとは思えた。
*
六時半、廊下へ出ると、江崎は他の会員と大会の会場の話を始めた。
北見は俺の横へ来て、先に小声で言った。
「金曜日、午後空いてる?」
「二時くらいからなら」
「うちで遊ばない?」
俺は足を止めた。
北見も一歩先で止まり、振り返る。
「家?」
「ゲームあるし。前に話した、短いやつも」
「同好会のじゃなくて?」
「私の。家にある方」
まだ見たことのない棚が、頭に浮かんだ。
次に机と、パソコンが浮かぶ。あの配信の画面は、そこから届いているはずだ。
北見がスマホを出した。
「六時までには終わろう。夜、配信があるから」
「うん。それで行く」
「……そんなにすぐ決まる?」
「誘ったの、そっちだろ」
「そうだけど」
彼女は笑い、待ち合わせる駅の名前を送ってきた。
今度は仕事の用事かとは聞かなかった。返事をしてから、金曜の二時に、知らない駅の名前を入れた。




