第13話_次の土曜日まで、待てなかった
「三十分だけ、付き合ってくれない?」
月曜の午後、講義棟を出たところで北見に呼び止められた。
今日は祝日だが、うちの大学は普通に授業がある。彼女は折った紙を手に持ち、俺が足を止めるとすぐ隣へ来た。
「何かあった?」
「パン、買いに行こうと思って。真壁くん、好きでしょ」
紙を開くと、この近くの道と、パンの形に丸を付けた店が見えた。
「どこまで?」
「こっち。歩いて、十分くらい」
「買って帰るだけ?」
「うん。忙しかったら、それで」
俺はスマホで時刻を確かめた。一時間なら空いている。
それを伝えて、正門の方を指す。
「じゃあ、座って食う時間も取ろう。近い方にしない?」
「近い方?」
「正門を出たとこ。今の時間、総菜パンがまだある」
「……焼きたての?」
「当たれば」
北見がもう一つの折り目を開いた。
そちらにも丸があり、小さく『予備』と書いてある。俺が指す前に、彼女は紙を閉じた。
「そっちでもいいよ」
「用意してあったんじゃん」
「予備は必要でしょ」
「俺の返事次第で、店が変わるわけか」
「パンが嫌なら、別の用事を考えるところだったよ」
俺は彼女を見た。
北見は紙を鞄へ入れ、正門へ一歩先に出る。
「今、パンでいいって言ったからね」
「うん。俺も食いたい」
追いつくと、彼女は俺が昼に何を食べたか聞いた。俺も歩く速さを揃え、話しながら正門を出た。
*
棚には、トングと同じくらい長いパンが残っていた。
焼き上がり十五時二十分。切れ目にベーコンとチーズが見える。
「当たった」
「うん。……でも、こっちは売り切れか」
北見が隣の空いた籠を見た。カレーパンはもうなかった。
鞄からさっきの紙を出したので、俺はトングを止める。
「まだ別の予備があるの?」
「違う。食べる場所」
「店が決まる前から?」
「一時間あるなら、ここかなって」
紙の裏には、公園へ入る道が一本描いてあった。
俺は地図と北見を交互に見た。彼女が紙を折りかける前に、空いた手で公園を指す。
「ここ、ベンチある?」
「ある。入口のすぐ先」
「じゃ、そこがいい」
北見はようやく、紙を持つ手を下げた。
「パン、まだ選んでないんだけどな」
「そっちは、好きなの選べばいいじゃん」
彼女は紙をしまい、長いパンをトレーへ載せた。
俺は野菜と鶏肉を挟んだ丸い方を選ぶ。別々に会計をしてから、今度は北見の案内で公園へ入った。
*
ベンチの前では、子どもが落ち葉を踏んでいた。
一緒に買った飲み物を二人の間へ置き、俺も袋を開ける。子どもは同じところを何度も往復していた。
北見が一口食べて、パンの切れ目を覗いた。
「思ったより、奥まである」
「ベーコン?」
「うん。真壁くんのは?」
「まだ食ってない」
「断面だけ、見たい」
俺が半分に割ると、彼女は袋を膝に置いて覗き込んだ。
店を選んでいた時と同じくらい、真剣な顔だった。
「そっちもよかったな」
「店は予備でも、パンは第一希望?」
「ここに来るなら、そう」
「じゃあ、よかった」
俺も自分の分を食べた。少し酸味のあるソースで、歩いてきた後にはちょうどいい。
「今日、どっちも買えなかったらどうするつもりだった?」
「食堂の売店かな」
「地図、いらないな」
「うん。でも、真壁くんは呼ぶつもりだった」
北見はそう言ってから、もう一口食べた。
俺は袋の端を折り、彼女が飲み物の蓋を開けるまで待った。
「水族館の帰り、次は週末くらいかなって思ってた」
「私も。だから、今日なら三十分でもいいかなって」
「一時間、空いててよかった」
北見が俺を見る。
俺は、さっき口へ運びかけていたパンを下げた。
「呼んでくれてよかった。俺も会いたかったし」
「……うん」
彼女は一度だけ膝の袋を整えた。それから空いた場所へ地図を広げる。
今度は、予備の文字を隠さなかった。
「帰り、こっちを通れば正門へ戻れる」
「その角、一つ手前でも曲がれるぞ」
「ほんと?」
「うん。俺、講義の前に通ったことある」
彼女の指が道を辿り、俺の言った角で止まった。
残りのパンをそれぞれ食べ、授業の話をしているうちに、四時半が近づく。
北見が先に袋をまとめ、地図に描いた帰り道を指した。
「そろそろだね。真壁くん、この後あるんでしょ」
「うん。今日はこっちから戻ろう」
ベンチを離れる前に、彼女は今日入った店の丸をなぞり、俺が教えた角へ、短い矢印を一本足した。
紙を鞄へしまうのを待ち、俺はその道へ歩き出した。




