↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/26

第12話_あと一時間、帰りたくない

「もう一周する?」


 水族館の出口で聞くと、北見は首を振った。


「展示は、ちゃんと見た」

「うん」

「でも、まだ帰りたくない」


 北見が館内図から手を離した。俺は鞄からスマホを出し、今日の予定を開く。


「この後、用事ある?」

「夜は家にいる。北見は?」

「今日は配信もないよ」


 俺は時計を見た。四時を少し過ぎたところだ。

 夕飯までには帰ると、朝、家で話していた。


「じゃあ、あと一時間、どっか寄らない?」

「一時間」

「足りない?」

「……まずは、それで」


 延長の仕方まで強い。

 俺は笑って、駅とは違う方向を指した。


「館内で座りそびれたし。外の店、行ってみるか」

「私、さっき看板見た」


 北見がすぐに歩き出す。

 帰り道を惜しんでいた人とは思えない速さで、道路の角まで案内された。


     *


 窓の横の席に、背の高いパフェの写真が立っていた。

 二人で楽しむ、という文字の下に、白いクリームとプリンと細い焼き菓子が重なっている。


「これ、食べたい」

「すごいな」

「ね。上、プリンだよ」


 俺は隣のページで飲み物を探した。

 北見は写真の飾りを一つずつ見てから、こちらを覗き込む。


「何にする?」

「コーヒー。あと、このポテト」

「そっちなんだ」

「あの量の甘いやつは、付き合えない」

「……分かった。じゃ、パフェ一つ」


 彼女は写真をもう一度見てから頼んだ。

 俺も注文を済ませ、机の端へメニューを戻す。窓の向こうでは、水族館から駅へ向かう人が信号を渡っていた。


「さっきの、一緒に見るのよかった」

「クラゲ?」

「うん。動くまで待ったの」


 北見はコップの水を少し飲んだ。


「配信だと、ずっと一匹が動くの待つわけにもいかないから。別の話したり、先に進んだりするし」

「今日は俺がいたから、質問増えたけどな」

「増えてもよかったよ」


 彼女が机の上へ手を戻した。何かを説明する時とは違って、その先の言葉は足されない。

 俺も、コーヒーが来るまでに何か話さなくてはとは思わなかった。


 ポテトの後に運ばれてきたパフェは、写真より大きく見えた。


「……下、結構あるね」

「上ばっかり見てたんだろ」

「下も見たよ。写真では」


 それでもプリンを食べている間は、北見のスプーンはよく動いた。果物の下からアイスが出てくると、ようやく一度置かれる。


「まだ余裕?」

「食べるの、急いでないだけ」

「俺も急がせてないぞ」


 彼女は俺の皿を見た。


「一つ、交換してほしい」

「どこを?」

「ここの甘いところと、そっちのしょっぱいの」

「全部甘いだろ、それ」

「そうなんだよね」


 取り皿へポテトを二本移すと、北見もアイスを少し分けてくれた。甘いのはそのくらいでよく、苦いコーヒーの後に食べた。


 北見は一本だけ食べ、もう一本をパフェの皿の横へ置いた。少しして、止まっていたスプーンがまた動き始める。

 最後のアイスがなくなる頃には、コーヒーも冷めていた。空いた皿を端へ寄せると、北見は膝に掛けた鞄を持ち上げかけ、俺がまだカップを持っているのを見て戻した。


 もう飲む分は残っていなかった。

 それでも、窓の向こうの信号が変わるまで、二人とも立たなかった。


     *


 店を出たのは、五時を少し回った頃だった。

 来る時とは違う通りを歩き、バス停まで行く。行きに使った駅へ戻る便が、ちょうどロータリーへ入ってきた。


「これ?」

「うん。次、十五分後にもある」


 北見が時刻表を確かめた。俺も家に着く時刻を計算して、夕飯に間に合うと分かってから、道の向こうの小さな広場を見た。


「一本後にする?」

「いいの?」

「もう少し歩きたい。俺も」


 北見はバスの方へ一度目を向け、それから俺にうなずいた。

 ロータリーを出ていくバスを見送り、広場の端をゆっくり回った。水族館の建物はもう見えず、通りの向こうに駅へ向かう看板だけがあった。


 話しかけようとして横を向くと、北見もこっちを見ていた。


「何?」

「……別に」


 彼女は小さく笑って、俺の歩く方へ向き直る。

 俺も話を探すのをやめた。さっきのクラゲみたいに、同じ方を見ているだけでよかった。


 次のバスが来る少し前に、北見が時刻表の下へ戻った。俺も隣に立つ。今度は二人とも、来たバスに乗った。

 駅で、彼女は自分のホームへ向かう案内を確かめてから、もう一度だけ俺へ手を振った。


 家へ向かう電車で、さっきまではすぐ隣にあった袖の色を思い出した。

 画面へ『今日は楽しかった』と打っている間に、北見からも同じ言葉が届いた。

 俺は書きかけを消さず、そのまま送った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。