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253話「名前のついたチーム」

 大抽選会から一週間後。


 終業時刻を迎えた島川不動産の会議室に、6人が集まっていた。


 陽菜。


 樹里。


 凛。


 柚希。


 萌。


 陸。


 チーム櫻井モデルの正式メンバーだけだった。


 正面のホワイトボードには、陽菜の字で大きく書かれている。


【チーム櫻井モデル 大反省会】


「大がつくんですね」


 凛が文字を見上げる。


『大抽選会だったからね』


「そういう理由?」


 柚希が尋ねる。


『なんか規模を揃えた方がいいかなって』


「必要ないと思います」


 萌が即座に否定した。


『始まって1分で文句が出た』


「反省会なのですから、反省する点を指摘しただけです」


『萌、真面目すぎ』


「櫻井さんが真面目に始めてください」


『はい』


 陽菜はホワイトボードの前へ立った。


 手には、数枚の資料がある。


 いつもなら何も持たずに話し始める陽菜が、今日に限っては準備をしてきていた。


 陸が資料を見る。


「それ、櫻井さんが作ったんですか」


『失礼だなあ。あたしだって資料くらい作るよ』


「内容ではなく、紙が曲がっているので」


『鞄の中でちょっと揉まれただけ』


「何にですか」


『お弁当箱』


「資料と一緒に入れたんですか」


『細かいことはいいの』


 陽菜は曲がった紙を机へ置いた。


 そこには、大抽選会当日の数字と、これまでの通常公開日の実績がまとめられていた。


 来場者数338名。


 見学件数。


 相談件数。


 次回予約32件。


 そして、来場者から寄せられた意見。


『まず、反省からね』


 陽菜はホワイトボードに3つの項目を書く。


【予測】


【入口】


【応援】


『来場者数の予測が少なすぎた』


「過去の大抽選会を参考にしていましたが、今回は広告の反響まで読み切れていませんでした」


 萌が答える。


『うん。でも、それは萌一人の責任じゃない』


「配置を決めたのは私です」


『最終的に、その計画で進めるって決めたのは全員でしょ』


 陽菜は6人を見回した。


『だから、これはチームの反省』


「はい」


『次。入口が分かりにくかった』


「モデルハウスごとの受付と、抽選の列を別々に考えていました」


 陸が口を開く。


「会場へ来る人から見れば、入口は一つしかなかったのに、運営する側の都合で分けていました」


『それに途中で気づいたのは、陸だけどね』


「最初から気づかなければいけませんでした」


『反省って、できなかった自分を殴ることじゃないよ』


「殴ってはいません」


『気持ちの話』


 陸は黙って陽菜を見る。


『次に同じことが起きないように、覚えとけばいいの』


「はい」


『最後。応援を呼ぶのが遅かった』


 陽菜は、自分で書いた文字を見た。


『これは、あたしの反省』


「櫻井さんだけの責任ではありません」


 萌が言う。


『最初に、もう少しだけ6人でやれるって言ったのはあたしだから』


「全員、同意しました」


『でも、助けを呼ぶって決めるのが遅れた』


 陽菜は誤魔化さなかった。


『もう少し遅かったら、凛ちゃんも柚希ちゃんも持ち場から動けなくなってた。萌は全体を見られなくなって、陸も目の前の対応だけで終わってたと思う』


 凛も、柚希も否定しなかった。


 あのときは、確かに限界へ近づいていた。


『次からは、誰かが倒れる前に呼ぶ』


「当然です」


 萌が答える。


『何、その日高先輩みたいな言い方』


『私は、その程度では済ませません』


 樹里が淡々と返す。


『だよね。もっと長く怒られる』


『必要なら』


『必要ないです』


 小さな笑いが起きた。


 反省点は残る。


 改善しなければならないことも、いくつもある。


 だが、失敗だけで終わった日ではない。


 陽菜はホワイトボードの【大反省会】へ横線を引いた。


 その下に、新しい言葉を書く。


【みんなの話】


「急に雑になりましたね」


 萌が言う。


『いいタイトル思いつかなかった』


「そこは事前に考えていなかったんですか」


『こっちが本題なのにね』


 陽菜は笑った。


『まず、日高先輩』


 樹里が陽菜を見る。


『今回、日高先輩は何でもできたと思う』


『何でもはできません』


『できるよ。受付も、相談も、案内も、全体の判断も』


 陽菜は、大抽選会当日の樹里を思い出す。


 誰かの手が足りなければ、すぐにそこへ入る。


 判断を求められれば、短い言葉で進む方向を示す。


 樹里が自分で全体を動かそうと思えば、そうすることもできた。


『でも、日高先輩はやらなかった』


『川原さんが担当でしたから』


『うん。萌に任せた』


 萌が樹里を見る。


『萌が神崎さんのところへ行ったときだけ、代わりに判断役へ入った。でも、萌が戻ったらちゃんと返した』


 樹里は何も言わず、陽菜の言葉を聞いている。


『日高先輩が全部決めた方が、早かったこともあったと思う』


『そうかもしれません』


『それでも待った。陸にも答えを言わないで、どうすればいいか聞いてた』


 陸も、あのときのやり取りを思い出していた。


 入口が混んでいると報告したとき、樹里は解決策を与えなかった。


 陸自身に考えさせ、その案を萌へ繋がせた。


『日高先輩は、前に立って引っ張るだけじゃなくて、後ろからみんなを支えてくれた』


『私は、必要なことをしただけです』


『それがすごいって言ってるの』


 陽菜は樹里へ笑い掛ける。


『日高先輩がいたから、あたしたちは迷っても壊れなかった。ありがとうございました』


 陽菜が頭を下げる。


 樹里は、すぐには答えなかった。


 褒められることにも、感謝を正面から向けられることにも、いまだに慣れていない。


『……私一人では、あの会場を動かせませんでした』


 樹里は5人を見る。


『皆さんが自分の役割を果たしたからです』


『そういうのは、最後にあたしが言う予定だったのに』


『先に言ってはいけませんか』


『いいけど』


 陽菜は少し不満そうに口を尖らせ、次に凛を見る。


『次、凛ちゃん』


「はい」


『凛ちゃんは、入口にいてくれた』


「受付担当でしたから」


『ただ受付しただけじゃないよ』


 陽菜は首を横に振る。


『お客さんが何を見たいのかだけじゃなくて、何をしに来たのかを聞いてた』


 抽選を楽しみに来た家族。


 まだ家を買うと決めていない夫婦。


 相談すること自体を迷っていた者。


 凛は、記入欄を埋めるための質問をしていたわけではない。


 一人ずつの声を聞き、その人に合う入口を探していた。


『凛ちゃんが最初にちゃんと話を聞いてくれたから、あとの人が動きやすかった』


「途中からは、彩花さんが番号を管理してくださいました」


『でも、彩花さんが来る前から、凛ちゃんが受付を守ってたでしょ』


「はい」


『応援が来たあとも、役目を渡したんじゃなくて、彩花さんに足りないところを助けてもらってた』


 凛は、自分が受付に立っていた時間を思い返す。


 数字だけを見れば、案内した人数や予約件数の方が分かりやすい。


 だが、その数字へ至る最初の会話を担ったのは凛だった。


『凛ちゃんは、みんなが見逃すような小さいことに気づく』


 陽菜の声が、少しだけ柔らかくなる。


『人が言葉にできないことまで、ちゃんと見つけてくれる』


「そんなに大したことはしていません」


『そうやって自分のことだけ小さく見るの、凛ちゃんの悪い癖だよ』


「悪い癖まで言われるんですか」


『反省もするって言ったじゃん』


 凛が困ったように笑う。


『凛ちゃんが入口にいてくれてよかった。ありがとうございました』


「こちらこそ、参加させてくれてありがとうございました」


『参加じゃないよ』


「え?」


『凛ちゃんは、最初からこのチームの人だから』


 凛の目が僅かに開く。


『誰かに呼ばれて手伝ったんじゃない。凛ちゃんがいたから、このチームができたの』


 凛は一度、視線を落とした。


 それから、静かに頷く。


「はい」


 陽菜は柚希へ顔を向けた。


『次、柚希ちゃん』


「はい」


『柚希ちゃんは、ずっと笑ってた』


「感想、それだけ?」


『まだ途中』


「よかった」


『抽選の列、長かったでしょ』


「長かった。途中から終わりが見えなかったもん」


『子どもが泣いたり、待ちくたびれた人が不機嫌になったりしてた』


「うん」


『それでも柚希ちゃん、お菓子を渡すときも、番号を呼ぶときも、一人ずつちゃんと話してた』


 柚希は、自分では特別なことをしたつもりがなかった。


 子どもが退屈そうなら声を掛ける。


 家族が離れそうなら、同じ色の札を持たせる。


 見学の順番が近づけば、抽選の列から探して呼ぶ。


 必要だと思ったから、そうしただけだった。


『柚希ちゃんがいたから、待ってる時間まで嫌な思い出にならなかった』


「そんなの、分からないよ」


『分かるよ。帰るとき、みんな笑ってたじゃん』


「高村さんが来てくれたから、途中から周りも見られたんだよ」


『うん。高村さんにも助けてもらった』


 陽菜は頷く。


『でも、柚希ちゃんが最初からあそこを守ってたから、高村さんもすぐに動けた』


「そっか」


『柚希ちゃんって、人と話すの上手いよね』


「今さら?」


『今まで、お喋りが好きなだけだと思ってた』


「陽菜さん、それ褒めてる?」


『今はちゃんと褒めてる』


「今はって何?」


 柚希が不満そうに陽菜を見る。


 会議室に笑いが広がった。


『柚希ちゃんが笑ってると、周りも安心する。それって、誰にでもできることじゃないよ』


 陽菜は改めて柚希を見る。


『最後まで、あの場所を楽しいところにしてくれてありがとうございました』


 柚希は照れたように頬を掻いた。


「どういたしまして」


 その返事は、いつもより少しだけ小さかった。


『次、萌』


 名前を呼ばれ、萌が姿勢を正す。


「はい」


『そんな緊張しなくていいよ』


「していません」


『してる顔だよ』


「続けてください」


『はい』


 陽菜は手元の資料を見る。


 だが、すぐに紙から目を離した。


『最初の頃の萌は、何をするにも日高先輩の答えを待ってた』


 萌の指が、机の上で僅かに動く。


『日高先輩が何も言わないから、自分は見てもらえてないって思ってた』


「はい」


『本当は、違った』


 陽菜は樹里を見る。


『日高先輩は、萌に自分で考えてほしかった。答えを教えたら、萌は間違えないかもしれない。でも、それだと日高先輩がいない場所で決められなくなるから』


 萌も樹里を見る。


『日高先輩。合ってますよね』


『はい』


 樹里は短く答えた。


『ですが、伝え方が足りませんでした』


「それは、前に聞きました」


 萌が答える。


「私も、自分から聞こうとしませんでした」


『うん。だから、どっちも悪かった』


「櫻井さんがまとめると、急に軽く聞こえます」


『分かりやすいでしょ』


 陽菜は笑ったあと、真っ直ぐ萌を見た。


『でも、大抽選会の萌は、誰かの答えを待たなかった』


 予測を超える来場者。


 崩れていく当初の配置。


 神崎チームの端末停止。


 陸から出された共通受付の提案。


 そのたびに萌は、自分で考え、決めた。


『計画を守るんじゃなくて、そのとき必要なものを選んだ』


「間違っていた判断もあります」


『あるよ』


 陽菜は、簡単に否定しなかった。


『応援を呼ぶのは遅れたし、入口の問題には陸が先に気づいた』


「はい」


『でも、陸が見つけたものを受け取って、神崎さんと話して、形にしたのは萌』


 萌は黙って聞いている。


『自分の案にこだわらず、神崎さんのやり方も使った。競ってる相手が困ってたら、迷わず手伝いに行った』


「会場を止めないためです」


『それを自分で決めたことが、すごいんだよ』


 陽菜の言葉に、萌の視線が僅かに揺れる。


『萌は、日高先輩みたいにならなくていい』


「え?」


『日高先輩から教わっても、同じ人になる必要はないでしょ』


 陽菜は樹里を見る。


『日高先輩は、あんまり喋らない』


『否定はしません』


『萌は、ちゃんと言葉にして人を動かせる』


「まだ、上手くできません」


『最初から上手くできる人なんていないよ』


 陽菜は笑う。


『萌は、萌のやり方で決められる人になった』


 萌が欲しかったものは、答えではなかった。


 自分が考えたこと。


 迷ったこと。


 それでも決めたこと。


 そのすべてを、見ていてほしかった。


『萌がこのチームを動かしてくれて、本当によかった。ありがとうございました』


 萌は唇を結んだ。


 何かを堪えるように、一度だけ下を向く。


「……ありがとうございます」


 その横で、樹里が口を開いた。


『川原さん』


「はい」


『私からも、一つだけ』


 萌が顔を上げる。


『よくできました』


 短い言葉だった。


 派手な褒め方でもない。


 それでも、萌がずっと樹里から聞きたかった言葉だった。


 自分を見てほしい。


 何を考え、何を選んだのかまで知ってほしい。


 それが、ようやく届いた。


「ありがとうございます」


『ただし、改善すべき点はあります』


 萌は思わず笑った。


「日高さんなら、そう言うと思いました」


『何かおかしいですか』


「いいえ。これからも教えてください」


『はい』


「でも、日高さんも必要なことは伝えてください」


『努力します』


「約束してください」


 以前なら、萌はそこまで求めなかった。


 今は違う。


 待つだけではなく、自分から必要な言葉を取りにいける。


『分かりました。約束します』


「はい」


 教育担当と後輩。


 一方だけが教え、一方だけが与えられる関係ではない。


 足りないところを互いに伝えながら、2人はようやく同じ方向を見始めていた。


 陽菜は、最後に陸を見る。


『陸』


「はい」


『今日、自分が何したか分かってる?』


「大抽選会の日の話ですよね」


『そう』


「会場を見て、必要なことを報告しました」


『それだけ?』


「入口の受付を一つにする案を出しました」


『うん』


「駐車場の案内板が足りないことにも気づきました」


『うん』


「最後に、会場全体を確認しました」


『ちゃんと分かってるじゃん』


「ですが、決めたのは川原さんと日高先輩です」


『陸が見つけなかったら、誰も決められなかったよ』


 陽菜は、陸の正面へ立つ。


『最初の陸は、周りを見ないで突っ走ってた』


「はい」


『その次は、周りが見えるようになった。でも、見つけたものを自分だけで何とかしようとしてた』


「はい」


『今回は違った』


 陽菜は指を一本ずつ立てる。


『見つけて。考えて。自分だけで決められないことは、必要な人に繋いだ』


 陸は何も言わず、陽菜を見る。


『周りを見るって、全部自分で助けることじゃないんだよ』


「はい」


『誰が必要なのかを見つけることでもある』


 入口の問題を樹里へ報告した。


 解決案を萌へ繋いだ。


 駐車場の不足を黒澤へ伝えた。


 待機場所の問題を、自分で抱えずに判断できる者へ渡した。


『陸が走ってくれたから、離れてた場所が全部繋がった』


「俺は、報告しただけです」


『その“だけ”を、みんな自分でやろうとして失敗するの』


 陽菜自身にも、覚えがあった。


 一人で抱え、誰にも言わず、自分だけで何とかしようとする。


 それが強さだと思っていた。


『陸。もう、周りを見ろって言わなくても大丈夫そうだね』


「まだ見落とすと思います」


『そのときは、誰かが陸に教えるよ』


「櫻井さんがですか」


『あたしだけじゃない』


 陽菜は、会議室にいる全員を見る。


『萌も、日高先輩も、凛ちゃんも、柚希ちゃんもいる』


「はい」


『陸。よく頑張ったね』


「……ありがとうございます」


 陸は一度、下を向いた。


 顔を上げたとき、目元が僅かに赤くなっている。


『泣く?』


「泣きません」


『我慢しなくていいよ』


「泣きません」


『じゃあ、頭撫でていい?』


「それも嫌です」


『そこは成長しないんだ』


「成長と関係ありません」


 陽菜が笑う。


 陸も、僅かに笑い返した。


 5人への言葉を終え、陽菜はホワイトボードの前へ戻った。


 手元には、まだ一枚だけ紙が残っている。


 だが、そこに書いてある文章を読むことはしなかった。


『最後に』


 陽菜は、少しだけ息を吸った。


『このチームに自分の名前がつくって聞いたとき、めちゃくちゃ恥ずかしかった』


「自分で言い出したんじゃなかった?」


 柚希が尋ねる。


『細かいことはいいの』


「今日は細かいこと、多いね」


『柚希ちゃん、静かに』


 笑いが起きる。


 陽菜も笑った。


 だが、次に口を開いたとき、その声は僅かに震えていた。


『あたしの名前がついてるのに、あたし一人じゃ何もできなかった』


 誰も、否定しなかった。


『最初は、あたしがみんなを引っ張らなきゃって思ってた。あたしが考えて、あたしが頑張って、あたしが成功させなきゃって』


 いつの間にか、それが変わっていた。


『日高先輩が支えてくれた』


 樹里を見る。


『凛ちゃんが、お客さんの声を繋いでくれた』


 凛を見る。


『柚希ちゃんが、待ってる人たちを笑顔にしてくれた』


 柚希を見る。


『萌が決めてくれた』


 萌を見る。


『陸が、みんなの見えてないところを見つけてくれた』


 陸を見る。


『あたしが全部やろうとしたら、大抽選会どころか、その前に潰れてたと思う』


「そうですね」


 萌が答える。


『そこは否定してよ』


「事実ですから」


『日高先輩みたいなこと言う』


 陽菜は笑う。


 目に滲みかけた涙を、その笑顔で一度だけ押し戻した。


『でも、助けてって言ったら、みんな来てくれた』


 正式メンバーだけではない。


 黒澤。


 神谷。


 中井。


 佐藤。


 彩花。


 高村。


 神崎優子と、そのチーム。


 陽菜の声に応え、いくつもの手が差し出された。


『このチームが成功したのは、あたしがいたからじゃない』


 陽菜は、5人の顔を見る。


『あたしの名前がついてるけど、これはあたしのチームじゃない』


 もう一度、全員を見る。


『あたしがいる、みんなのチームです』


 会議室が静かになる。


『みんながいてくれて、本当によかった』


 陽菜は深く頭を下げた。


『ありがとうございました』


 しばらく、誰も言葉を発しなかった。


 最初に椅子から立ち上がったのは、凛だった。


「陽菜さん」


『うん』


「こちらこそ、ありがとうございました」


 凛が頭を下げる。


 柚希も立ち上がった。


「大変だったけど、楽しかった」


『うん』


「またやる?」


『しばらくはいいかな』


「私も」


 2人が笑う。


 萌も立ち上がる。


「櫻井さん」


『はい』


「次にやるときは、もっと早く応援を呼びます」


『またやる前提?』


「改善点を生かすには、次が必要です」


『萌って意外と負けず嫌いだよね』


「櫻井さんほどではありません」


 陸も席を立った。


「俺も、次は最初から入口を見ます」


『うん。でも、陸一人で全部見なくていいからね』


「分かっています」


『本当に?』


「必要な人へ繋ぎます」


『よし』


 最後に、樹里が立ち上がった。


『櫻井さん』


『はい』


『一つ、訂正があります』


『何ですか』


『あなたがいたから成功したのではない、という部分です』


 陽菜が樹里を見る。


『確かに、櫻井さん一人では成功しなかったと思います』


『それは否定しないんですね』


『ですが、櫻井さんがいなければ、この5人はここに集まっていません』


 陽菜の表情から、笑いが消える。


『櫻井さんが人を呼び、巻き込んだ。だから、このチームができた』


 樹里は静かに続ける。


『誰かに手を差し出させることも、チームを動かす力です』


 それは、かつて一人で何もかもを背負っていた樹里だからこそ、言える言葉だった。


『あなたがいたから始まりました』


 陽菜の目から、とうとう涙が零れた。


『……日高先輩、そういうの言うようになったよね』


『いけませんか』


『いけなくない。困るだけ』


『なぜですか』


『泣くから』


「もう泣いてるよ」


 柚希が言う。


『柚希ちゃん、見ないで』


「無理でしょ。正面にいるもん」


『萌も陸も見ないで』


「それも無理です」


「俺は見ていません」


『陸だけ優しい』


「窓を見ているだけです」


『やっぱり優しい』


 陽菜は涙を拭いながら笑った。


 その笑顔につられるように、5人も笑う。


 チーム櫻井モデル。


 陽菜の名前から始まったチーム。


 誰かが見つけ。


 誰かが決め。


 誰かが支え。


 誰かが声を受け止め。


 誰かが足りない手を差し出す。


 一人の名前を掲げながら、最後に残ったのは一人の成果ではなかった。


 6人で作り上げた時間。


 それを支えてくれた、さらに多くの人たち。


 そのすべてが、チーム櫻井モデルという名前の意味になっていた。

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