251話「ひとつの入口」
神崎優子のチームで起きた端末の不具合は、すぐには直らなかった。
「再起動しても、同じ画面から進みません」
「本部には連絡した?」
「今、確認してもらっています。復旧時刻は分からないそうです」
受付端末の前には、入力を待つ書類が積み上がり始めていた。
相談席には、すでに数組の来場者が待っている。
このまま受付を止めれば、列はさらに伸びる。
優子は萌を見る。
「手伝えることがあると言ったわね」
「はい」
「端末が復旧するまで、相談受付を止めたくない。何か方法はある?」
萌は、神崎チームの受付担当が持っている書類を見る。
「今、端末へ入力している項目を教えてください」
「氏名、連絡先、相談内容、希望地域、購入時期。それから担当者名です」
「紙で代用できると思います」
萌は自分たちの受付で使っている記録用紙を数枚持ってきた。
「氏名と連絡先はこちら。希望地域と購入時期は、この余白へ記入できます。相談内容が長くなる場合は、裏面を使います」
優子が用紙へ目を落とす。
「端末が復旧したあと、すべて入力し直すことになるわ」
「はい」
「二度手間よ」
「それでも、今待っている方を帰すよりいいと思います」
萌は迷わず答えた。
「一度受付を止めれば、再開したあとにもっと混乱します。紙へ記録を残しておけば、相談だけは続けられます」
「記入に時間が掛からない?」
「項目を減らします」
「何を削るの?」
萌が答える前に、優子が用紙へ指を置いた。
「相談内容を、受付で細かく書かせる必要はないわ」
「相談席で聞くということですか」
「ええ。購入時期、希望地域、資金相談の有無。この3つが分かれば、担当を振り分けられる」
「では、受付では選択式にします」
萌は余白に3つの項目を書き、丸をつけるだけの形へ変えた。
「これなら、時間を掛けずに記録できます」
「担当者名は右上。受付番号は左上に大きく書いて」
「分かりました」
萌は用紙を複数枚重ね、即席の複写用紙を作る。
一枚は相談担当へ。
もう一枚は、端末復旧後の入力用として受付へ残す。
優子はそれを見て、僅かに目を細めた。
「あなた、自分のやり方を押し通すと思っていた」
「神崎さんの方法の方が早いなら、そちらを使います」
「抵抗はないの?」
「ありません。今は、受付を動かすことの方が大事です」
「そう」
優子は受付担当へ向き直った。
「紙で続けるわ。相談内容は受付で聞きすぎない。分からないことがあれば、私か川原さんへ確認して」
「はい」
萌も用紙を手に取った。
「私が最初の数組を受けます。書き方を見ていてください」
競っている相手の受付へ入り、その運用を支える。
それは、事前に立てた計画にはない行動だった。
だが、萌は正解を確認しようとはしなかった。
今必要だと判断し、自分の足で動いていた。
一方、チーム櫻井モデルでは、樹里が萌に代わって会場全体の判断役へ入っていた。
『山本さん。現在の待ち時間を教えてください』
「抽選が約20分。見学が15分。相談は30分以上です」
『相談担当は』
「神谷さん、中井さん、櫻井さんです。佐藤さんは見学中です」
『遠藤さんの受付は』
「森下さんが入ってから、記入待ちは減っています」
『早川さんのところは』
「高村さんが景品を担当しているので、早川さんが列全体を見られています。ただ、抽選を終えた人と、これから並ぶ人が入口付近で重なり始めています」
『分かりました。引き続き、全体を見てください』
「はい」
陸は入口へ向かう。
見学待ちの人数。
相談席の空き。
抽選の列。
駐車場から入ってくる人の流れ。
そのすべてを順番に確認する。
しばらく歩いたところで、陸の足が止まった。
入口付近に、数組の家族が立ち止まっている。
掲げられた案内板を見比べながら、どこへ進めばいいのか迷っていた。
チーム櫻井モデルの受付。
神崎優子のチームの受付。
大抽選会へ続く列。
3つの入口が、同じ場所へ集まっている。
「こちらは、モデルハウスの受付ですか」
夫婦に尋ねられ、陸が答える。
「はい。モデルハウスは2棟あります。どちらをご希望ですか」
「まだ決めていないんです。中を見てから考えたくて」
「それでしたら、両方をご覧いただけます」
「先にどちらへ並べばいいんですか」
陸は、すぐには答えられなかった。
それぞれの受付は、自分たちのモデルハウスを見る人を受け付けるために作られている。
どちらを見るか決めていない人のための入口がない。
「少々お待ちください」
陸は夫婦へ頭を下げ、樹里のもとへ戻った。
「日高先輩」
『どうしましたか』
「入口そのものが混み始めています」
『抽選の列ですか』
「違います」
陸は入口を指す。
「来た方が、最初にどこへ行けばいいのか分かっていません」
樹里も入口へ目を向けた。
受付の前へ立つ凛は、一組ずつ丁寧に話を聞いている。
彩花が受付番号と待ち時間を管理するようになり、チーム櫻井モデル側の処理は速くなっていた。
柚希も高村と役割を分け、抽選の列を止めずに動かしている。
どちらの持ち場も、内部の運用には問題がない。
それでも、入口には人が溜まっていた。
「それぞれの受付は回っています。でも、受付が分かれていること自体が問題だと思います」
『どうすればいいと思いますか』
「最初の受付を、一つにします」
『一つにしたあと、どちらのモデルハウスへ案内するんですか』
「来場した方に選んでもらいます」
『まだ決めていない場合は』
「両方の資料を渡します。説明を聞いたあとで選んでもらうか、両方を見てもらいます」
『神崎さんのチームとの調整が必要です』
「川原さんへ相談します」
樹里は頷いた。
『行ってください』
「はい」
陸は優子のチームへ向かい、紙の受付を手伝っている萌へ声を掛けた。
「川原さん。今、話せますか」
「どうしたの?」
「入口の受付を一つにしたいです」
「一つに?」
陸は、入口で起きていることを説明した。
自分たちの受付。
優子のチームの受付。
抽選の列。
それぞれは動いていても、その手前で来場者が迷っている。
「受付の人数が足りないんじゃなくて、最初の入口が分かれていることが問題だと思います」
「どう変える?」
「共通の受付を一つ作ります。最初に来場目的を聞いて、希望する場所へ案内します」
「どちらのモデルハウスを見るか決めていない人は?」
「両方の資料を渡します。選ぶのは、来場した方です」
萌は入口を見る。
陸の言うとおりだった。
自分たちは、自分の持ち場を動かすことばかり考えていた。
陸は、その外側で起きている詰まりを見つけている。
「分かった。神崎さんへ相談する」
萌は優子へ向き直った。
「神崎さん。入口の受付を、両チームで一つにできませんか」
「一つにする?」
「最初に来場目的だけ確認して、それぞれの場所へ案内します。まだ見学先を決めていない方には、両方の資料をお渡しします」
「相談予約は、どちらへ振り分けるの?」
「お客様に選んでいただきます」
「どちらでもいいと言われた場合は?」
萌は僅かに考えた。
「待ち時間の短い方をご案内します」
「数字に差が出るわよ」
「出ます」
「あなたたちが不利になるかもしれない」
「それでも、入口で迷って帰られるよりいいです」
優子は黙って、入口を見る。
競争だけを考えれば、自分たちの受付を独立させたままの方がいい。
相手より早く声を掛け、自分たちのモデルハウスへ誘導できる。
だが、その結果、どちらへ行けばいいか分からないまま帰る人が出れば、展示場全体にとっての損失になる。
「分かった」
優子は答えた。
「最初の受付を一つにする。ただし、どちらかへ誘導するような案内は禁止」
「はい」
「資料も、必ず両方置く」
「分かりました」
「端末が復旧するまでは、紙の受付も続ける。混同しないよう、受付番号の付け方を変えて」
「山本くん。番号の管理方法を遠藤さんと森下さんへ伝えてください」
「はい」
優子と萌は、並んでチーム櫻井モデル側へ戻った。
陽菜が2人に気づく。
『話、まとまった?』
「入口の受付を、両チームで一つにします」
萌が答える。
「見学先を決めていない方には、両方の資料を渡します」
『いいと思う』
陽菜は即答した。
優子が陽菜を見る。
「相談予約で、こちらが有利になるかもしれないわよ」
『それが何?』
「競っているんでしょう」
『競ってるよ』
陽菜は入口で迷っている家族へ目を向けた。
『でも、どっちのお客さんか決める前に、帰らせない方法を考えようよ』
「随分、簡単に言うのね」
『話を聞いて、見たい方を選んでもらえばいい。優子の方がいいって言われたら、そのときは負けを認める』
「お客さんを取られても?」
『取られるって言い方が違うじゃん』
陽菜は笑う。
『お客さんは、あたしたちのものじゃないよ』
優子は僅かに目を細めた。
『帰ったあとに、来てよかったって思ってもらう。その結果、うちを選んでもらえたら最高』
「欲はあるのね」
『当たり前じゃん』
陽菜の返事に、優子は呆れたように息を吐く。
「受付を動かすわ」
『うん』
「人を出して」
『萌。配置は?』
陽菜は、自分で決めずに萌へ尋ねた。
萌は入口、抽選会場、相談席を順番に見る。
「遠藤さんと森下さんに、共通受付をお願いします」
凛と彩花が呼ばれる。
「最初に来場目的を聞いてください。見学先が決まっている方は、それぞれのモデルハウスへ。決まっていない方には、両方の資料を渡します」
「受付番号は?」
彩花が尋ねる。
「見学先が決まっている方は、これまでどおりです。決まっていない方には共通番号をつけます」
「相談希望も、そこで聞くの?」
「はい。ただし、受付では細かい内容まで聞きません。購入時期、希望地域、資金相談の有無だけです」
凛が確認する。
「私は、最初にお話を聞けばいい?」
「お願いします。森下さんには、番号と用紙の管理をお願いします」
「分かった」
「早川さんと高村さんは、抽選と待機場所を続けてください。入口を動かす間、列が重ならないよう少し奥へ誘導してほしいです」
「分かった」
柚希が答える。
「高村さん、景品の方をお願いしてもいいですか」
「はい。列の案内はどうしましょう」
「私がやります。見学の番号が近い人も確認します」
「分かりました」
「山本くんは、共通受付の後ろで両方の待ち時間を確認してください。遠藤さんたちが、その場で案内できるようにします」
「はい」
「日高さんは、全体の判断役を続けてください」
『承知しました』
「櫻井さんは、次の相談が終わったら見学へ戻ってください」
『分かった』
2つあった受付机が、入口の中央へ移動する。
両チームの案内板も、左右へ並べた。
どちらか一方を目立たせることはしない。
凛が、最初に訪れた家族へ声を掛けた。
「こんにちは。今日は、何を楽しみに来られましたか」
「抽選があると聞いて来たんですけど、家も少し見てみたくて」
「モデルハウスは2棟あります。どちらか決まっていますか」
「まだ分からないです」
「では、両方の資料をご覧ください。見学まで少しお待ちいただくので、先に抽選へ参加することもできます」
彩花が両方の待ち時間を確認する。
「こちらは約15分、もう一方は20分ほどです。両方をご覧になる場合は、先に待ち時間の短い方からご案内できます」
「じゃあ、先に抽選へ行ってきます」
「分かりました。ご家族で同じ番号をお持ちください」
凛が来場者の希望を聞き、彩花がそれを番号と用紙へ落とし込む。
陸は両方の待ち時間を確認し、数字が変わるたびに伝えた。
共通受付を通った家族が、柚希のいる抽選会場へ向かう。
「いらっしゃいませ。抽選はこちらです」
柚希は番号札を見て、見学の順番も確認する。
「抽選が終わったら、こちらでお待ちください。見学の時間が近づいたら、私がお知らせします」
「どこかへ行っても大丈夫ですか」
「この近くなら大丈夫です。お子さんが遊べる場所もありますよ」
高村は景品を渡しながら、幼い子どもへ笑い掛ける。
「次はお姉ちゃんの番だよ。ゆっくり回してね」
正式なメンバーである柚希が、抽選会場全体を動かす。
その柚希が一人ずつへ目を向けられるよう、高村が足りない手を補う。
共通受付でも同じだった。
彩花が加わったことで、凛は番号や書類に追われず、来場者の話を聞くことへ集中できている。
応援が、チームの役割を奪ったのではない。
応援が来たからこそ、凛と柚希は自分たちの役割を最後まで果たせていた。
午後1時を過ぎると、昼食を終えた家族が一斉に訪れた。
第二駐車場も満車に近づく。
黒澤は外から無線を入れた。
「川原さん。あと10台ほどで第二駐車場も埋まる」
「臨時区画は使えますか」
「管理側へ確認した。奥の区画を開ける」
「お願いします。山本くんを一度、外へ向かわせます」
「分かった」
萌は陸へ指示を出す。
「山本くん。駐車場から入口までの案内を確認してきて」
「共通受付は?」
「待ち時間の確認は、私が代わる」
「分かりました」
陸はすぐに外へ向かった。
入口だけではない。
会場へ入る前から、人の流れは始まっている。
駐車場の案内板が一枚足りないことに気づき、陸は黒澤へ報告した。
「黒澤部長。臨時区画へ曲がる場所が分かりにくいです」
「どこへ置く」
「あの角です。入ってきた車から、一番見えます」
「分かった。お前は案内板を持て。俺が固定する」
「はい」
会場の中でも、待ち時間は再び伸び始めていた。
「日高先輩」
戻ってきた陸が報告する。
「抽選待ちが40分です。待機用の椅子も埋まりました」
『外で待っている方は』
「風が強くなっています。子ども連れの方を外に残すのは難しいです」
『使っていない場所はありますか』
「商談用の予備スペースがあります。ただ、午後に使用する予定です」
『現在の相談件数なら、使わない可能性があります』
「開けますか」
樹里は、すぐには決めなかった。
判断役は樹里だが、この会場の配置を組み立てたのは萌である。
『川原さんへ確認してください』
「はい」
陸が萌へ状況を伝える。
「午後の商談予約は?」
萌が尋ねる。
「今のところ、入っていません」
「分かった。待機場所として開けよう」
「あとから商談が入った場合は?」
「そのときは、相談席を組み直す。今、寒い場所で待ってもらう方が問題だから」
「分かりました」
予定していた使い方へ固執せず、現在必要な場所へ変える。
萌は自分で判断した。
陸が予備スペースを開け、柚希が待機中の家族を案内する。
「抽選の番号が近づいたらお呼びします。こちらの部屋でお待ちください」
「助かります。外は寒くて」
「中に絵本もあります。自由に使ってください」
高村は棚から数冊の絵本を取り出した。
泣き始めていた子どもの前へしゃがみ、表紙を見せる。
「どれがいい?」
子どもは涙を拭いながら、一冊の絵本を指差した。
「これ」
「じゃあ、一緒に持っていこうか」
足手まといかもしれないと言っていた高村は、数字には表れない場所で来場者を支えていた。
午後2時。
優子のチームの端末が復旧した。
「入力を再開できます」
担当者の声に、優子がすぐ指示を出す。
「紙の記録を受付番号順に並べて。相談担当者名と照合してから入力する」
萌も、控えとして残していた用紙を集める。
「こちらの番号と、相談担当者の番号が一致しています。上から入力すれば大丈夫です」
「分かった」
優子は萌から用紙を受け取った。
「助かったわ」
「神崎さんが項目を減らしてくださったから、紙でも回せました」
「どちらか一人の案ではないと?」
「はい」
萌は迷わず答えた。
「神崎さんの方法を見て、私も勉強になりました」
「相手から学ぶことに、抵抗はないのね」
「いい方法なら、次から使いたいです」
「正直ね」
「駄目ですか」
「いいえ」
優子は共通受付を見る。
凛が一組ずつ目的を聞き、彩花が番号と待ち時間を管理している。
柚希は抽選会場と待機場所の両方へ目を配り、高村と連携して列を動かす。
陸は、一つの持ち場に留まらず、会場全体の変化を拾い続けていた。
「前より、ずっと面白くなった」
「私がですか」
「あなたたちのチームが」
それは、誰か一人との比較ではなかった。
優子がこの場所で直接見てきた、チーム櫻井モデルへの評価だった。
「大抽選会が終わったら、今日の記録方法を見せて」
「神崎さんの受付方法も見せていただけますか」
「交換条件?」
「はい」
「いいわ」
優子は僅かに笑う。
「でも、勝つのはこちらよ」
「私たちも、負けません」
「言うようになったわね」
優子は自分の持ち場へ戻っていった。
午後3時を過ぎても、来場者は途切れなかった。
それでも、会場は止まっていない。
陽菜が助けを求めた。
萌が配置を決めた。
陸が、持ち場の外で起きている変化を見つけた。
凛が一人ずつの声を受け止め、最初の行き先を繋いだ。
柚希が、長い列の中にいる家族を笑顔のまま送り出した。
樹里が判断を支えた。
黒澤が外の流れを整えた。
神谷と中井が相談を引き受け、佐藤が見学を繋いだ。
彩花が受付を整え、高村が待つ人たちの不安へ寄り添った。
優子のチームも共通受付へ人を出し、両方のモデルハウスを公平に案内している。
誰か一人の手柄ではない。
どちらか一つのチームだけで成し遂げたものでもない。
閉場時刻が近づく。
受付終了の案内が出され、抽選器の周りでも片づけが始まった。
「柚希ちゃん。残りの番号、全部呼び終わった?」
凛が尋ねる。
「うん。今いる人で最後」
「見学待ちは、あと一組です」
彩花が集計表を見る。
「その一組が戻れば、受付は締められる」
「分かりました」
柚希が最後の家族へ景品を渡し、高村と一緒に残数を確認する。
凛も受付票を整理し始めた。
そのとき、入口の外に新しい家族が立った。
父親と母親。
その間には、幼い娘がいる。
「もう、終わりですよね」
母親が申し訳なさそうに尋ねた。
「抽選だけでもと思ったんですが、道が混んでいて」
凛が時計を見る。
閉場まで、あと3分。
すでに受付終了の案内は出している。
「少々お待ちください」
凛は、その場で断らなかった。
母親から来場目的を聞く。
「抽選のほかに、モデルハウスの見学もご希望ですか」
「できれば。でも、もう遅いですよね」
「確認してきます」
凛は陽菜と萌のもとへ向かった。
「陽菜さん。萌ちゃん」
『どうしたの?』
「最後に、もう一組いらっしゃっています。抽選と、見学も希望されています」
陽菜が入口を見る。
長い一日だった。
全員の顔に疲れが滲んでいる。
ここで受け入れれば、終了時刻は確実に遅くなる。
『あたしが案内する』
「一人で行くつもりですか」
萌が尋ねる。
『見学までなら、一人で大丈夫』
「大丈夫かどうかではなく、最後までチームでやるんですよね」
陽菜の言葉が止まった。
自分が最後の一組を引き受け、仲間を先に休ませる。
以前なら、それが正しいと思っていた。
だが、今の陽菜の周りには、自分から残ると言ってくれる者たちがいる。
「受付は、私が戻します」
凛が言う。
「抽選器は、私がもう一度準備するね」
柚希も笑った。
「景品も戻します」
高村が続く。
「受付票は俺が用意します」
陸が机へ向かう。
「見学の記録は、私が取ります」
萌も一歩前へ出た。
陽菜は、集まった仲間を見る。
一人で頑張る理由が、もうなかった。
『うん』
陽菜は頷いた。
『じゃあ最後まで、みんなでやろう』
凛が家族のもとへ戻る。
「お待たせしました。抽選へご参加いただけます」
「いいんですか」
「はい。モデルハウスもご覧いただけます」
柚希が抽選器を元の位置へ戻し、高村が景品を並べる。
陸が受付票を準備し、萌が見学の希望を確認する。
樹里は、全員の動きを見届けてから陽菜へ声を掛けた。
『櫻井さん』
『はい』
『お待たせしないように』
『分かってます』
陽菜は家族の前へ立つ。
疲れているはずなのに、その笑顔には無理がなかった。
『来てくれてありがとうございます』
陽菜の後ろには、凛がいた。
柚希がいた。
萌と陸がいた。
樹里がいた。
そして、その6人を支えるために来てくれた者たちがいる。
チーム櫻井モデルは、最後の一組を迎え入れた。




