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215話「最初の下見」

12月第3週の土曜日。


 チーム櫻井モデルの5人は、会社の前に集まっていた。


 目的地は、年明けから応援に入る住宅展示場。


 現地までは、会社の社用車で向かうことになっている。


 運転席には陽菜。


 助手席には柚希。


 後部座席には、凛、萌、陸が乗っていた。


 エンジンは、まだかかっていない。


 それなのに車内には、妙な緊張が漂っている。


「陽菜さん。本当に運転するの?」


 柚希が、不安そうに陽菜の横顔を見る。


『するよ』


「でも、陽菜さんって……」


『免許は持ってる』


「聞きたいのは、そこじゃないんだけど」


 陽菜は座席の位置を何度も調整し、両手でハンドルを握った。


 背筋は、不自然なほど伸びている。


 普段なら周囲をからかい、誰よりも楽しそうに騒いでいる陽菜が、今日に限っては一度も笑っていなかった。


「櫻井さん。最後に運転したのは、いつですか?」


 後部座席から、凛が尋ねる。


『覚えてない』


「覚えていないほど前なんですか?」


『そんな質問、今する必要ある?』


「乗る前に確認すべきだったと思います」


『もう乗っちゃったじゃん』


「まだ降りられますよ」


『降ろさないよ』


 陽菜がエンジンをかける。


 低い振動が車内へ伝わった瞬間、陸がシートベルトを引っ張り、きつく締め直した。


 その音を聞き、陽菜がバックミラー越しに陸を睨む。


『陸。今の何?』


「念のためです」


『あたしの運転、信用してないの?』


「信用するための材料が、まだありません」


『今日で信用させてあげる』


「無理に証明しなくていいです。普通に着いてください」


 助手席の柚希も、無言でシートベルトを確認している。


『柚希ちゃんまで何してるの』


「私は最初から締めてるよ」


『今、引っ張って確認したよね』


「気のせいじゃない?」


 陽菜は不満そうに唇を尖らせた。


 それから、ゆっくりとシフトレバーへ手を伸ばす。


『じゃあ、行くよ』


「はい」


 返事をしたのは萌だけだった。


 陽菜が慎重にアクセルを踏む。


 社用車は、ほとんど歩くのと変わらない速度で動き始めた。


 会社の駐車場を出るまでに、普段の倍以上の時間がかかった。


「陽菜さん。もう少し右に寄っても大丈夫だよ」


『話しかけないで』


「でも、左に寄りすぎてるから」


『今、集中してる』


「だから言ってるんだけど」


 柚希の声が、次第に弱くなっていく。


 陽菜は両手でハンドルを握り、前方を凝視している。


 交差点へ近づくたびに速度を落とし、信号が黄色へ変わるよりも遥かに早くブレーキへ足を置く。


 後続車との距離だけが、少しずつ縮まっていた。


「櫻井さん。制限速度は40キロです」


 萌が後部座席から言う。


『知ってる』


「今、24キロです」


『安全運転』


「後ろに車が続いています」


『急がせないで』


「事実をお伝えしただけです」


『萌まであたしを追い詰めるの?』


「追い詰めてはいません」


 陽菜は、さらに強くハンドルを握った。


 対向車が横を通るたびに、肩が僅かに動く。


 赤信号で車が止まる。


 停止線までは、車1台分以上空いていた。


 陸が口を開きかける。


 隣に座る凛が、無言で首を横に振った。


 陸は何も言わず、口を閉じる。


「あと、どのくらいですか?」


 凛が萌に尋ねる。


「このままの速度なら、30分ほどです」


『このままの速度なら、ってどういう意味?』


「経路案内では、あと18分と表示されています」


『ちゃんと着けば、時間なんて関係ないでしょ』


「集合時間には余裕があります」


『ほら。問題ないじゃん』


「ただ、帰りも櫻井さんが運転するのでしょうか」


 萌の問いに、車内が静まり返った。


 陽菜だけでなく、誰も答えなかった。


『……今は、行きのことだけ考えよう』


 それから約30分後。


 社用車は、住宅展示場の駐車場へゆっくりと入った。


 陽菜は空いている駐車枠を見つけ、一度通り過ぎた。


 戻ってきて、切り返す。


 前へ出る。


 もう一度下がる。


 隣の車との間隔を確認し、さらに前へ出る。


 4度目の切り返しで、どうにか車体が枠の中へ収まった。


 陽菜がサイドブレーキをかけ、エンジンを切る。


『……着いた』


 誰もすぐには動かなかった。


 緊張から解放されたように、柚希が大きく息を吐く。


「着いたね」


「はい」


 凛も、胸元へ手を添えている。


 陸がシートベルトを外しながら、小さく呟いた。


「無事でよかったです」


『誰も死んでない』


「目的地に着いたとき、最初に確認することではないと思います」


『陸。帰りは歩いて帰る?』


「運転、お疲れさまでした」


『変わり身が早いなあ』


 最後に車を降りた萌が、駐車された社用車を振り返る。


「枠には収まっています」


『その言い方、褒めてないよね』


「事実をお伝えしました」


『萌って、意外と容赦ないよね』


 陽菜は疲れ切った顔で車の鍵を閉めた。


 住宅展示場には、複数のモデルハウスが並んでいた。


 それぞれ異なる会社の旗が風に揺れ、通路には家族連れが行き交っている。


 寒い日だったが、各社が週末の催しを行っていることもあり、想像していたより人は多い。


 陽菜たちが応援に入る島川不動産のモデルハウスは、展示場の中央から少し外れた場所にあった。


 建物そのものは新しい。


 白と木目を基調とした外観には清潔感があり、室内も家族で暮らす様子を想像しやすい造りになっている。


 しかし、周囲のモデルハウスと比べると、人の出入りは明らかに少なかった。


『まず、中に入る前に見て』


 陽菜が4人へ言う。


『何が見える?』


 陸は建物を見上げた。


「綺麗な家だと思います」


『感想じゃなくて』


「目立つ旗や看板が少ないです」


 萌がすぐに答える。


「展示場の中央通路から外れています。案内表示も小さいので、目的を持って来なければ通り過ぎる可能性があります」


『うん。ほかは?』


 凛が、入口付近へ視線を向ける。


「ベビーカー用のスロープが、のぼりで隠れています」


 見ると、入口脇に設けられた緩やかなスロープの前へ、大きなのぼりが置かれている。


 利用できないわけではない。


 だが、初めて来た人には見つけにくい位置だった。


「小さなお子さんを連れた方が、入口で一度止まっています」


 柚希が、少し離れた家族を見ていた。


 父親が子供を抱き、母親がベビーカーを動かそうとしている。


 入口に立つ社員は別の来場者へ説明しており、その家族にはまだ気づいていない。


 柚希が陽菜を見る。


「手伝ってきてもいい?」


『聞く前に行ってあげて』


「うん」


 柚希はすぐに家族のもとへ向かった。


 ベビーカーを運ぶのを手伝い、入口の社員へ繋ぐ。


 母親が安心したように笑った。


『今のが、柚希ちゃんの強み』


 陽菜が言う。


『困ってる人を見つけたあと、自分から声をかけられる』


 陸は、柚希の背中を見ていた。


 自分も同じ家族を視界には入れていた。


 だが、陽菜から何も言われなかったため、その場を動かなかった。


「俺も、気づいていました」


『うん』


「でも、動けませんでした」


『どうして?』


「下見に来たので、勝手に仕事をしていいのかわからなくて」


『じゃあ、次に同じことがあったら?』


「……自分で判断します」


『その答えを、覚えておいて』


 陽菜はそれ以上言わなかった。


 モデルハウスの中では、住宅販売部の社員から現在の業務について説明を受けた。


 受付で来場者の氏名や連絡先を書いてもらい、希望があれば室内を案内する。


 アンケートを回収し、購入時期や家族構成に応じて担当者へ引き継ぐ。


 流れだけを聞けば、複雑な仕事ではない。


 しかし、実際に見ていると、いくつもの滞りがあった。


 来場者が重なると受付に列ができる。


 子供が退屈して歩き回り、説明を聞いていた親が途中で帰ってしまう。


 案内を終えた社員がすぐ別の来場者へ呼ばれ、アンケートの内容を整理する時間もない。


 萌は手元の用紙へ、気づいたことを細かく書き込んでいた。


 受付で待った人数。


 案内にかかった時間。


 アンケートを書かずに帰った来場者。


 数字は正確だった。


 陽菜が、萌の用紙を覗き込む。


『よく見てるね』


「あとで比較できるように記録しています」


『じゃあ、受付にいた人は、今どんな状態だった?』


「どんな状態、ですか」


『忙しそう、とか。焦ってる、とか。何に困ってるかとか』


 萌が受付へ目を向ける。


 社員は笑顔を保っている。


 しかし、来場者が途切れた僅かな時間に肩を回し、机の上の書類を慌ただしく整理していた。


「疲れていると思います」


『たぶんね』


「ですが、それは数値にできません」


『うん。だから見なくていい?』


 萌は答えられなかった。


『数字は大事。萌が記録してくれたものは、絶対に必要になる』


 陽菜は、萌の書いた用紙を指で示す。


『でも、その数字を作ってるのは人だから。数字だけ見てると、誰がどこで無理してるかまではわからないよ』


「……はい」


『今日は下見だから、答えを出さなくていい。数字の外も見てみて』


 萌は受付にいる社員を、もう一度見た。


 自分の担当した仕事を間違えずに終わらせる。


 これまでは、それだけで精いっぱいだった。


 だが、ここでは自分の仕事だけを見ていても、全体は動かない。


 樹里が何を見つけてほしくて、自分をここへ推薦したのか。


 萌にはまだ、わからなかった。


 一通り建物の中を確認したあと、5人は屋外へ出た。


 陽菜は敷地全体を見渡す。


『自分たちのところだけ見ても、わからないね』


「ほかの会社も見ますか?」


 凛が尋ねる。


『うん。どこに人が集まってるのか、見てみよう』


 島川不動産のモデルハウスから中央通路へ戻ると、すぐに人の多い一角が目に入った。


 鮮やかな装飾。


 子供の目線に合わせた案内。


 受付の前に人が溜まらないよう、案内役が自然に来場者を分散させている。


 創建ライフハウス。


 社名が書かれた旗の下で、1人の女性が社員へ指示を出していた。


 肩まで伸びた髪を整え、隙のないスーツを着ている。


 声を荒らげているわけではない。


 それでも、彼女が一言伝えるだけで、周囲の人間が迷わず動いていた。


 陽菜が、その様子を黙って見つめる。


「随分、まとまっていますね」


 凛が言う。


『うん。誰が何をするか、全員わかってる』


「来場者が多いのに、入口に列ができていません」


 萌も、自分の用紙へ書き込む。


 陽菜たちが少し離れた場所から見ていると、その女性がこちらへ顔を向けた。


 視線が合う。


 女性は部下へ何かを伝えたあと、まっすぐ陽菜たちのもとへ歩いてきた。


「さっきから随分、熱心に見ているわね」


 敵意のある声ではなかった。


 ただ、こちらが何を見ているのか、すでに見抜いているような目だった。


「島川不動産の人たちでしょう?」


『わかるんですか?』


「首から下げている社員証に書いてあるから」


 陽菜が自分の胸元を見る。


『なるほど』


「そこは否定しないのね」


『見られたのは、あたしのせいだから』


 女性の口元が、僅かに緩む。


「創建ライフハウスの神崎優子よ」


 神崎は、陽菜の後ろにいる4人へも目を向けた。


「あなたたち、年明けから入る応援組?」


『もう知られてるんだ』


「同じ展示場にいれば、嫌でも話は入るわ」


 神崎の視線が、再び陽菜へ戻る。


「あなたがリーダー?」


『櫻井陽菜。よろしく、優子』


 神崎が目を瞬かせる。


「いきなり名前で呼ぶの?」


『優子も、いきなりあたしをリーダーだって当てたじゃん。距離を詰めるのが早い人には、こっちも早くていいかなって』


「変な人ね」


『よく言われる』


 神崎は呆れたように笑った。


 それから、島川不動産のモデルハウスへ視線を向ける。


「人を増やせば、来場者が増えると思ってるなら、やめた方がいいわよ」


 陸の表情が僅かに強張る。


 陽菜は、笑みを崩さなかった。


『思ってないよ』


「そう」


『人を増やしただけで何とかなるなら、あたしたちは呼ばれてないから』


 神崎の目が、少しだけ細くなる。


「あなた、営業?」


『うん』


「住宅販売の経験は?」


『ない』


「モデルハウスの仕事も?」


『今日が初めて』


「それでリーダーを引き受けたの?」


『引き受けたよ』


「随分、自信があるのね」


『自信なんてないよ』


 陽菜はあっさりと言った。


『だから見に来た。わからないまま始めて、お客さんにも働く人にも迷惑をかけたくないから』


 神崎は黙って陽菜を見る。


 虚勢を張っているわけではない。


 経験がないことを恥じてもいない。


 そのうえで、目の前にあるものを知ろうとしている。


「来場者の数だけで喜ばないことね」


 神崎が言う。


「モデルハウスは、人を入れれば終わりじゃない。何を見たか。誰と話したか。次に繋がるものをどれだけ残せたか。最後に見られるのは、そこだから」


『優子のところは、それができてるんだ』


「少なくとも、今のあなたたちよりは」


『そっか』


 陽菜は、創建ライフハウスのモデルハウスを見る。


 忙しい中でも、社員同士が互いの位置を確認している。


 手の空いた者が、指示を待たずに次の来場者へ向かう。


 誰か1人が、全員を引っ張っているわけではない。


 神崎の指示がなくても、それぞれが考えて動いていた。


『じゃあ、あたしたちもそこから始める』


「今から?」


『年明けまで時間はあるから』


「簡単に言うのね」


『簡単じゃないから、おもしろいんじゃん』


 神崎は陽菜を見つめたあと、ふっと笑った。


「最初の週末で躓いたら、応援組なんてすぐに空気になるわよ」


『その前に、優子のところより目立つようにする』


「言うじゃない」


『負けるつもりで来てないから』


「私も負けるつもりはないわ」


 2人の間に、険悪さはなかった。


 互いの力量を、まだ何も知らない。


 それでも、相手が簡単に引く人間ではないことだけは、すでに伝わっていた。


 神崎は、陽菜の後ろに並ぶ4人へ視線を向けた。


 経験の浅い陸。


 記録用紙を握る萌。


 周囲を静かに観察する凛。


 誰に対しても柔らかな表情を向ける柚希。


「寄せ集めに見えるけど」


『今日できたばっかりだからね』


「そう」


『でも、真似はしないよ』


「何を?」


『優子たちのやり方。参考にはするけど、同じことをしても勝てないでしょ』


 陽菜は、自分の後ろにいる4人を振り返った。


『こっちは、こっちのやり方でやるから』


 神崎はしばらく陽菜を見つめていた。


 そして、僅かに口元を上げる。


「じゃあ、年明けを楽しみにしてるわ。せいぜい退屈させないで、陽菜」


 陽菜が僅かに目を見開く。


 すぐに、その顔へ嬉しそうな笑みが浮かんだ。


『今、陽菜って呼んだ』


「あなたばかり私を名前で呼ぶのも、不公平でしょう」


『理由はそれだけ?』


「それ以外に何があるの」


『別に。ちょっと嬉しかっただけ』


「勘違いしないで。仲良くするために呼んだわけじゃないわ」


『わかってる。競う相手の名前くらい、覚えておいた方がいいもんね』


 神崎の口元が、僅かに上がる。


「そういうことよ」


『じゃあ、あたしも改めてよろしく。優子』


「ええ。また年明けに」


 神崎は背を向け、自分のモデルハウスへ戻っていく。


『そっちも退屈させないでね、優子』


 陽菜の声に、神崎は振り返らなかった。


 ただ、片手だけを軽く上げた。


 神崎が去ったあと、柚希が陽菜へ顔を寄せる。


「陽菜さん。初対面の人に、よくあんなこと言えるね」


『何が?』


「勝つとか、目立つとか。それに、いきなり名前で呼んでたし」


『向こうも陽菜って呼んでくれたじゃん』


「最後にはね」


『なら問題ないよ』


「そういう問題なのかな」


「神崎さんは、かなり経験がある方だと思います」


 凛が、創建ライフハウスの社員たちを見る。


「周りの方も、神崎さんの指示を待っているわけではありませんでした」


『うん。そこが一番大きいね』


 陽菜が陸を見る。


 陸は、神崎たちの働き方を黙って見ていた。


『陸。何が違った?』


「全員が、自分で次にすることを決めていました」


『じゃあ、陸は?』


「今日は、櫻井さんに何をすればいいか聞いてばかりでした」


『うん』


「それを変えます」


『どうやって?』


 陸はすぐに答えようとした。


 しかし、途中で口を閉じる。


「……それも、自分で考えます」


 陽菜が笑った。


『よし』


 その隣で、萌が口を開く。


「私は、数字ばかり見ていました」


『数字を見る人も必要だよ』


「ですが、神崎さんのところでは、誰かが自分の担当だけを見ているようには見えませんでした」


『そうだね』


「今の私たちは、同じ場所にいるだけです」


 萌は、4人の顔を見た。


「それぞれ違うものを見ていて、繋がっていません」


 少し厳しい言葉だった。


 だが、誰も否定できなかった。


 今日初めて集まった5人には、まだ共通の動き方がない。


 チームという名前をつけただけで、本当にチームになれるわけではない。


『萌の言う通りだよ』


 陽菜は、ホワイトボードの前で名前を決めたときと同じように、あっさりと認めた。


『だから、これから繋げる』


「どうやってですか」


『それを、あたし1人で決めるつもりはない』


 陽菜は全員を見渡した。


『次に来るときまでに、1人1つずつ考えてきて。お客さんのために変えたいこと。働く人のために変えたいこと。それから、自分ができること』


「3つですか?」


 柚希が尋ねる。


『うん。正解じゃなくていい。全員違っていいよ』


「違った意見を、どうするんですか?」


『持ち寄ってから考える』


 陽菜は笑う。


『同じ答えを出すために集められたんじゃない。違うものが見える人を集めたんだから』


 萌は、手元の記録用紙を見る。


 数字しか見ていなかった自分。


 目の前で困る人へすぐに声をかけた柚希。


 入口の小さな不便に気づいた凛。


 指示を待っていたことを、自分で認めた陸。


 そして、それらすべてを見ていた陽菜。


 樹里の下にいれば、樹里の考えを知ることができると思っていた。


 だが、別の場所へ立たされたことで初めて、自分に見えていなかったものがあると気づき始めている。


 それを認めることは、まだ少し悔しかった。


「考えてきます」


 萌が言う。


『期待してる』


「日高先輩にも、報告するんですか」


『仕事の報告はするよ』


「そうではなくて……」


 萌は、続く言葉を飲み込んだ。


 陽菜は、萌が何を聞きたいのか気づいていた。


 それでも、樹里の考えを代わりに説明することはしなかった。


『萌』


「はい」


『日高先輩に何を見てもらうかは、萌が決めればいいよ』


 萌が顔を上げる。


『あの人の答えを待つより先に、見せたいものを作ろう』


 陽菜は、島川不動産のモデルハウスへ向き直った。


『年明けまで、そんなに時間はないからね』


 冬の風が、展示場に並ぶ旗を大きく揺らす。


 創建ライフハウスの前では、神崎が次の来場者を迎えていた。


 まだ、その背中は遠い。


 チーム櫻井モデルは、名前が決まったばかりの寄せ集めに過ぎない。


 それでも陽菜は、迷うことなく歩き出した。


『じゃあ、もう一周するよ』


「まだ見るんですか?」


 陸が尋ねる。


『今度は、自分の答えを探しながらね』


 4人が、その後ろに続く。


 最初の下見は、まだ終わっていなかった。


 そして今度は、誰も陽菜の背中だけを見てはいなかった。

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