↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/329

128話「帰るまで7人」

東照宮の近くにある食事処で、7人は長いテーブルを囲んでいた。


 歩き続けたあとの身体には、温かい茶が心地よい。


 注文した料理を待つ間、陽菜がスマートフォンを取り出した。


『写真、グループに送ったよ』


 テーブルのあちこちで、通知音が鳴る。


 柚希が画面を開き、最初の写真を見て笑った。


「凛ちゃん、目を閉じてる」


「撮る瞬間までは開けていたんです」


「零ちゃんも、すごい顔してるよ」


「柚希さんが急に引っ張ったからです」


「だって、離れすぎてたから」


「1枚目は使わないんですよね?」


『あたしは、こっちも好きだけど』


 陽菜は2枚の写真を並べて見せる。


 1枚目には、誰かが誰かを見ている瞬間が写っていた。


 凛は目を閉じ、彩花は陽菜の方を向いている。


 零は柚希に腕を引かれ、驚いた顔をしていた。


 樹里だけは、いつもと変わらない表情で正面を見ている。


 2枚目では、7人全員がカメラへ顔を向けていた。


「日高、もう少し笑えばいいのに」


 彩花が言う。


『笑っています』


「どこが?」


『いつもよりは』


『総――』


 陽菜は言いかけ、慌てて口を閉じた。


 その場にいる全員の顔を見回してから、言い直す。


『日高先輩は、これでも機嫌いい方だよ』


「分かりにくすぎるのよ」


『彩花に言われたくない』


「私は分かりやすいでしょ」


『そう思っているのは自分だけです』


「何よ」


『喧嘩するなら、料理が来る前に終わらせてね』


 美園が茶を飲みながら言う。


「中村さんは、随分落ち着いてるわね」


『お腹が空きすぎて、喧嘩する元気がないの』


「それでさっきから、入口ばかり見てるんですね」


 凛が納得したようにうなずく。


『凛ちゃんまで見てたの?』


「はい。美園さん、店員さんが通るたびに目で追っていました」


『見ないでよ』


『美園さん、食べ物が関わると隠せないよね』


『陽菜も同じでしょ』


『あたしは隠してないもん』


 やがて、注文した料理が順番に運ばれてくる。


 テーブルの上へ器が並ぶと、先ほどまで写真を見ていた全員の目がそちらへ移った。


『いただきます』


 陽菜の声をきっかけに、それぞれが箸を取る。


 空腹だったこともあり、最初の数分は会話が減った。


 美園は姿勢を崩さず、静かに料理を口へ運んでいる。


 その様子を見ていた彩花が、箸を止めた。


「中村さん、食べ方が綺麗ね」


『急にどうしたの?』


「後ろに乗っているときとの印象が違うから」


『どう違う?』


「運転してるときは、もっと男らしいと思った」


『私、女なんだけど』


「分かってるわよ。雰囲気の話」


『店をやってると、変な食べ方はできないからね』


「それにしても綺麗です」


 柚希も美園の手元を見る。


『そんなに見られると食べづらいよ』


「すみません」


『彩花さんも見ないで』


「私は褒めただけでしょ」


『後ろで腰にしがみついてた人に言われると、複雑』


「しがみついてない。必要な分だけ掴まってたの」


『帰りも、あれくらいしっかり掴まってね』


「言われなくても分かってる」


 彩花は不機嫌そうに料理へ戻った。


 その顔を見て、美園が小さく笑う。


 向かい側では、柚希が零の皿を見つめていた。


「零ちゃん、それ美味しそう」


「食べますか?」


「いいの?」


「半分どうぞ」


「でも、零ちゃんが食べたくて頼んだんでしょ」


「柚希さんが美味しそうに食べてくれた方が、自分も嬉しいっす」


 零は揚げ物を1つ取り、柚希の皿へ置いた。


「ありがとう。じゃあ、私のも食べる?」


「いいんですか?」


「半分交換」


「いただきます」


 柚希も自分の料理を零の皿へ分ける。


 陽菜は、そのやり取りを見逃さなかった。


『仲いいね』


 零の箸が止まる。


「陽菜さん、聞こえる声で言わないでください」


『聞こえるように言ってるもん』


「分けただけです」


『何も言ってないじゃん』


「顔が言っています」


『零、人の顔を読めるようになったね』


「陽菜さんだけは分かりやすいです」


 陽菜は楽しそうに笑った。


 柚希は少し恥ずかしそうにしながらも、皿へ載せられた料理を口に運ぶ。


「美味しい」


 その一言で、零の表情が柔らかくなった。


 凛は自分の料理を食べながら、樹里へ尋ねる。


「日高先輩は、普段からツーリングへ行くんですか?」


『ほとんど行きません』


「そうなんですね」


『今日は例外です』


『凛ちゃんが誘ったからだよ』


 陽菜がすぐに補足する。


「本当ですか?」


『はい』


 樹里は短く答えた。


『遠藤さんから誘われなければ、こうして皆さんで出かけることもなかったと思います』


「誘ってよかったです」


『私も、そう思います』


 凛の目が、少しだけ大きくなる。


 樹里は何事もなかったように、再び箸を動かしていた。


 以前なら、誘いを受けた理由まで口にはしなかっただろう。


 けれど今は、相手へ伝えなければ分からないことがあると知っている。


 陽菜も美園も、その変化に気づいていた。


 2人は何も言わず、わずかに笑うだけに留めた。


 食事を終えたあと、7人はもう一度周辺を歩いた。


 土産物を見て回り、それぞれが職場や親しい相手への品を選ぶ。


 陽菜は中井へ渡す菓子を迷いなく手に取った。


『中井くん、これ好きそう』


「陽菜さん、自分の分より先に選ぶんですね」


 柚希に言われ、陽菜が首を傾げる。


『そう?』


「さっきから、中井さんのものばかり見ています」


『喜ぶ顔が分かりやすいから、選びやすいんだよね』


「仲いいですね」


『うん。好きだから』


 陽菜は恥ずかしがる様子もなく答えた。


 柚希の方が照れたように目を逸らす。


 美園も、佐藤へ渡すものを手に取っていた。


 陽菜がすぐに気づく。


『美園さん、それ佐藤くんに?』


『そうだよ』


『昨日も一緒だったのに、今日も会うの?』


『明日渡すの』


『今日帰ってから会えばいいじゃん』


『疲れてる顔で会いたくないの』


『昨日はもっと疲れることしたのに?』


『陽菜』


 美園の低い声に、柚希と凛が不思議そうな顔をする。


 樹里は何も聞かなかったことにして、別の商品を見ていた。


 彩花だけは事情を察したのか、額へ手を当てている。


「櫻井さん。場所を考えなさいよ」


『何のこと?』


「分かってて言ってるでしょ」


 美園は陽菜の背中を軽く叩き、強制的に別の売り場へ向かわせた。


 凛は青柳へ渡す土産を前に、長い時間迷っていた。


 箱の大きさを比べ、原材料を確認し、また最初の品へ戻る。


『凛ちゃん、まだ決まらないの?』


「職場で渡すなら、あまり特別に見えないものの方がいいですよね」


『本人だけに渡すの?』


「そのつもりです」


『だったら、特別でいいじゃん』


「よくありません」


『どうして?』


「青柳さんが困るかもしれないので」


『凛ちゃんからなら、何でも喜ぶと思うけど』


「どうして陽菜さんが分かるんですか」


『見てれば分かるよ』


 凛の顔が赤くなる。


 結局、凛は小さな箱に入った菓子を選んだ。


 派手ではないが、渡す相手を考えて選んだことが伝わる品だった。


「これにします」


『ちゃんと渡してね』


「渡します」


『写真も見せるんでしょ?』


「はい。約束したので」


 凛は購入した土産を、大切そうに鞄へしまった。


 帰路へ就く頃には、午後の日差しが少し傾き始めていた。


 7人は駐車場へ戻り、再びインカムを接続する。


 それぞれがエンジンをかけ、行きと同じ順番に並んだ。


『全員、聞こえますか』


 樹里の声が入る。


「聞こえます」


『聞こえるよ』


「大丈夫です」


「自分も聞こえています」


『帰りは、行きより疲れが出ます。少しでも異常を感じたら、すぐに言ってください』


『了解』


「はい」


『では、出発します』


 4台が、ゆっくりと駐車場を出た。


 帰りの車列は、行きよりも動きが揃っていた。


 凛は発進のたびに慌てることもなく、前の樹里との距離を一定に保っている。


「行きより、怖くないです」


『慣れてきた?』


 陽菜が尋ねる。


「はい。力の抜き方が少し分かってきました」


『帰る頃には、もっと上手くなってるよ』


『慣れた頃が一番危険です』


 樹里の声が入る。


『油断はしないでください』


「はい」


『日高先輩、褒めてから注意すればいいのに』


『安全に帰ってから褒めます』


『だって、凛ちゃん』


「では、帰ったら褒めてもらいます」


『約束します』


 山道を抜け、次第に平地へ近づいていく。


 インカムには、途切れることなく会話が流れていた。


『次に行くなら、どこがいい?』


 陽菜が尋ねる。


「行き先より、食べたいものから決めたい」


 彩花が答える。


『彩花さん、それいいね』


 美園が賛成する。


「私は海が見たいです」


 柚希が言った。


「海なら、走りやすい道を探します」


 零が答える。


「また零ちゃんの後ろ?」


「嫌ですか?」


「嫌とは言ってないよ」


『凛ちゃんは?』


「私は、もう少し長い距離でも走ってみたいです」


『次も行く気になったんだ』


「はい」


 凛の返事は明るかった。


 だが、しばらく走ったあと、その声が少しずつ減っていった。


 陽菜が最初に気づく。


『凛ちゃん?』


「はい」


『疲れた?』


「少しだけです。でも、大丈夫です」


『腕、痛くない?』


「少し張っているだけです」


 最後尾から、零の声が入る。


「樹里さん。凛さん、さっきから少し肩が上がっています」


『確認しました』


 樹里は前方の道路標識を見る。


『予定を変えます。次の休憩場所へ入ります』


「日高先輩、まだ走れます」


『走れるかではなく、安全に走り続けられるかで判断してください』


「ですが、皆さんを待たせることになります」


『誰も急いでないよ』


 美園の声が聞こえる。


「遠藤さんが休むなら、私も休みたい」


 彩花も続いた。


「私も少し脚が固くなってきました」


 柚希が言う。


「自分も休憩に賛成です」


『ほら。凛ちゃんのためだけじゃないよ』


 陽菜の声は柔らかかった。


『みんなで休もう』


「……分かりました」


 樹里が合図を出し、4台は予定より手前の休憩場所へ入った。


 バイクを停めると、凛は慎重にスタンドを立てた。


 ヘルメットを外す。


 額には、薄く汗が浮かんでいた。


「すみません。私のせいで」


『謝らなくていいよ』


 美園が凛の肩へ触れる。


『疲れたって言えるのも、安全運転のうちだから』


「自分では、まだ大丈夫だと思っていました」


『後ろから見ると、少し分かるんです』


 樹里も凛の前へ立つ。


『速度も一定でしたし、危険な運転ではありませんでした。ただ、疲労が増す前に休む方がいい』


「はい」


『行きより、ずっと安定していました』


 凛が顔を上げる。


「褒めてくださるんですか?」


『安全に休憩場所まで来られましたから』


「ありがとうございます」


『でも、無理はしないでください』


「やっぱり注意もつくんですね」


『当然です』


 凛は笑った。


 陽菜が飲み物を持って戻ってくる。


『凛ちゃん、どれがいい?』


「自分で買います」


『もう買ってきた。水とスポーツドリンク』


「では、スポーツドリンクをお願いします」


『はい』


 凛が受け取る。


『凛ちゃんが静かになったの、すぐ分かったよ』


「インカムがあったからですね」


『うん』


 陽菜は、手にしたヘルメットを見る。


 もし声が繋がっていなければ、前を走る凛の疲れに気づくまで、もう少し時間がかかったかもしれない。


 零が後方から見た姿を伝え、美園や彩花、柚希の声もすぐに重なった。


 誰か1人のために止まったのではない。


 全員で休むことを、その場で決められた。


 陽菜は何も言わず、少し離れた場所にいる零を見た。


 零は柚希へ飲み物を渡している。


「零ちゃんは飲まないの?」


「自分の分もあります」


「また私の分を先に買ったの?」


「柚希さんが何を飲むか分からなかったので、何種類か買いました」


「買いすぎだよ」


「残ったら、自分が飲みます」


「じゃあ、これ半分飲む?」


「同じ容器からですか?」


「嫌ならいいけど」


「嫌ではないっす」


 零は受け取ったボトルを見つめ、固まっている。


 柚希は、その反応を不思議そうに眺めていた。


 休憩を長めに取り、凛の身体が十分にほぐれたことを確認してから、7人は再び出発した。


 日が傾くにつれ、周囲の景色が少しずつ見慣れたものへ変わっていく。


 行きよりも口数は減っていた。


 それでも、声が途切れることはない。


「柚希さん、眠くないですか?」


「大丈夫」


「少しでも眠くなったら言ってください」


「零ちゃんの背中に顔をつけててもいい?」


「え?」


「風が少し冷たいから」


「いいですけど、寝ないでください」


「寝ないよ」


 少し間を置いて、柚希の声が小さくなる。


「零ちゃんの背中、温かいね」


「……聞こえています」


「聞こえるように言ったの」


 今度は陽菜が何も言わなかった。


 からかえば、零が慌てることは分かっている。


 けれど今は、2人の会話をそのままにしておきたい気がした。


『彩花さん、寒くない?』


 美園が尋ねる。


「平気」


『腕、さっきより強くなってるけど』


「寒いから」


『そういうことにしておくね』


「余計なことを言うと離すわよ」


『危ないから離さないで』


「なら、黙って運転して」


『はい』


 美園の楽しそうな声が、インカムへ流れる。


 その前を走る凛も笑った。


『日高先輩』


 陽菜が、樹里の背中へ声をかける。


『何ですか』


『楽しいね』


『はい』


『また来たい?』


『皆さんが希望するなら』


『日高先輩は?』


 樹里は少しだけ間を置いた。


『私も、また走りたいです』


 陽菜の腕が、樹里の腰へ少しだけ強く回る。


『そっか』


『苦しいです』


『今だけ』


『運転中です』


『分かってるよ』


 夕方。


 4台は、出発した島川不動産のエントランス前へ戻ってきた。


 樹里が停車し、凛、美園、零が順番に続く。


 エンジン音が1つずつ消えていく。


 最後の音が止まると、急に周囲が静かになった。


 陽菜が後部座席から降りる。


 美園の後ろから彩花が降り、零は柚希が地面へ足を着くまで車体を支え続けた。


 凛も自分の力で、最後まで走りきった。


 全員がヘルメットを外す。


『お疲れさま』


 陽菜が手を上げた。


「お疲れさまでした」


「楽しかったです」


「私も」


『無事に帰れてよかったね』


「日高先輩」


 凛が樹里の前へ立つ。


「最後まで連れて帰ってくださって、ありがとうございました」


『連れて帰ったわけではありません。遠藤さんが自分で走ったんです』


「途中で休ませてもらいました」


『休んだあとも、ご自分で走ったでしょう』


「はい」


『行きより、ずっと上手でした』


 凛の顔に、達成感のある笑みが浮かぶ。


「また、誘ってもいいですか?」


『もちろんです』


『次も絶対行こう』


 陽菜が横から加わる。


『今度は海ね』


「食べ物から決めるんじゃなかったの?」


 彩花が言う。


『海の近くで美味しいもの食べればいいじゃん』


『それなら私も賛成』


 美園が笑う。


「私も、また零ちゃんの後ろでいい?」


 柚希が尋ねる。


「自分でよければ」


「じゃあ決まり」


 零は短くうなずいたが、嬉しさを隠せていなかった。


 7人は、取り付けていたインカムを外し始める。


 借りた機器を1つずつ受け取り、零がケースへ戻していく。


 陽菜は自分の分を外すと、すぐには零へ渡さなかった。


 掌の上に載せ、小さな機器を見つめる。


『零』


「はい」


『これ、持ってきてくれてありがとう』


 零が顔を上げる。


「朝も言ってましたよ」


『朝は、面白そうって言っただけ』


 陽菜は零の前へ立った。


『今日、凛ちゃんが疲れたとき、すぐ分かった。離れて走ってても、みんなの声がずっと聞こえてた』


 凛、美園、彩花、柚希も、2人を見る。


『あたし、バイクって、前を走る人の背中を見るか、後ろがついてきてるか気にするものだと思ってた』


 陽菜は樹里の背中へ目を向ける。


『でも今日は、誰が笑ってるかも、誰が怖がってるかも、誰が疲れてるかも、全部分かった』


「……はい」


『走ってる間も、ずっと7人だった』


 陽菜は、インカムを零の手へ置いた。


『誰も1人にならなかった。零が7人分、用意してくれたから』


 零は掌の機器を見下ろす。


『本当にありがとう』


「自分は、みんなで話せた方が楽しいと思っただけです」


『それで十分だよ』


 陽菜は、零の頭へ手を置いた。


 乱暴ではなく、髪を少しだけ撫でる。


『零、いい子になったね』


「子供扱いしないでください」


『してないよ。ちゃんと褒めてる』


「なら、頭は撫でなくていいです」


『照れてる?』


「照れてないっす」


『顔、赤いよ』


「夕日のせいです」


『朝は朝日のせいって言ってなかった?』


 柚希が笑う。


「零ちゃん、今日はずっと光のせいにしてる」


「本当に違います」


 美園も笑い、彩花は呆れたように息を吐いた。


 凛は、その光景をスマートフォンで撮った。


 陽菜に頭を撫でられ、不満そうな顔をしている零。


 その隣で笑う柚希。


 少し離れた場所には、美園と彩花。


 そして陽菜の後ろには、樹里がいる。


 朝に撮った整った集合写真とは違う。


 誰もカメラを見ていない。


 それでも、凛にとっては一番好きな写真になった。


 片づけを終え、それぞれが帰宅の準備を始める。


 7人で作った車列が、ここでほどけていく。


 けれど、もう朝までの7人には戻らない。


 同じ道を走り、同じ景色を見て、同じ声を聞いた。


 それぞれの間に、今日だけの記憶が残っている。


 凛は青柳とのLINEを開いた。


 撮影した写真をすぐに送ろうとして、指を止める。


 画面越しではなく、直接見せたかった。


 代わりに、短い文章だけを送る。


 ――無事に帰ってきました。とても楽しかったです。


 少しして、青柳から返信が届いた。


 ――お帰りなさい。無事でよかったです。


 続けて、もう1通。


 ――写真、楽しみにしています。


 凛はその言葉を見て、微笑んだ。


 ――明日、見せます。


 青柳から返ってきたのは、了承を示す短いスタンプだった。


 そのときの凛は知らなかった。


 青柳が、何度も文章を書いては消したあと、そのスタンプを送ったことを。


 青柳の手元には、名古屋支店への異動が記された内示書が置かれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。