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126話「インカム」

ツーリング当日の朝。


 集合場所に指定された島川不動産のエントランス前には、休日の静けさが残っていた。


 平日のように社員が行き交うこともない。


 先に到着していたのは、彩花と柚希だった。


「早いですね、彩花さん」


「あなたもでしょ」


「緊張して、あまり眠れなくて」


「後ろに乗るだけなのに?」


「その後ろが怖いんですよ。バイクって、身体が外に出てるじゃないですか」


「今になって気づいたの?」


「誘われたときは、楽しそうが勝ってたんです」


 柚希は少し落ち着かない様子で、道路の先へ目を向けた。


「零ちゃん、安全運転してくれますよね」


「本人に何度も確認してたでしょ」


「絶対って言ってくれました」


「なら、信じればいいじゃない」


「彩花さんは怖くないんですか?」


「別に」


「美園さんの後ろですよね」


「分かってる」


「二人乗りしたことは?」


「……ないけど」


「彩花さんも初めてじゃないですか」


「私は平気なの」


 そう答える彩花の声は、普段より少しだけ硬かった。


 遠くからエンジン音が近づいてくる。


 最初に姿を見せたのは、零のMT-25だった。


 エントランス前へ滑らかに入ってくると、彩花と柚希から少し離れた場所で停車する。


 零がヘルメットを外した。


「おはようございます」


「おはよう、零ちゃん」


「おはよう。早いわね」


「柚希さんを待たせたくなかったので、早めに出てきたっす」


 柚希の緊張した顔が、少しだけ緩む。


「今日は、よろしくね」


「任せてください。怖くないように走るっす」


「本当にゆっくりでいいからね」


「分かってます」


 零は真剣にうなずいた。


 その直後、別の排気音が近づいてくる。


 低く落ち着いた音を響かせながら、美園のSR400が姿を見せた。


 濃い色のライディングジャケットに身を包み、髪をヘルメットの中へ収めた美園は、Roseのカウンターに立つときとはまるで雰囲気が違っていた。


 指定された場所へ停め、スタンドを立てる。


 ヘルメットを外す動作にも、迷いがない。


『おはよう』


「おはようございます、美園さん」


「おはようございます、中村さん」


『2人とも早いね』


 美園は、彩花へ視線を向けた。


『彩花さん、ヘルメットは合ってる?』


「ええ。昨日確認したから問題ない」


『後ろに乗るときの説明、もう一度した方がいい?』


「覚えてる。急に身体を傾けない。足を着こうとしない。降りるときは声をかける」


『完璧』


「子供扱いしないで」


『してないよ。初めて乗る人には、誰にでも確認するから』


 彩花は美園のバイクを眺めた。


 古さを感じさせる形でありながら、手入れは行き届いている。


 飾るためではなく、走るために大切にされてきたことが分かった。


「本当に久しぶりなの?」


『遠くまで走るのはね。たまに近所を走るくらいはしてるよ』


「そう」


『不安?』


「別に。ただ確認しただけ」


『なら、よかった』


 美園は彩花の強がりを指摘せず、微笑むだけに留めた。


 次に聞こえてきたエンジン音は、それまでよりも軽い。


 凛のAxisが、慎重に速度を落としながら入ってくる。


 停止位置を確かめ、両足を着く。


 エンジンを切ってから、凛は大きく息を吐いた。


「おはようございます」


「おはよう、凛ちゃん」


「おはようございます」


『おはよう。集合場所まで大丈夫だった?』


「はい。少し早めに出て、焦らないように来ました」


 凛は並んだバイクを見回した。


 自分が声をかけたことで、これだけの人が集まっている。


 嬉しさと同時に、責任のようなものも感じた。


「私が誘ったのに、最後にならなくてよかったです」


「まだ2人来てないよ」


 彩花の言葉に、凛が道路を見る。


 間もなく、重く安定したエンジン音が近づいてきた。


 最後に現れたのは、樹里のCB1100だった。


 その後ろには陽菜が乗っている。


 陽菜の腕は、樹里の腰へ自然に回されていた。


 大きな車体が、ほとんど揺れることなく停車する。


 陽菜が先に降り、続いて樹里がスタンドを立てた。


『おはよう』


「おはようございます」


『おはようございます』


 2人がヘルメットを外す。


 陽菜は、すでに楽しそうな笑顔を浮かべていた。


『やっぱり、日高先輩の後ろは楽だね。全然揺れない』


『出発前から気を抜かないでください』


『ちゃんと掴まってたでしょ』


『信号待ちで左右を覗き込まないでください』


『景色を見てただけじゃん』


『身体を急に動かされると危険です』


『はいはい』


 凛は2人のやり取りを聞きながら、わずかに目を細めた。


 樹里の後ろに乗る陽菜の姿には、不思議なほど違和感がなかった。


 初めて見るはずなのに、ずっと以前からそうしてきたように見える。


 凛が知った過去の一端が、目の前の2人へ静かに重なった。


 けれど、怖いとは思わなかった。


 今日の2人は、誰かと争うためにここへ来たのではない。


 凛の誘いを受け、同じ景色を見るために来てくれた。


『凛ちゃん』


 陽菜に呼ばれ、凛が顔を上げる。


『誘ってくれて、ありがとう』


「まだ出発もしていませんよ」


『それでも。あたし、今日すごく楽しみだったから』


「私もです」


『ちゃんとついてきてね』


「置いていかないでください」


『置いていくわけないじゃん』


 陽菜は迷いなく答えた。


 樹里が腕時計を確認する。


『全員、時間どおりですね』


「出発前に、給油だけ確認しますか?」


 凛が尋ねる。


『はい。燃料とタイヤ、灯火類も確認してから出ましょう』


『また仕事みたいになってる』


『櫻井さんは、ご自分のことより人の心配をしてください』


『あたしは後ろに乗るだけだよ』


『だからこそ、運転者の邪魔をしないでください』


『しないってば』


 そのやり取りを聞いていた零が、自分のバイクへ戻った。


 車体へ取り付けられたバッグを開き、中から大きめのケースを取り出す。


 さらに、その中から小さな箱をいくつも並べ始めた。


 柚希が不思議そうに覗き込む。


「零ちゃん、それ何?」


「バイク用のインカムっす」


『インカム?』


 陽菜が近づく。


 零の足元には、同じ形の機器が7つ並んでいた。


『これ、全部?』


「はい。全員分、持ってきたっす」


「全員分?」


 凛も目を丸くする。


「どうしたんですか、これ」


「店長と、バイクに乗る知り合いに借りました。機種が違うと全員で繋ぐのが難しいので、同じグループで使える物を集めたっす」


『誰にも言ってなかったじゃん』


「繋がるか分からなかったので。昨日の夜に全部試して、設定も終わらせてきました」


 零は少し照れくさそうに、箱の1つを持ち上げた。


「せっかく7人で行くのに、走っている間に話せないのは寂しいと思ったので」


 一瞬、誰も言葉を発しなかった。


 陽菜は並べられた7つの機器を見る。


 それから、零の顔へ視線を戻した。


『零、こういうことするんだ』


「余計でしたか?」


『ううん』


 陽菜は機器の1つを手に取った。


『面白そう。早くつけようよ』


 それだけ言って笑う。


 零も、ほっとしたようにうなずいた。


「取り付け方は、自分が説明します」


『お願いします』


 樹里が零の隣へしゃがむ。


『全員のヘルメットへつけるのに、どのくらいかかりますか』


「位置を合わせるだけなので、そんなにかかりません。音量とマイクの確認まで入れて、20分くらいだと思います」


『では、出発時刻を少し遅らせましょう』


「すみません」


『謝る必要はありません。連絡手段が増えるなら、安全にも繋がります』


「はい」


『零ちゃん、格好いい』


 柚希が素直に言った。


 零の手が止まる。


「そういうのは、つけ終わってから言ってください」


「どうして?」


「手元が狂うので」


「照れてる?」


「照れてないっす」


「顔、赤いよ」


「朝日です」


「今、日陰だけど」


 零は答えず、柚希のヘルメットを受け取った。


 まずは取り付け位置を確認する。


「耳の位置、この辺りで合ってますか?」


「多分」


「一度被ってください。ずれていたら直します」


「うん」


 柚希がヘルメットを被る。


 零はその横に立ち、外側から機器の位置を微調整した。


 顔が近づくたび、柚希はなぜか真っ直ぐ前を向く。


「聞こえ方、どうですか?」


「まだ何も流れてないよ」


「今から確認します」


「分かってる。ちょっと緊張しただけ」


「走るのが怖いですか?」


「それもあるけど……今は別の意味で」


「別の意味?」


「何でもない」


 柚希は顔を隠すように、ヘルメットのシールドを下ろした。


 零は理由が分からないまま、次の機器を手に取った。


 美園は、彩花のヘルメットへ装着する作業を手伝っていた。


『彩花さん、被ってみて』


「これでいい?」


『耳、痛くない?』


「平気」


『マイクが口元に近すぎるかな』


「声が入ればいいんでしょ」


『近すぎると息まで入るよ』


「少し離して」


『分かった』


 美園の指がヘルメットの内側へ入り、マイクの位置を整える。


 彩花は動かないようにしていたが、間近にある美園の顔から視線を逸らしていた。


『緊張してる?』


「してない」


『まだ走ってもいないのに?』


「顔が近いのよ」


『ごめん』


 美園が笑いながら離れる。


 彩花はシールドを上げ、息を吐いた。


「中村さん、走ってる間に余計なことを話さないでよ」


『余計なことって?』


「この前の旅行のこととか」


『彩花さんが寝る前に――』


「それを言うなって言ってるの」


『まだ何も言ってないよ』


 美園は楽しそうに、彩花のインカムを起動した。


 凛は自分で取り付けようとしていたが、固定する位置がなかなか決まらない。


 その様子に気づいた樹里が、隣へ立つ。


『貸してください』


「すみません」


『初めてなら分からなくて当然です』


 樹里はヘルメットを受け取り、凛の耳の位置を確かめながら装着した。


「日高先輩は、使ったことがあるんですか?」


『以前に少しだけ』


 樹里の答えは短かった。


 凛は、その以前がいつなのか尋ねなかった。


 樹里も、それ以上は話さない。


『遠藤さん。一度被ってください』


「はい」


 凛がヘルメットを被る。


『耳に当たっていますか』


「少し上かもしれません」


『では、直します』


 樹里が位置を調整する。


 凛はその手元を見ながら、静かに口を開いた。


「日高先輩」


『はい』


「来てくださって、ありがとうございます」


『誘っていただいたのは、私の方です』


「断られるかもしれないと思っていました」


『なぜですか』


「先日の話を聞いたあと、私が何を言っても、気を遣っているように受け取られるかもしれないと思ったので」


 樹里の手が、わずかに止まる。


「でも、誘いたかったんです」


『……そうですか』


「はい」


 樹里はインカムの位置を整え、ヘルメットを凛へ返した。


『ありがとうございます』


 凛は微笑んだ。


「どういたしまして」


 最後に、陽菜のヘルメットへ機器を取り付ける。


 陽菜は零へ任せながら、樹里の方を見ていた。


『日高先輩、昔使ってたやつより小さくない?』


『櫻井さん』


『何?』


『余計なことは言わなくていいです』


『インカムの大きさの話だよ』


 陽菜は悪びれずに笑う。


 零は2人の会話を聞きながらも、黙って取り付けを続けた。


「陽菜さん、これで一度被ってください」


『どう?』


「マイクが少し近いっす。陽菜さんは声が大きいので、もう少し離します」


『零まで、あたしの声が大きいって言う』


「事実です」


『昔はもっと素直だったのに』


「最初から、そこまで素直ではなかったっす」


『言うようになったね』


 全員の取り付けが終わり、零が通信を繋いだ。


 7人がそれぞれヘルメットを被る。


 外から見れば、顔の半分は隠れている。


 けれど次の瞬間、耳元から声が聞こえた。


「聞こえますか?」


 零の声だった。


『聞こえる』


 美園が答える。


「私も聞こえます」


 凛の声が続く。


「これ、すごい。零ちゃんが耳元で話してるみたい」


 柚希の驚いた声が入る。


「大きな声を出さなくても聞こえます」


「本当に?」


「聞こえてます」


「これくらい小さくても?」


「聞こえてるっす」


「便利だね」


 そこへ、陽菜の声が割り込む。


『あー、あー。全員聞こえる?』


「陽菜さん、声が大きいです」


 凛が即座に返す。


『普通に喋っただけだよ』


「インカムでは、もう少し小さくて大丈夫です」


 零が音量を調整する。


『じゃあ、これくらい?』


『櫻井さん、聞こえています』


 樹里の声だった。


『日高先輩の声、近いね』


『同じ通信に入っているので当然です』


『耳元で喋られるの、変な感じ』


『余計なことを言わないでください』


「日高、声だけでも機嫌悪いの分かる」


 彩花が口を挟む。


『彩花、聞こえていますよ』


「聞こえるように言ったのよ」


『彩花さん、日高さんを怒らせるなら、出発してからにして』


 美園が笑う。


「中村さんは、どっちの味方なの?」


『後ろに乗る彩花さんの味方』


「なら、もっと大切に扱って」


『落とさないから安心して』


『出発前から賑やかだね』


 陽菜が笑う。


 その声に、他の者の笑いも重なった。


 離れた場所に立っているのに、全員の声が同じ場所から聞こえてくる。


 7人で走るという実感が、ようやく湧いてきた。


 樹里が通信越しに全員へ確認する。


『まず、隊列を決めます。私が先頭を走ります。遠藤さんが2番目、美園が3番目、零が最後です』


「分かりました」


『前との距離を詰めすぎないでください。信号で分かれても、無理に追いつこうとしないこと。私たちが先で待ちます』


「はい」


『零。後方をお願いします』


「任せてください」


『美園は、遠藤さんとの間が開きすぎないようにしてください』


『分かった』


『櫻井さん』


『何?』


『走行中に突然大きな声を出さないでください』


『なんで、あたしだけ個別に注意されるの?』


「必要だからじゃない?」


 彩花の声が入る。


『彩花さん、あとで覚えてて』


「怖い言い方しないでよ」


 それぞれがバイクへ向かう。


 美園がシートへ跨がり、後ろの彩花へ声をかける。


『乗っていいよ』


「分かった」


 彩花は教えられたとおり、美園の肩へ手を添えて後部座席へ乗った。


『足、ちゃんと乗ってる?』


「乗ってる」


『掴まる場所は、腰でいいよ』


「服じゃ駄目?」


『発進したときに身体が遅れるかも』


 彩花は一瞬ためらったあと、美園の腰へ腕を回した。


『もっとしっかり掴まってもいいよ』


「これで十分」


『走り始めてから怖くなっても知らないよ』


「そのときは掴む」


『了解』


 零の後ろでは、柚希が緊張した様子で足を上げていた。


「これで合ってる?」


「はい。ゆっくりで大丈夫っす」


「どこに掴まればいい?」


「自分の腰で」


「服じゃなくて?」


「不安なら、身体へ腕を回してください」


「身体に……」


「嫌なら、後ろのベルトでも大丈夫です」


「嫌とは言ってないよ」


 柚希は零の腰へ、遠慮がちに腕を回した。


「こう?」


「はい」


「近くない?」


「二人乗りなので、これくらいです」


「そっか」


「発進しますよ」


「待って。まだ心の準備が」


「待ちます」


「どれくらい?」


「柚希さんがいいと言うまで」


 零は急かさなかった。


 柚希は一度深呼吸し、回した腕へ少しだけ力を込める。


「……いいよ」


「分かりました」


 凛は1人で自分のバイクへ跨がった。


 左右には、自分より大きな車体が並んでいる。


 緊張しないわけではない。


 それでもヘルメットの中には、6人の声がある。


『凛ちゃん、大丈夫?』


 陽菜の声が聞こえた。


「はい」


『怖くなったら、すぐ言ってね』


「分かりました」


『遅くても気にしなくていいから』


『櫻井さん。遠藤さんを緊張させないでください』


『励ましてるんだけど』


「大丈夫です、日高先輩」


 凛は前に止まる樹里の背中を見た。


 その後ろには陽菜がいる。


 振り返れば、美園と彩花。


 さらに後ろには、零と柚希がいる。


 過去を知る前なら、ただ頼もしいと思っていたかもしれない。


 今は、その頼もしさがどこから来たのかを、少しだけ知っている。


 それでも凛は、自分から同じ列へ加わることを選んだ。


「行けます」


『では、出発します』


 4台のエンジン音が重なる。


 樹里が先頭に立ち、ゆっくりと道路へ出る。


 凛が続く。


 その後ろへ美園、最後に零が入った。


 走り始めて間もなく、柚希の声がインカムへ飛び込んでくる。


「思ってたより怖くない」


「まだ街中なので、速度も出てないっす」


「このままでお願い」


「分かりました」


「零ちゃんの背中、風が来なくていいね」


 零からの返事が途切れた。


「零ちゃん?」


「……聞こえてます」


「どうしたの?」


「何でもないっす」


 美園が小さく笑う。


『零、顔が見えなくてよかったね』


「美園さん、前を見てください」


『見てるよ』


「中村さん。笑うと身体が動く」


『ごめん、彩花さん』


「別に、少しくらいなら平気だけど」


『さっきより、しっかり掴まってるね』


「発進したときに少し驚いただけ」


『この方が安心でしょ』


「運転に集中して」


 インカムの中へ、陽菜の笑い声が広がる。


『何これ。みんなの会話、全部聞こえるの面白い』


『櫻井さん。前方の案内を聞き逃さないでください』


『日高先輩の声も聞こえてるよ』


『次の交差点を右折します』


『了解』


 樹里が合図を出す。


 4台が十分に間隔を空けながら、同じ方向へ曲がっていく。


 市街地を抜けると、次第に建物が減っていった。


 空が広がり、遠くに山並みが見える。


 先日の大雨に洗われた木々は、朝の光を受けて鮮やかに輝いていた。


「綺麗ですね」


 凛が思わず声を漏らす。


『見とれすぎないでね』


 美園が後ろから声をかける。


「はい。でも、バイクで見ると、車の中から見る景色とは違いますね」


『風も匂いも、そのまま来るからね』


「誘ってよかったです」


 凛の言葉に、陽菜がすぐ答える。


『あたしも、誘ってもらえてよかった』


 その声は、朝の集合場所で言ったときよりも静かだった。


 樹里の背中へ回した腕に、少しだけ力が入る。


『櫻井さん。苦しいです』


『少しくらいいいじゃん』


『運転中です』


『分かってる』


 陽菜は力を緩めた。


 それでも腕は離さない。


 昔も、こうして樹里の後ろへ乗ったことがある。


 けれど、あの頃のインカムには、これほど多くの穏やかな声は流れていなかった。


 進路を伝える声。


 景色を喜ぶ声。


 怖がる声と、それを安心させる声。


 冗談を言って笑う声。


 同じ道を走っている7人の存在が、耳元から途切れることなく届いてくる。


 今はまだ、陽菜もそれを単純に楽しんでいた。


 この小さな機器を零が全員分用意したことの意味を、心から実感するのは帰り道になる。


 最初の休憩地点までは、もう少し。


 その先には、日光の山々と、目的地である東照宮が待っていた。

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