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『いいね』

休日の夜。


神谷愛子はスマートフォンの画面を眺めながら、小さく笑った。


画面には、今日のツーリングで撮った写真が並んでいる。


 山道の向こうに広がる青空。

 木漏れ日の落ちる道。

 そして、駐車場に停めた自分のSRV。


どれも、特別な写真ではない。


けれど、愛子にはどれも大切な一枚だった。


「……これ、いいかも」


今日撮った写真の中から一枚を選ぶ。


短い文章を添えて投稿する。


送信ボタンを押したあと、愛子はスマートフォンをテーブルに置いた。


しばらくして、また手に取る。


まだ何もない。


「まあ、そんなすぐにはね」


そう言いながらも、少しだけ気になった。


しばらくして、もう一度画面を見る。


「……え?」


通知がいくつも増えていた。


写真にはいくつもの「いいね」が付いている。


知らない人からのコメントもあった。


 ――きれいな場所ですね。

 ――SRV、綺麗ですね。

 ――今度行ってみたいです。


愛子は思わず頬を緩めた。


自分が楽しかった時間を、知らない誰かも見てくれた。


それだけのことなのに、不思議と嬉しかった。


***


翌日の昼休み。


愛子は休憩室でスマートフォンを見ていた。


そこへ明雄が入ってくる。


「何かありました?」


「昨日の写真なんです」


愛子は画面を見せた。


「ツーリングの?」


「はい。投稿したら、結構『いいね』が付いて」


「へえ」


明雄は画面を覗き込む。


「自分が見た景色を誰かにも見てもらえるの、よくないですか?」


「そうですね」


明雄は素直に頷いた。


「高瀬さんは、SNSとかやらないんですか?」


「見ることはありますよ」


「投稿は?」


「……たまにします」


「へえ」


「でも、すぐ消してしまうんです」


「どうしてですか?」


明雄は少し考えた。


「……しっくりこないから」


「しっくりこない?」


「はい」


明雄は愛子のスマートフォンに映った写真を見る。


「撮ったときはいいなと思うんですけど、投稿してみるとどうもしっくりこなくて」


「それで消しちゃうんですか?」


「そうですね」


明雄はそれ以上説明するでもなく、少し笑った。


愛子はそんな明雄を見て、ふっと笑う。


「高瀬さんらしいですね」


「そうですか?」


「はい」


明雄はそれ以上何も言わず、コーヒーを淹れた。


愛子はスマートフォンを見る。


新しい通知が一つ増えていた。


昨日の写真にまた「いいね」が付いている。


「……ふふ」


愛子は嬉しそうに笑った。


明雄はそれを見て、何も言わずに少しだけ笑った。


窓の外では、夏の光が白く輝いている。


明雄はコーヒーを飲み終えると、窓の外を眺めた。


夏の空が、白く眩しい。


その視線に気づいて、愛子も窓の外へ目を向ける。


窓の向こうには、雲の少ない青空が広がっていた。


二人はしばらく、何も言わずにその空を眺めていた。


やがて昼休みの終わりを告げる時間になった。


明雄が立ち上がる。


「そろそろ戻りますか」


愛子も頷いた。


二人は休憩室を出た。

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