『初詣』
新しい年になった。
冬の朝は、まだ薄暗かった。
高瀬明雄は厚手のジャケットを着込み、白いセローのエンジンをかけた。
冷えた空気の中で、エンジンの音だけが静かに響く。
待ち合わせの場所へ向かう。
しばらくすると、赤いSRV250がやってきた。
神谷愛子だった。
「おはようございます」
「おはようございます。今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
二人はそれぞれヘルメットを被った。
今日の目的地は、大きな稲荷の寺院だった。
初詣を兼ねた、今年最初のツーリング。
二台のバイクが、静かな街を走り始める。
朝の道路は空いていた。
吐く息は白い。
しばらく走ると、街の景色が少しずつ変わっていった。
道沿いに人の姿が増えてくる。
やがて、目的地が近づいてきた。
寺院の近くまで来ると、人の流れが目に入った。
駐車場にバイクを停める。
ヘルメットを脱ぐと、頬に冷たい風が当たった。
「さすがに人が多いですね」
「初詣ですから」
二人は人の流れに合わせて歩いていく。
大きな鳥居が見えてきた。
二人は鳥居の前で立ち止まる。
明雄が軽く一礼する。
愛子もそれに続いた。
二人は鳥居をくぐり、境内へ入っていく。
境内には多くの参拝客がいて、屋台からは甘い匂いや香ばしい匂いが漂っていた。
「何か食べたくなりますね」
「参拝してからにしましょう」
「そうですね」
やがて本堂の前に着いた。
二人は並んで手を合わせた。
新しい一年。
それぞれ、静かに願いを込める。
「何をお願いしたんですか?」
「秘密です」
「高瀬さん、そういうところありますよね」
「神様との約束ですから」
「なるほど」
愛子は少し笑いながら言った。
「じゃあ、私も秘密にしておきます」
二人は笑い合いながら境内をゆっくり歩いた。
奥へ進むと、たくさんの狐の像が並ぶ場所があった。
大小さまざまな狐の像が、静かに並んでいる。
人の声も少し遠くなった。
愛子はしばらく狐の像を眺めていた。
「写真、撮っていいですか?」
「どうぞ」
愛子はスマートフォンを取り出した。
狐の像を一枚。
少し角度を変えて、もう一枚。
さらに別の像にもカメラを向ける。
明雄もオリンパスペンEFを取り出した。
ファインダーを覗く。
狐の像と、その前でスマートフォンを構える愛子がファインダーに入った。
明雄は少しだけ構図を整える。
そして、一枚だけシャッターを切った。
「撮りました?」
「ええ、神谷さんは何枚撮ったんですか?」
「まだ三枚です」
「まだ?」
「もう少し撮ります」
愛子はまたスマートフォンを構えた。
それを見て明雄は微かに笑った。
しばらくして、二人は参道へ戻った。
屋台を眺めながら歩いていると、稲荷寿司の屋台が目に入った。
「お稲荷さん、食べません?」
「いいですね」
二人は稲荷寿司を買った。
その隣には、湯気の立つ鍋が置かれていた。
「あっ、豚汁がありますよ」
「それはいいですね」
二人は豚汁も一杯ずつ買った。
境内の隅にあるベンチに並んで座る。
湯気が立ちのぼる。
愛子が両手で椀を包む。
冷えていた指先に、じんわりと熱が伝わっていく。
一口飲む。
熱い汁が喉を通り、冷えていた体の中へゆっくりと広がっていく。
「……温まりますね」
「ええ」
二人はしばらく、黙って豚汁を味わった。
愛子は稲荷寿司を一つ手に取った。
「こっちもおいしいです」
「いい組み合わせですね」
「お正月らしいです」
二人は稲荷寿司を食べながら、豚汁を少しずつ飲んだ。
周囲では、参拝客の話し声や屋台の呼び込みが聞こえている。
「美味しかったですね」
「ええ。こういうのもいいですね」
二人はしばらく、ベンチに座っていた。
やがて立ち上がり、鳥居へ向かって歩き始めた。
鳥居を抜ける。
明雄が振り返り、境内に向かって軽く一礼する。
愛子も同じように頭を下げた。
二人は駐車場へ向かった。
ヘルメットを被る。
エンジンをかける。
白いセローと赤いSRV250が、ゆっくりと駐車場を出ていく。
街を抜ける。
冬の空は高く、澄んでいた。
白いセローと赤いSRV250が、冬の道を走っていく。
新しい一年。
まだ何が起こるのかは分からない。
けれど、こうしてまた一緒に走ることができる。
それだけで、今年も悪くない一年になりそうだった。




