『紅葉』
休日の朝。
高瀬明雄は、白いセローのエンジンをかけた。
空はよく晴れていた。
夏の頃とは違い、走り始めると少しひんやりした風がジャケットの隙間から入り込んでくる。
明雄はそのまま、山の方へ向かった。
街を離れるにつれて、道の両側にある木々の色が少しずつ変わっていく。
緑の中に、黄色や赤が混じっていた。
しばらく走っていると、道沿いに小さな出店が見えてきた。
数台のバイクや車が停まっている。
店先には、田楽を焼く香ばしい匂いが漂っていた。
明雄はセローを停めた。
ヘルメットを脱いで店先を見ると、少し離れたところに赤いSRV250が停まっていた。
「高瀬さん」
振り返ると、愛子が立っていた。
「もう来てたんですね」
「ええ」
愛子は店先の田楽を見た。
「おいしそうですね」
「食べますか」
「はい」
二人は田楽を注文した。
焼き上がった田楽を受け取ると、店の外に並べられた床几台に腰を下ろした。
山から吹いてくる風は少し冷たかった。
その分、手にした田楽の温かさが心地よかった。
二人は並んで、ゆっくりと食べた。
味噌の香ばしい匂いが、秋の空気に混じっている。
「こういうの、いいですね」
愛子が言った。
「ええ」
それ以上は言わず、二人は田楽を味わった。
食べ終えると、店の奥から抹茶と和菓子が運ばれてきた。
小さな器に入った抹茶。
その横には、秋らしい色合いの和菓子がひとつ添えられている。
愛子は抹茶を一口飲んだ。
「おいしい」
明雄も抹茶を飲む。
苦みのあとに、静かな甘さが残った。
二人は和菓子を少しずつ口に運びながら、目の前の山を眺めていた。
木々はところどころ色づき、風が吹くたびに葉が揺れている。
「秋ですね」
愛子が言った。
「そうですね」
しばらく、二人は何も話さなかった。
店先には、ほかの客の話し声が小さく聞こえている。
その向こうで、山の木々が静かに揺れていた。
やがて二人は店を出た。
バイクを置いたまま、少し先の細い道を歩く。
落ち葉が道に積もっていた。
足元で、乾いた葉が小さな音を立てる。
しばらく歩くと、道の先が開けた。
そこからは、山々が幾重にも重なって見えた。
夏には緑一色だった景色が、今は黄色や赤に染まっている。
愛子は立ち止まった。
「同じ場所なのに、違って見えますね」
「季節が変わるだけで、こんなに変わりますからね」
明雄は遠くの山を眺めた。
愛子も黙って景色を見ていた。
風が吹く。
また何枚かの葉が落ちていった。
二人はしばらく、その場に立っていた。
やがて来た道を戻る。
店の前まで戻ると、それぞれのバイクのところへ向かった。
「今日は、いい日でしたね」
愛子が言った。
「ええ」
「こういう休日もいいですね」
「走るだけじゃなくて、紅葉をゆっくり見るのも」
「はい」
愛子は少し先の山を見た。
「今が一番、きれいな時期なんでしょうね」
「そうですね」
紅葉が夕日に照らされ、一層赤く染まっていた。
「来てよかったです」
「ええ。いい景色でしたね」
愛子はもう一度山を眺め、ヘルメットを手に取った。
明雄もヘルメットを被る。
エンジンが順番にかかる。
赤いSRV250が先に走り出し、その少し後を白いセローが追った。
山道には、二台のバイクの音が静かに響いていた。
秋の風が、二人の間を通り抜けていく。
道の両側では、色づいた葉が揺れていた。
一枚の葉が、木から離れる。
風に乗り、二台のバイクの間を静かに落ちていった。




