第7話 :雪国の聖女の悩み
10年続いた吹雪が止んだことで、アイスポートではお祭りムードが漂っていた。
実際に何があったのかは今のところ公表されていないが、どこからかLALLの活躍があったという話が漏れてしまっていた。
そのせいで大主教から話を聞きたいと言われてしまい、レイヴンは大教会へと向かった。
アイも、友達に会うために一緒に大教会へとやってきた。
レイヴンは早々に偉そうな恰好の人と奥の部屋に向かってしまったので、アイは仕方なく近くに居た神父のような恰好の人にフローリアを知らないか聞いてみることにした。
「あの、すみません、フローリアさんという方を知りませんか?」
「フローリア様ですか…?……失礼ですが、何の御用でしょう?」
よくわからないが、何か警戒されているようだ。
「えっと……数日前にフローリアさんに頼まれたことを済ませてきたので、その結果をお話したいのですが……。」
「あぁ…あなたが……。この時間なら、フローリア様は裏庭の奥の墓地に居ると思います。ただ……。」
「…?」
「…いえ、なんでもありません。あなたでしたら大丈夫でしょうから。」
「そうですか…。ありがとうございます。」
何か話していないことがあるのは間違いないだろうが、居場所は教えてもらえたのでそれ以上は追及しないことにした。
実際に会えばきっとわかるだろう。
とにかく、アイは言われた通り裏庭に向かうことにした。
「……ここですか…。」
吹雪は止んだが、寒冷地であることに変わりはないアイスポートでは、今も長年降り積もった雪が溶けずに残っている。
その中で大教会の裏庭は、早くから除雪作業が行われた結果、既に緑が見えるようになっている場所だ。
この時のアイはまだ知らなかったが、フローリアが優先的に裏庭を除雪するよう指示していた。
「フローリアさん…?」
アイがフローリアを見つけた時、フローリアは一番外れにある墓の周りを掃除していた。
「フローリアさん。」
「…!…アイさん、ご無事でよかったです。」
「いえ、フローリアさんは、掃除をしていたんですか?」
「えっと…はい、私がやらなければ、誰もやりませんから。」
「?…そうなんですか?」
「えぇ、このお墓に眠っているのは、一昨日処刑された罪人なんです。」
「…そう、だったんですね。」
「でも、この方は………いえ、何でもありません。それより、ヴァレムさんの方はどうなりましたか?いろいろと噂は聞きましたけど…。」
「あ、えっと、色々あったんですが、最終的にLALLに迎えることになりました。」
何でもない…とはとても思えなかったが、あまり話す気はなさそうなので、ひとまずその話はおいておくことにした。
「そうでしたか…もう一人で北に住み続ける必要はなくなったんですね。…まぁ、吹雪も止みましたから、もう大丈夫だと思いますけれどね。…ところで、突然吹雪が止んだことについて、何か知っていますか?」
「…えっと……。」
北の果てで起きたことについて話していいものか悩んだが、今頃レイヴンも教会の偉い人に全部伝えていることだろう。
「あ、すみません、ここだと寒いですよね。ついてきてください。人の来ない場所には心当たりがあるんです。」
フローリアに言われるがままついていくと、たどり着いたのは大教会の大きな塔の上階だった。
もう一つ上に登ると大きな鐘があるが、特定の時間以外は人が来る場所ではないらしい。
そしてすぐ上は屋外であるにも関わらず、今いる階は意外と暖かかった。教会関係者が普段過ごしている部屋が近いおかげで、ついでに温まっているらしい。
「あの…、ここ、関係者以外立ち入り禁止じゃないんですか?」
「バレませんから、大丈夫ですよ。」
「そ、そうですか…。」
つまり、関係者以外立ち入り禁止ではあるということだ。
フローリアからは常に上品な雰囲気が漂っていて、アイにとって、この行動は少し予想外なことだった。
「それでは、聞いてもいいですか?北で起きたことについて…。」
それから、一時間近くかけてヴァレムとサイエント、ソラの物語、そしてネージュについて語った。
アイが話している間、フローリアは終始真剣に聞いていた。
「ネージュさんの遺体は、LALLで火葬することになりました。あまり詳しく過去が視えたわけではありませんが、あの孤独に身を置く提案が魅力的に感じるほど、彼は苦しんでいたんだと思います。」
「そう、ですか……。10年前のアイスポートには、やはりそういったこともあったのですね…。」
10年前、フローリアはまだ8歳だった。教会関係者を多く輩出していた家系に生まれたフローリアは、幼少期から何不自由なく暮らしていた。近い年齢だったと思われるネージュのことを思うと、自分がいかに恵まれた環境に生まれたのかを痛感する。
しかし、10年もアイスポートを苦しめた吹雪を起こしていたのがネージュである以上、今更アイスポートが彼を丁重に扱うことなど絶対にない。
それはフローリアが誰よりも分かっていることだった。
「………。」
吹雪は収まった。
そして世界中に降り注いだ厄災が、天災ではなく人災であったかもしれないと分かった以上、LALLはそれを解決するために動くだろう。LALLとは、そういう組織なのだと、フローリアも理解してきていた。
………今ここで最大の悩みを打ち明けたら、アイは助けてくれるのだろう。
しかし、フローリアの悩みはこの国の平和と直接結びついている。この悩みを解決してしまえば……いや、ここで悩みを伝えてしまえば、この国は変わらなければならないだろう。
それなら、自分一人が苦しむだけで一つの国を守れるなら、この悩みは打ち明けるべきではない。
「………。」
……いや、違う。
「……アイさん…。」
「どうしました?」
苦しんでいるのはフローリア一人かもしれない。
「一つ、相談してもいいでしょうか。」
「はい、もちろんです。」
だが、傷ついている人が、たくさんいるのだから。
「…大事なお話です。…アイスポートのあり方を変えてしまうほど、大事な。」
「…分かりました。」
きっと、今こそこの国は変わらなければならないのだ。
「私が先ほど掃除をしていたのは、一昨日処刑された罪人のお墓でした。ですが、私が知る限り、彼が犯した罪は、一件の窃盗のみです。」
「えっ…?…なら、どうして処刑なんてことに…。」
「彼が兵士から逃げようとした際、オリジンを使ったからです。」
「………え…?」
少し考えて、やっとアイはどういうことなのか理解した。
「この国ではオリジンは神様がもたらしてくれた神聖な力として信仰されています。ですから、もしそれをほんの少しでも犯罪に使用してしまったら、神様への冒涜として例外なく処刑されるのです。それだけならまだよかったのですが、いつからか大主教様は発現者を見つけると、アイスポートの法律に反するよう、そしてオリジンを使うよう誘導するようになりました。」
「それはつまり…一人でも多く処刑しようとしている、ということですか…?」
「えぇ、そうです。」
「どうしてそんなことを……。」
アイがそう呟くと、フローリアは手を伸ばし、反対側の壁を凍り付かせた。
「……フローリアさんも、氷を操る発現者だったんですか…?」
フローリアは首を横に振る。
そして次の瞬間、炎を出して氷を溶かした。
アイが驚いているうちに、フローリアは自分の分身を出し、周囲を暗くし、床一面を花畑にし、剣を創造し、その後も一貫性のない様々な能力を行使した。
「フ、フローリアさん、あなたの能力は一体、なんなんですか……?」
アイがそう問うと、フローリアは能力の行使を止め、少し俯きながら答えた。
「……強奪です。」
「…強奪……ですか…?」
「はい、他人のオリジンを奪い、自分のオリジンとして行使出来るオリジンです。理論上は、最強の能力なのでしょう。ただ、能力を強奪するにはある条件があるんです。」
アイの脳裏を嫌な予感がよぎる。
フローリアが自分のオリジンについて話したのは、どうして大主教が一人でも多くの人を処刑しようとするのかを聞いたからだ。そこから導き出されるのは……。
「………まさか…。」
「…対象のオリジンを持つ発現者が死亡していること、です。」
そう、フローリアが今使った全ての能力を本来持っていた発現者は、全員アイスポートの法律に従い処刑された発現者だった。
「全てのオリジンを使うことが出来るかもしれない私は、アイスポートの聖女と呼ばれています。そして大主教様は、聖女たる私にオリジンを吸収させるために強引な処刑を繰り返しているのです。私から見て大主教様は叔父にあたります。きっと10年前、唯一の家族になってしまった私に強くあって欲しいのだと思います。ですが、私はこれ以上誰かが命を落とすのは見たくありません。私のために大主教様が許されざることを繰り返すのも。ですからアイさん、お願いです。大主教様を止めていただけませんか。」
その頃、レイヴンはイヴェルディーチ大主教に北で起きた出来事について話していた。
「なるほど、吹雪の原因はその少年だったというわけですか。」
「えぇ、彼のオリジンは並大抵のものではありませんでした。そして、アイのオリジンで視えた過去によると、彼にオリジンを与えた誰かが居たそうです。」
「オリジンを与え、厄災を生み出す者……か。」
「LALLはこれから、各国の首脳部にこの情報を伝え、同時に各国を苦しめている厄災の元凶を叩くつもりです。」
「LALLには、その力があると?」
「分かりません。吹雪の元凶であったあの少年は強敵ではありつつも、なんとか倒すことが出来ました。しかしそもそも、吹雪が厄災の中では被害の小さいものであるというのは事実です。」
「アイスポートには、突出して強い者が二人居る。もし望むなら、私たちは喜んで協力しよう。」
「突出して強い者ですか。……一人はアイスポートの聖女、だな。」
「その通り。そしてもう一人は、この私だ。」
「大主教様が?」
「私の強さには少し特別な理由があるがね。良ければ手合わせはどうかね。」
「手合わせですか。」
大主教の表情は変わらず笑みを携えている。しかしレイヴンは、その笑みに底なしの恐怖を感じた。
「あぁ、お互いの強さを知っておくのは、お互いのためになるだろう?」
「…是非お願いする……と言いたいところなのだが、一つ確認させてもらいたい。」
「なんだね。」
「この手合わせで俺が大主教様を傷つけ、それを理由に俺が処刑される、なんてことにはならないだろうな?」
レイヴンの言葉に大主教は驚いたが、すぐにまた笑みを携えた表情に戻った。
「……ふっ、そうか。もうそんなことまで知っているとはな。」
「偶然知っただけだ。だがそんな危険な相手に隙を見せるつもりはない。その手合わせは断らせてもらう。」
一昨日、アイはフローリアからヴァレムについて聞いた後、レイヴンに連絡をしていた。
その連絡でフローリアについて知ったヴァレムは、軽くフローリアについて調べ、彼女がアイスポートの聖女と呼ばれていることを知った。様々なオリジンを行使出来るということもだ。
フローリアが行使出来るオリジンが処刑された者のオリジンだと気づいたレイヴンは、会う前からこの国のトップである大主教を警戒していた。
少しカマをかけたところはあったが、大主教の反応から、アイスポートの平和の裏に潜む闇の黒幕が彼であることは既に疑いようのない事実だった。
「まぁいい。厄災という共通の敵が居なくなった今、犯罪者は自然と増えるだろう。レイヴン殿を失えば、人類全体として大きな損失でしょうからな。」
「…まさか、俺をこのまま解放するつもりなのか?」
「えぇ、もちろん。罪を犯したどころか、アイスポートの長年の悩みを解決してくれた英雄を、拘束するわけにはいかないでしょう。それに、レイヴン殿。私が居なくなれば平和なこの国に混乱が訪れるのは必至だ。それに気付けてしまう君では、私を告発することは出来ないでしょう。」
「………。」
「ではレイヴン殿、君たちの今後の活躍を願っていますよ。」
「私も、フローリアさんとこの国を助けたいと思っています。でも、やっと本当の平和が訪れたアイスポートを、再び混乱させるのは避けられないと思います。」
「分かっています。それでも、このままにしてはいけないことでしょう?」
もちろん、アイも分かっている。しかしアイスポートの住人のほとんどは非発現者であり、このまま何もしなければ彼らの安全な生活は揺るがないだろう。
それを少しの発現者の為に脅かす権利など、誰にあるのだろう。
「フローリア様、ここにいらしたのですね。」
「!」
その時、一人の衛兵がフローリアを呼びに来た。確か、フローリアと初めて会った時に見た兵士だ。
「君は確か……はぁ、大体分かりました。今すぐに立ち去れば今日ここで見たことは忘れます。」
「わ、分かりました。ありがとうございます。」
兵士の寛大な対応にアイは慌てて立ち上がり、階段を降りて行った。
「フローリア様も、こんなところまで部外者を連れてこないでください。」
「ご、ごめんなさい。…それで、何かあったのですか?」
「仕事です。また一人、オリジン犯罪者が。」
その言葉を聞いて、フローリアは顔を曇らせる。
しかし、今からフローリアが行うのは犯罪者の最期の懺悔。
本来なら即刻処刑されるはずだった罪人とフローリアが直接話し、怒りや恨み、後悔などを聞く時間。
昔、彼らが少しでも長く生きれるようにフローリア自ら提案した聖女の唯一の日常的な仕事だ。
だが、間もなく処刑されると分かっている彼らの言葉がフローリアを精神的に苦しめているのは間違えようのない事実でもある。
「…分かりました、すぐに行きます。」
人目を避けて大教会から出ようとするアイは、建物の出入り口で兵士数人と彼らに囲まれた女性とすれ違った。
さきほど衛兵がフローリアを呼びに来たことと合わせて考えると、あの女性はオリジンを使った罪人なのかもしれない。
そう思ってアイは兵士の隙間から女性の顔を覗き見る。
「!?」
その人は、アイがよく知る人物だった。
見間違えるはずもない。
「………ラディア……?」
ラディア・アルデウス。
10年前、アイとレイヴン、そしてデイブレイクと共にLALLを立ち上げ、5年前にリベリオンデザイアのリーダーとなったラディアは、その圧倒的な強さと頭脳、そしてカリスマで多くの発現者をリベリオンデザイアへ引き込み、各国で厄災の次に恐れられるほどの組織にした。
ブレイズスカーがリベリオンデザイアのナンバー2に甘んじているのも、ラディアが居るからだ。
「どうしてここに………。」
あのラディアが、普通の兵士に捕まるはずがない。
そして処刑されるなどという事態に、何もしないはずがない。
今捕まっているのも、何かの作戦の一部なのだと確信出来る。
ラディアの作戦はいつも勝手で、危険で、そして絶対に成功する。
LALLの仲間の安全を考えれば、ラディアが居ると分かった時点で離れるべきだろう。
しかしもちろん、LALLはそんなことはしない。
「フローリアさん、どうか、気を付けて……。」
この時、シーパストはかつてないほど強く震えていた。




