第5話 :何よりも大事な他人、電気信号の感情
気づけば、船は小さな島のすぐそばまで来ていた。
偶然か必然か、吹雪は少し落ち着いていて、船からも島に明かりが灯っている場所があるのがうっすらと確認できる。
「私はこの船に残るわ。悪いけど島には3人で言ってちょうだい。」
「来ないのか?」
「私だって行きたいけど、このレーダーに私以上に詳しい人は居ないもの。」
「それは、そうだな。」
「何かあったら呼んでくれればすぐに行くわ。」
「分かった。」
サルヴァを砕氷船に残し、3人は島に立ち入った。
10年前に人が去ったこの白黒の島の建物はほとんどがまだ形をとどめているが、止まない吹雪で植物は枯れ、どこも寂れた雰囲気をまとっていた。
「あの高台の明かりの場所以外は、何もなさそうだな。」
「あ、あぁ…静かだが、形だけはどこもあの日のままだ…。」
3人がうっすら見える丘の上の明かりの方に進むと、そこには窓から光の漏れる大きめの家があった。
「ここが、サイエントの家で間違いないか?」
「…間違いない……ここがあいつの家…そして研究所だ…。」
レイヴンは扉をノックするが、反応はない。
少し間をおいて、再びノックしても反応がなかったので、入らせてもらうことにした。
ちなみにサイエントは研究所の1階を誰でも入れるようにしていて、いつも鍵は閉めていなかったらしい。危険を伴う研究は地下室を使っていたとか。
「失礼します…。」
「…サ、サイエント…居るか?…俺だ、ヴァレムだ…!」
やはり反応はなかったが、確かにここには今も誰かが生活しているのが分かる痕跡がある。
「今は居ないようだな。」
「でも、どこにいるんでしょうか。」
「ここは常に日が隠れている。人との交流もないとなれば、寝ている可能性もあるか。」
「あ、あいつならそんなことはないと思うけど…一応2階を見てくる…。」
「アイは1階を頼む。俺は地下を探してくる。」
「分かりました。」
レイヴンがヴァレムについて階段に向かってから少しして、アイは玄関で物音がするのを聞いた。
玄関に向かうも、そこには誰も居ない。風の音だったのだろうか。
そう思ってアイが踵を返す瞬間、剣が震えているのを感じた。ほぼ同時に横から誰かが奇襲を仕掛けてきて、アイが抜いた剣に何かがぶつかった。
重い一撃。これが普通の剣なら気付かずにやられていただろう。
そう思ったのもつかの間、相手はすぐにアイの横っ腹に蹴りをいれて距離を取った。
奇襲を防がれても一切動揺しない。明らかにただものではない。サイエントがこれほど高い戦闘能力を持っているとは聞いていないが。
そう思い、腹を抑えながらアイが顔をあげると、そこに立っていたのはメイド姿の少女だった。
「えっ…?」
「…?」
サイエントが高い戦闘能力を持っているとは聞いていないが、女装の趣味があるなんてもっと聞いていない。
おかしな発想に辿り着いてぽかんとしているアイを見て、少女はアイが泥棒とかではないのではと考え始めていた。
そしてやっと、アイはこの少女が絶対にサイエントではないことに気付いた。
なぜなら、少女の身体のいたるところに線が入っており、右手は一部の表面が剥がれ、鉄の色になっているからだ。
つまり、少女の身体は機械であり、さきほど最初の攻撃でアイの剣に防がれたのは、武器ではなく右手そのものだということだ。考えてみれば、今の蹴りも動きの小ささのわりに強すぎる。
一方の少女は、目の前のアイが何者なのか測りかねていた。悪意は感じられないが、手には剣を持っていて、少なくとも不法侵入ではある。しかしサイエントはこの建物の一階を誰でも入れるようにしており、そして誰かがやってきた時は………。
「アイ!大丈夫か!!」
「!」
アイの後方、つまり建物の奥から新たに大柄な男が現れた。彼からも悪意は感じられないが、その手は背中の大剣の柄を握っている。
「い、今の物音はなんだ……?」
遅れてもう1人の男がその後ろから現れた。その男からは悪意を感じない上に、武器のようなものも持っていない。そして戦うために鍛錬を積んでいるようにも見えない。しかし、少女はその男を見ると、他の2人のことなどどうでもよくなってしまった。
「………ヴァレム………?」
「…え……?」
ヴァレムは自分の名前を呼ばれたことに驚き、アイから目を離して少女の方を見る。
「…お、お前…は………まさか……。」
しかしそこまで言って、ヴァレムは少女をなんて呼べばいいのか分からなかった。
「………。」
「………。」
しばしの沈黙に耐え切れず、最初に口を開いたのはレイヴンだった。
「…知り合い、なのか…?」
「え、えっと……彼女は、俺が基礎設計をして、サイエントに託した………研究…だ。」
「……つまり…あぁ、なるほど、そういうことか。」
つまり、目の前に居る少女はこの10年でサイエントが完成させた人間のような機械ということだ。よく見ると機械であるということは分かるが、その表情や細かい動きは人のそれとほとんど同じように見えた。
ただこんな孤立した地で作った少女にメイド服を着せていたという事実はこれまでの真面目な天才という印象と解釈違いを起こすが、まだヴァレムがその前提で基礎設計を行った可能性があるので、その話は後でヴァレムからしっかりと聞き出そう。
まだ二人がどう対応すればいいのか困っていたので、レイヴンは話を進めることにした。
「俺たちはサイエントさんに会いに来たんだ。危害を加えるつもりはない。サイエントさんは居るか?」
少女は一瞬考えたが、確かに悪意は感じ取れていなかったので、その言葉を信じることにした。
「分かった。…でも………、いや、そうだね。ついてきて!」
突然使用人とは思えない口調が飛び出して皆驚いたが、よく考えればこれまでサイエントと2人で生活していたのなら、口調などこだわる必要はなかったのかもしれない。
少女はアイが立ちあがり、レイヴンが誰かに連絡するのを待ってから外に出た。この家の他に人が使ってそうな建物は見当たらなかったが、と思いながら後をついていくと、少女はそのまま家の周りを半周して、庭で立ち止まった。
「ん?サイエントさんはどこに?」
「ここだよ。」
そう言って少女が積もった雪をどかすと、そこには綺麗に形を整えられた石があった。
「これは、まさか……。」
石には丁寧にサイエントと彫られている。
「2年半ほど前、この環境に居続けたからか、サイエントは体調を崩して珍しい病気にかかった。少なくとも10年前にはまだ有効な治療法が見つかっていない病気だったらしい。それからサイエントは治療法を探したけど、自分しか研究対象がなかったし、当然物資も足りてない。4ヵ月が経ったころ、もう助かる見込みはないと判断して、残りの時間をあたしのために使った。さらに2ヵ月が経った頃、つまり今から2年ほど前、サイエントは眠りについたの。」
そういって少女は、再び積もりかけていた雪をどかした。
「……サイエント……すまない、遅くなった…。」
国にもよるが、正直10年前から従来の科学はほどんと進展していない。だがその病気はおそらく、同じように日が当たらず雪が降り続けているアイスポートでも患者が多く出た病気だ。5、6年前には治療法が確立し、今ではそれほど重大な病気とは思われていない。つまり、もっと早く来ていれば、サイエントが病死することもなかっただろう。
実際のところ、ヴァレムは一人でもこの島に戻ることが出来なかったわけではない。船の操縦は知らなかったが、10年もあったのだから、どうすることも出来た。
だがヴァレムがそうしなかったのは、それを意味がないと思っていたからだ。
今の落ちぶれた自分では、サイエントを失望させてしまうだけだと。
今の崩壊した世界では、サイエントを落胆させてしまうだけだと。
それならいっそ、何も知らないまま自分の研究に没頭していて欲しいと思っていた。
「居ないと思ったら、こんなところに居たのね。」
その時、サルヴァがやってきた。レイヴンに連絡を受けてから急いで来たらしい。やはりテンションは高めだったが、その場の雰囲気から何かを感じ取った。
事情を説明すると、サルヴァは落ち着いてサイエントの墓標に向き直り、アイスポート流の祈りを捧げた。
順に今は亡き天才に哀悼の意を表して、一行は家の中に戻ってきた。
重い雰囲気のままでいるのが嫌だったのか、少女はせっせと全員が座れる場所を用意し、簡単な食事を出して話題も出した。
「それで、きみたちはどうするの?」
少女の質問にレイヴンは少し考えて、逆に少女に一つ聞いた。
「そうだな…サイエントさんは生前、誰かが来た時、どうしろと言っていた?」
「『その者が悪人ではないと判断したなら、ここにある実験や研究のデータは全て譲渡して構わない。ただし、その際ヴァレムについて説明し、出来ればそれらをあいつに渡すよう頼んでくれ。あぁただ、君自身はそれに含まれないものとして、その後の行動は君自身で決めること。ただ俺は、その者についていって、この島を出ることをおすすめする。そして可能なら一度はヴァレムに会いに行ってやってくれ。』って言ってた。」
似すぎてる声真似でその場の全員を混乱させつつ、少女はサイエントの言葉を伝えた。
「でも、ヴァレムはもう目の前に居るし、データは直接ヴァレムに渡すでいいかな?」
「あ、あぁ……俺は構わない………いや、やっぱりLALLに任せてもいいか…?」
「ん?いいのか?」
「も、もうこの世界では俺個人でこれらを発表しても、世界中に届けるのは難しい…。その手段を持っているのはLALLだ…。…サルヴァさん、ここにあるものを、有効活用出来るのは君たちだけだ…。」
「私はもちろん嬉しいけど………そうね、どうしようかしら。」
「今すぐに決める必要はないんじゃないか?とりあえず運べるものは砕氷船に運ぶことになるだろう?」
大人たちが話し合ってる間に、食事の必要がなく立ったままだった少女はアイに近づいて話しかけてきた。
「ねぇ、LALLって何?」
「えっ?あ、私たちが所属してる組織です。えっと、世界中で困ってる人を助けるための組織……ですかね。」
「ふーん………ねぇそれ、あたしも入れる?」
「え?…えっと……通常は試験があったりしますけど…戦闘力は申し分ないですし………レイヴンさんが今のリーダーなので、レイヴンさんが良いと言えば多分…。」
「ねぇレイヴン、あたしもLALLに入れて欲しい!」
「ちょっと……!」
アイが話し終えるより早く、少女はレイヴンに向かって堂々と話しかけていた。
「……なぜだ?」
「1つはサイエントがついていくことを勧めてたから。」
「それはこの島を出るところまでだと思うが。」
「2つ目は世界のことを知りたいから。世界中に行くんでしょ?」
「その通りだが、遊んでるわけじゃない。」
「分かってるよ、ちゃんと仕事はこなす。これでも戦闘力は高いはずだよ。比較対象がないから分かんないけど。」
「………戦闘能力については、さっきアイに優勢だったのを見るに疑ってはいない。だが、君にある感情、あるいはそれに相当するものがどれほどのものなのか分からないと、判断できない。」
「なら、どうすればいい?」
「一つ目の質問だ。見ず知らずの誰かの命を救うために行動した結果、組織全体の今後の行動に不利になる場合、どうする?」
突然レイヴンから投げられた質問は、LALLの試験で使われる質問の一つだった。少女は知る由もなかったが、試験はもう始まっていた。
「困ってる人を助けるための組織でしょ?その一員としては、何よりも人の命でしょ。」
「ならLALLに入っていない今、誰かを救うかわりにこの家にある全てを失うとしたら?」
この家にあるものは、今の少女にとっては全てのはずだ。これにも肯定的な意見を述べるなら、それは自分より人間の方が高い価値があると認識しているか、あるいは肯定した方がこの場では有利に進むと考えているからだ、とレイヴンは思っていた。
「それでも、やっぱりその誰かを助けるよ。」
つまり、少なくとも悩む姿は見せるべきだったが、少女はほんの1秒ほどで全てを捨てる選択をした。
「理由は?」
これが彼女が機械であるが故に一瞬で判断したのであれば、その理由も合理的なもののはずだ。しかし続く言葉は、良い意味でその予想を裏切った。
「…もし助けられるなら、助けるべきだと思う。…だって、あたしは一番助けたい人を助けられなかったから。」
「!」
「…全員がそうなのかは知らないけど、あたしがそうであるように、何よりも大事なものが他人だという人もいると思う。それなら……そうかもしれないなら、その人の代わりに助けるべきだと思う。だって、他人というのが、一度失ったら代わりになるものなどないと知ってるから。」
「君は………。」
レイヴンがそこで言葉を止め沈黙が続いたので、少女が少し慌てた様子で「変なこと言った…?」と心配になっていることに気付き、レイヴンは咳払いをして言葉を続けた。
「すまない、俺は君を侮っていたようだ。」
「え…っと…?」
「君は十分にLALLの一員としての心構えを持っている。機械だからと、合理的な理由を持っていると思っていたが、君には十分に感情と言えるものがある。俺に科学者の世界は分からないが、サイエントさんは紛れもなく天才なのだろう。」
「あ…ありがとう…?」
「…その答えだけで、俺は君に合格を与えるつもりだが、もう一つ質問させてもらう。もし見ず知らずの誰かを助けるための代償が、自分の場合、もしくはLALLの誰か、例えばアイの命だった場合、どうする?」
「…それは………。」
少女は悩んだ。
レイヴンも、アイもサルヴァも黙ったまま少女が答えを出すのを待っていた。
「……自分だったら、例え命がけでも助けると思います。…でも、仲間だったら………。」
少女は考えながらアイを見た。
アイは、この質問がいつも試験の最後にある質問だと知っている。
「すまない、この質問に正解はないし、すぐに答えられる人もおそらくいない。だから、LALLとしての答えを教えておこう。LALLとしての答えは、『無理やり全員救う』だ。」
「えっ?」
あり得ない答えに、少女は驚いていた。当然だ。
「LALLというのは、生きて生かす。つまり、誰かを助け、自分も助けるという意味だ。前提を、どんな理不尽をも変えて全てを救う組織こそ、俺たちが目指しているものだ。」
「とんでもない理想主義よね、本当に。」
「とても正気とは思えないですよね。」
少女は隔絶された世界に生きていたのでそこまでは思わないかもしれないが、10年前のあの地獄の直後にそう考えられるのは、今考えてもやはり普通ではなかったのだろう。
「とにかく、LALLの一員になるのであれば、自分の命も他の命と同様に大事にするようにしてもらう。例え君が機械だったとしてもな。」
「わ…分かった…。」
少女が動揺しつつも頷くと、アイが少女に手を伸ばした。
「改めて、私はアイです。あなたの名前は?」
少女はその手を取りながら、笑顔を見せた。
「あたしの名前は、ソラ。よろしく、アイ!」
9年前、鉄と電気信号で出来た少女が目を覚ますと、あたりには様々な機械が散らばっており、少し下を見ると、自分の身体も機械であることが分かった。
まだ立ち上がることも出来なかった少女は、視界の中で唯一自ら動くものに目を引かれた。
「俺のことが分かるか?言葉は理解できるようになってるはずだが。」
それは自分とは違い、機械ではないのだと、直感で理解していた。それでもどこか機械のような冷たさを持つその男だったが、それが表面上のものでしかないのだと、少女は徐々に理解していくことになる。
「まだ喋れないはずだから、肯定する時はこうして一瞬首を下に向け、否定する時は首を横に動かしてくれ。分かったか?」
少女は言われた通り、首を縦に動かした。
「意思疎通は問題ないみたいだな。」
少女は自分が何者なのか、なぜ生まれたのか、気になっていた。
それを男に伝えるすべはなかったが、男は自分からそれを少女に語った。
「君の名前はソラだ。空というのは、この建物の外の上に広がっている広い空間のことだ。今は分厚い雲に覆われているが、本当はとても綺麗なものだ。いつか雲を超えて、本物の空を見に行くといい。おすすめは夜………一番外が暗い時だ。それと俺の名前はサイエント。君がそうできるようにする、ただのサポーターだ。」
その時の少女には、自分がソラで、目の前の男がサイエントという個体なのだということぐらいしか理解出来なかった。
今のソラには理解できる。
サイエントの寝室にある飛行機やヘリコプターの設計図。庭にある雪に埋もれた大きな模型。
ソラという名前は、孤独な男が憧れた夢を意味するのだと。
あいにくの悪天候で夢を絶たれた男が、友人からの頼み事を有効活用して再びその夢を追っていたのだと。
元々は合理的なものだったのかもしれない。
しかしそれでも、サイエントとの生活はソラにとっての全てだった。
今のソラには理解できる。
ソラという名前は、唯一の家族がくれた最初の贈り物だったのだと。




