第1話 :夢が交わる始まりの時
眼下の廃墟に、仲間たちがいる。彼らが武器を向けているのは、自分だ。
気が付くと、自分も右手の剣を仲間たちに向けていた。身体が言うことを聞かない。
「ねぇ、どうしたの…?」
「待って、あたしたちは仲間だよ!」
「剣に操られてるのか?」
「待て、お前の攻撃はあいつを殺してしまう!」
「私が力を使いこなせてれば……。」
「私が抑える。皆落ち着け。」
仲間たちが困惑している。
急に頭の中に誰かが入り込んできたのが視えた。
「お兄ちゃん、今!!」
「大丈夫だ、今自由にするよ!!アイ!!」
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………………。
「…アイ?」
アイはLALLの本拠点の会議室にいた。
広い会議室には、自分と今入ってきたのであろう大柄な男の2人しかいない。
「っ、………レイヴンさん…?」
「すまない、寝ていたのか。」
「あ……いえ、大丈夫です…。」
寝ていた?…今のは夢なのか?
あまりしっかりと思い出せない。
あの時見えたのは、本当に仲間だったのか?知らない人たちだったような気もする。
「さっき捜索隊が戻ったが、残念ながら信号を出していた通信機は廃墟に残っていたものを野生動物が触っただけだと思う、だそうだ。」
レイヴンはアイの尻尾を避けながら後ろを通り、隣の、窓側一番前の椅子に座りながら話し続ける。
「そうですか…。救難信号を出していた人が居なかったのなら良いことですね。」
「まぁ、そうだな。あぁそれで、代わりにおかしな剣を拾ってきたらしい。」
「剣ですか?」
「あぁ、錆びたりはしていないのに、誰も鞘から抜けなかったそうだ。」
さっきの夢?の中でも剣についてなにか言っていたような…。
「今サルヴァが調べているが、どうやら非常に高密度のオリジンと思われるエネルギーが含まれているらしく、もしかしたら今後役に立つかもしれん。」
「噂をすれば、って感じかしら?」
その時広い会議室に3人目の客人として白衣の女性が入ってきた。彼女の頭には狸の耳が、腰には尻尾が、そして手には白い布に包まれた細長いものを持っている。
サルヴァは2人の前の机の上にそれを置き、布をめくる。
出てきたのはやはり剣だった。やや派手な見た目をしていて、少なくとも量産されたものには見えない。
「これがその剣ですか…。」
はっきりと思い出せないが、夢の中で手にしていた剣もこんな見た目だったような気がする。
「オリジン自体いまだによくわかっていない不思議なものだから何とも言えないことが多いのだけど、確実に言えるのは、この剣一つに含まれるオリジンエネルギーは、オリジン発現者の平均の約35万倍以上ってことね。」
「35万倍だと?何かの冗談か?」
「私もさすがにミスを疑ったけど、何度調べてもこれぐらいの結果が出たわ。」
「つまり私と比べたら70万倍以上ということですか…。」
「何言ってるのよ、前にも言ったじゃない。アイちゃんはまだ力を引き出せてないだけで潜在的なエネルギー量は私が見た中で一番多いって。」
「でも、それなら少ないのと変わらないですよ。それにそもそも、私のオリジンは戦闘向きじゃないですから。」
「それはどうかしらね。この剣の不思議な点はまだたくさんあるのよ。まず、何といってもこの剣が捜索隊の誰にも、私にも抜けなかったのは、剣に拒まれたから。」
「剣に拒まれた……剣が使い手を選ぶのか?」
レイヴンはおかしなことを聞いたと思ったようだが、サルヴァは真顔で頷いた。
「その通りよ。この剣は意思を持っているわ。それに、この剣のオリジンエネルギーは解析の結果、増幅の力を持っていることが分かったの。」
「つまりもしこの剣に選ばれたら、えっと……35万倍強くなる…?」
「ふふっ、アイちゃんにしては珍しく可愛らしいことを言うじゃない。」
いつも真面目で優秀なアイの少し抜けた言い回しにサルヴァは嬉しそうにしている。
「う…すみません………。」
「いいのよ、アイちゃんはもうちょっと年相応の振る舞いをした方が人気でるわ。」
「いえ、えっと、そういうのは…。」
「サルヴァ、話がそれすぎだ。」
「おっと失礼。」
レイヴンが助け舟を出してくれていなければ、サルヴァは1時間はアイを可愛がり続けていたかもしれない。
「まぁそうね、実際どれぐらいかはわからないけど、この剣に選ばれたら強くなる、って認識で合ってると思うわ。」
「でもサルヴァさんも、捜索隊の皆さんも選ばれなかったんですか…。」
「捜索隊は、今何人だったか。」
「先週加わった人も含めて41人です。」
「そう簡単には使い手は見つからなそうだな。」
「まずはこの後の会議に出席する人に試してもらうわ。こういう言い方は良くないかもしれないけど、LALLにとって重要な立場にいる人が選ばれた方が色々楽だもの。」
「なら、まずは俺が試すべきか。」
そう言ってレイヴンは剣を手に取り立ち上がる。一呼吸おいて剣を鞘から抜こうとするが、残念ながら剣はピクリとも動かなかった。
「ダメか。ほら、アイ。」
レイヴンは特に悔しがる様子もなく、剣をアイに手渡す。しかしアイはそれを受け取るべきか悩んだ。
「私が抜けても、もったいないと思いますけど…。」
「でもアイちゃんなら例えどんなに強くなっても裏切らないって保証出来るもの。少なくともそういう意味ではレイヴン以上に安心ね。」
「いや、今は俺がLALLの代表なんだが。」
またあの夢が脳裏をよぎる。本当に自分は裏切らないと断言出来るのだろうか。
そう思いつつもアイは仕方なく剣を受け取る。やはり小柄なアイには少し大きいが、なんとなく持ちやすいような気もした。
「でもあなたよりアイちゃんの方が彼とは長い付き合いだったでしょう?」
「ほとんど変わらないはずなんだがな。」
アイは左手でしっかりと剣を握り、右手で抑えた鞘からまっすぐ引き抜く。
剣は驚くほどなんの抵抗もなくその刀身を見せ、同時に黒い光が迸り、周りの椅子や机を引き裂き、ドアと窓を吹き飛ばした。
「アイちゃん!?」
「なっ!?アイ、剣を仕舞え!!」
アイが慌てて剣を鞘に戻すと、黒い光は収まった。
突然のことに3人とも何が起きたのかすぐには理解出来なかった。
「これは…とりあえずアイが剣に選ばれた…ってことでいいのか?」
「そう、みたいね。アイちゃん、怪我はない?」
「はい…私はなんともないです…。」
アイも、レイヴンとサルヴァも幸いにも無事だったが、会議室は一瞬で荒れ果ててしまった。
「とりあえず剣は私が持っておくわ。えっと、そうね………色々調べたいから後で協力してもらえるかしら。」
「それは、はい、大丈夫です。」
突然の騒ぎに何事かと人が集まってきた。レイヴンとサルヴァはその対応に追われ、その場ではそれ以上話すことが出来なかった。
剣を抜いたあの時、アイには白いもやがかった少年が剣を置いていく姿が視えた。
アイは10年前の大厄災よりほんの少し前から、人の過去を垣間視ることが出来るオリジンに目覚めていた。現状LALLが把握している限りでは最古の発現者の1人だ。といってもそれは断片的で、しかも任意で発動出来るものではなかった。
この剣に人と同じように意思と記憶があるのなら、同じように過去が視えることがあっても不思議には思わない。あれは誰かがこの剣を置いていった瞬間の記憶なのだろう。しかしどれほど薄れた記憶でも、あんなふうに白く不鮮明に視えることはなかった。それが何を意味するのかは分からないが、おそらくあの少年が特別なのだろう。
その後、落ち着いてからサルヴァのもとに向かい剣について色々試した時は、あの黒い光が暴走して周囲のものを破壊することはなかった。
それどころか狙った通りに黒い光を出すことすら出来た。と言っても、今のアイには制御が難しく、さらに体力の消耗も激しかった。
その結果を考慮して、サルヴァは単純な戦力強化としてアイに剣を持ち歩くことを許可してくれた。もちろん無理は禁物という小言も添えて。それにそもそも、アイは剣の扱い自体あまり慣れているとは言えなかったので、それも今後訓練が必要だろう。
「この声、届いてるかな…?」
真っ白な空間で、誰かがアイに話しかけてきている。
「誰ですか?」
敵意は感じられないが、一応警戒は解かない。
これはこの世界で生きてきて、自然に身についたものだ。
「僕はただの可能性の欠片でしかない。それにここで正体を伝えても意味がないんだ。君はこのことを忘れてしまうだろうからね。」
なにか意味深なことを言っているが、なぜかうまく頭に入ってこない。
「無事にその剣と出会えたんだね。良かった。」
アイが下を見ると、このすべてが曖昧な場所で、剣だけがはっきりと見える。
この人は、あの、剣を置いていった人なのか?
声がどこから聞こえているのか分からない。
「この剣は、一体なんですか?」
「それは僕の友人が作ったんだけど……そうだね、今の君たちにとっては未知の存在だよね。でも、きっと力になってくれるはずだよ。」
再び剣を見る。アイにその意識を感じ取ることは出来ないが、剣も肯定しているような気がする。
「とにかく、僕がこうして接触出来たのは君がその剣と出会ったから。君が強くなれば、また出会えるはず。次は僕が見えるかもしれないし、覚えていられるかもしれない。だから今日は会えただけで充分。」
声が遠ざかっている気がする。
「それじゃ、また。………君はいつか、救世主になるかもしれない。…その時は、一番大事なものを忘れないで…。」
気が付くと、アイは炎に呑まれた廃墟にいた。
この景色にはどこか見覚えがあるし、これがなんなのかアイには分かる。
「久しぶりに見ましたね…。」
白を基調とした建物が多く、遠くに立派な城がある。
アイは昔、よく滅びゆく故郷の夢を見ていた。いわゆる悪夢というやつだ。
結末を知っていても、誰一人助けることは出来ない。
こんな夢しか見れなかったアイは、いつのまにか本能的に夢を見ることはほとんどなくなっていた。
久しぶりに悪夢を見たのは、剣のことで、いつか自分が皆を裏切るかもしれない、と考えたからかもしれない。
遠くに足を怪我した男性が見える。10年前の記憶にそんな人は居ないが、この10年の間には何度か見た光景だ。アイは駆け寄ってもどうせ助けられないのだと理解していた。いつもそうなのだから。
でも、アイは助けようと進む足を止められない。
「大丈夫です、今助けます…!」
しかしアイがたどり着く前に、男性の後ろの建物が崩れる。最初に感じていた通りの距離なら余裕で間に合っていたはずだ。しかし、どれだけ早く足を動かしてもたどり着けなかった。
男性はアイの目の前で瓦礫に押しつぶされる。その瞬間、アイと男性の間に合った無限の距離はなくなり、アイも瓦礫に巻き込まれそうになった。
もちろんただの夢なので、現実の身体に影響はない。それならいっそ、苦痛を受け入れた方が楽かもしれない。
アイは一瞬そう考え、そのせいで逃げ切れなくなってしまった。
「っ…!!」
「大丈夫!下がって!!」
しかし間一髪で誰かが間に入り、アイはギリギリで巻き込まれなかった。
間に入った少年もなんとか無事のようだ。手には短剣を持っているが、今どうやって防いだのだろうか。
「君、大丈夫?」
「え、あ、はい…大丈夫です…。」
夢で誰かに助けられるなど、初めてのことだった。
それに、この人のことをアイは知らない。
いや、最近どこかで見たような気がしなくもない。
「早く外に出よう、こっちだよ。」
「え?」
ここはアイの夢の中のはずなのだが、まさか違うのか?
「あぁごめん、ここを出たら説明するね。」
そういって少年は角を曲がる。
アイも後に続くと、突然周囲の景色は一変し、宇宙のような場所に立っていた。
「えっ、これは……。」
振り返ると、さっきの夢は変わらずそこにある。この少年の言う外とは、この空間のことなのだろう。
「ふぅ、君、なかなかリアルな悪夢を見るんだね…。」
「えっと…そう、なんですか…。」
「ごめんごめん、僕の名前はユウ。僕はこうやって人の夢に入り込むことが出来るんだ。だからいつもこうして悪夢を見ている人をみつけたら外に連れ出してるんだ。言うなればそう、夢の騎士、みたいな感じかな?」
「夢の騎士…ですか…。」
「あぁえっと、思い付きで言っただけだから、あんまり気にしないで…。まぁ本当は放っておいてもただの夢だから何も問題ないし、そもそも起きたら忘れてることの方が多いんだけどね。ただ今の僕にはこれぐらいしか出来ないから。」
「えっと、それは…。」
少し意味深なことを言う少年、ユウにアイが言葉を詰まらせると、ユウは気にしないでと首を振りながら話題を変えた。
「あぁいや、こっちの話だよ。まぁでも、僕は普通知り合いの夢にしか入れないから、君の夢に入れたのには何か繋がりがあるからなのかもね。例えば、これから知り合うとか。」
「そんなこともあるんですか?」
「さぁ、分からないけど、そうなのかもって。さて、後はここから出れば目覚められるはずだよ。」
目の前には白い空間が無限に広がっている。しかしアイはそちらに行っていいのか少し悩んだ。
「どうしたの?」
「すみません、やっぱり何か手伝えることはありませんか?」
「え?手伝えること?」
「はい。ご存じか分かりませんが、私はLALLという組織に所属しているんです。厄災の被害を受けた地域で支援や救助活動を行ったり、時には厄災の影響下に入って人命救助に臨むこともあります。助けてもらったからにはなにかしたくて…。」
「へぇ、なるほど……。…あぁいや、でも普通の人がここに長居するのはあんまりよくない。ここにいると意識は起きてるのに睡眠中ではあるから、後で疲労が溜まっているのに寝れなくなっちゃうんだ。」
「それは、あなたは違うんですか?」
「違くはないけど、えっと、説明が難しいな…。まぁ影響はとても少ないんだ。」
「そう、ですか…。」
ユウの説明には違和感を感じたが、誰にでも触れられたくないことはあるだろう。
「…そうだ、それならこれは一つ貸しってことで。もし現実で合えたら、その時に助けてくれるのを待ってるよ。」
「………分かりました。それなら今日はここで引き下がります。ありがとうございました。」
「うん、きっとまた。」
アイはユウに見送られ、光の中に進んでいく。
「あ、そうだ…。」
そういえば、まだ名前も伝えていなかった。
「ユウさん、私の名前はアイです。次はきっと、現実で。」
「うん、また現実で!」
アイが目を開けると、今度こそLALL本拠点にある自室のベッドだった。
ん?今度こそ、というのはどういうことだろう。
時計を見ると、時刻は朝5時30分。いつもより少しだけ早いが、窓の外は明るくなってきている。
悪夢を見た後だというのに、気分は悪くない。あのユウという少年のおかげだろう。
そういえば夢の中にこの剣はなかったな、と思いつつアイは剣を手に取る。
「うっ……。」
『………君はいつか、救世主になるかもしれない。』
その瞬間、誰かの声が頭に響いた気がした。
アイはその声の主を知らないし、その言葉も聞いたことないはずだ。
しかし、なぜかどこかで聞いたことがある気がする。
「…救世主………。」
アイは少し考えるも結局思い出せず、新たに剣術の項目が増えた日課のトレーニングに出かけた。




