朝の通知
目が覚めた。
夏休みの朝だった。
昨日、帰ってきたのは遅かったのに、妙に目が冴えている。
花火。
港。
夜空。
音。
気づけば、昨日のことばかり思い出していた。
花火の帰り道。
人の流れに押されながら、慌ててスマホを取り出したこと。
「……連絡先」
あの時の声。
チョコバナナ。
「夢の国じゃないんだけど」
思い出した瞬間、一花は布団へ顔を埋めた。
小さく息を吐く。
昨日の夜から、同じ場面ばかり頭に浮かんでいた。
スマホを見る。
七時二十九分。
通知が一件、来ていた。
一瞬、心臓が跳ねる。
画面に表示された名前を見る。
――湊くん。
昨日、交換したばかりの名前だった。
「昨日はありがとう」
短い。
本当にそれだけだった。
なのに。
一花はもう一度メッセージを開く。
「昨日はありがとう」
……それだけ。
どう返そう。
「ありがとう。」
違う。
「こちらこそ」
なんか違う。
「花火、楽しかったね」
打って消す。
「はぁ……」
枕へ顔を押しつけた。
窓の外から入る夏の風が、カーテンをゆっくり揺らしている。
スマホをチラリと見る。
もう一度、考える。
「私のほうこそ――」
打ち終わる前。
通知が追加で表示された。
「チョコバナナのお礼、まだだから」
気にしなくてよかったのに。
ちゃんと、覚えてたんだ。
なんて返せばいいんだろう。
「ありがとう」
……違う。
ーー気づけば、時間だけが過ぎていた。
「一花ー!」
一階から祖母の声が聞こえる。
「……今行くー!」
慌てて返事をする。
スマホを握ったまま立ち上がり、ポケットへ滑り込ませた。
結局、返信できないまま、一花は部屋を出た。
十時を回ったばかりだった。
エプロンをつけて、髪を耳にかける。
「これ、窓側の席お願い」
「はい」
グラスを受け取り、水を注いで運ぶ。
「ありがとう」
一花は小さくうなずいた。
店の中には昼前の静かな時間が流れていた。
夏休みに入ったばかりだからか、客足はいつもより少し少ない。
窓の向こうでは、川沿いの緑が風に揺れていた。
いつもの景色。
祖母の店、きみこいカフェ。
スマホが小さく震えた。
気づくより先に、画面を見ていた。
「暇な日ある?」
一瞬、頭が追いつかなかった。
「一花」
「え」
「手止まってる」
「……止まってない」
「止まってる」
祖母がくすっと笑う。
「ほら、次」
「……はい」
グラスを持って厨房へ戻る。
それでも、視線はもう一度スマホに落ちていた。
「暇な日ある?」
女子バレー部は夏休みも練習がある。
毎日ではないけど、思っていたほど自由でもない。
火曜。
木曜。
午前だけ。
頭の中で予定をなぞる。
「火曜と木曜は体育館で練習があるから」
少し迷って続ける。
「その後なら」
送信した。
数秒もしないうちに、スマホが震える。
ーー早。
思わず声が出た。
「木曜」
「空けとく」
「部活終わったら教えて」
一花は画面を見つめたまま固まった。
「……」
無意識に息を飲む。
木曜。
会う。
そういうこと。
また通知。
「お礼のやつ」
花火。
港。
チョコバナナ。
「……連絡先」
思い出した瞬間、顔が一気に熱くなる。
たぶん。
今。
絶対赤い。
「別に気にしなくていいのに」
冷静なふりをして送る。
既読。
早い。
少しして、返事が来た。
「よくない」
昨日と同じだった。
ちゃんとしている。
その一言だけで、湊の顔が浮かぶ気がした。
スマホを置く。
なのに、気づけばまた画面を見ていた。
その時。
スマホが震える。
「プラネタリウム」
「行ったことある?」
心臓が、少しだけ速くなる。
「子どもの頃に」
「最近は行ってないよ」
送る。
本当はすぐ返さなくてもいいのに。
指が勝手に動いていた。
落ち着かない。
また通知。
「じゃあ」
「木曜」
「そこ」
一花は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
心臓が、さっきよりずっと、うるさい。




