きみこいカフェの午後
店の中には、午後の静かな時間が流れていた。
昼の混雑はすでに過ぎている。
大きな窓の向こうで米代川がゆっくり光っていた。
そのさらに奥に七座山。
風が吹くたび、川沿いの緑が揺れる。
夏の光の中で、景色が少し白くかすんで見えた。
「座ろう」
父が言った。
「うん」
窓際の四人掛けの席に座る。
米代川がよく見える席だった。
祖母がメニューを持ってくる。
「何にしようか」
きみこいカレー。
恋文オムライス。
森のうどん。
海のクリームうどん。
きみこいホットコーヒー。
紅茶。
アイスティー。
恋文ソーダ。
毎年来ているのに、今日は少しだけ目に入った。
「恋文ソーダ」
思わず口に出た。
「……おすすめです」
一花だった。
少し笑っている。
「湊くん、昔から変わらないねぇ」
祖母が言う。
「迷うとちょっとだけ長くてねぇ」
「……そうだったっけ」
「毎年来てくれてるもの」
祖母が笑う。
「一花と同い年だからね」
父も少し笑った。
「じゃあ恋文ソーダで」
「俺は海のクリームうどんとアイスティー」
父が言った。
「きみこいカレーにする」
祖母が注文をメモした。
「ちょっと待っててね」
祖母が厨房へ向かう。
一花も後を追う。
ショートの髪が小さく揺れた。
毎年会っている。
変わっていないと思っていた。
それなのに。
去年までみたいに、うまく見られなかった。
奥の厨房から、カレーのいい匂いがしていた。
やがて祖母がドリンクをテーブルに置いた。
「明日、花火だな」
父が大きく貼り出されたポスターを見ながら言った。
「花火……」
「能代港でね」
祖母が答える。
「混むぞ」
「シャトルバスも出てるんですよ」
「そんなに来るの」
「港の方は毎年すごいから」
「だからみんな早く出かけて」
一花も料理を運んできた。
「一花も毎年行くよね」
祖母が言った。
「美咲ちゃんたちと」
「悠斗くんも」
「毎年同じメンバーでね」
一花が少しだけ笑った。
「花火見て」
「屋台行って」
「帰り混むって言って」
「それでも毎年行くよね」
祖母が笑った。
「浴衣も着るしね」
「……今年は自分で着ようと思う」
「帯は」
祖母が言う。
「たぶん」
「去年もそう言ってた」
「……今年は大丈夫」
祖母が笑った。
「湊くんは明日どうする」
祖母が言った。
「まだわからない」
「せっかく来たんだもの」
「混むぞ」
「それしか言わない」
「だけど混むから」
父は相変わらず「混む」を繰り返していた。
一花は何も言わなかった。
ただ。
少しだけ。
こっちを見た気がした。




