第二十一話:美文館冬の所蔵作品展
十一月から美文館冬の所蔵作品展の開始。
夏と同じく、学生バイトさんを集めて看守をやってもらう。
今回は例のギャレット商会対策のため入口に警備員を配置。
人手不足なんで、あたしも例によって展示室で看守業務をする。
一応、順調に行われている。
順調と言っても相変わらず鑑賞に来る人が少ないなあ。
とは言え、鑑賞に来た老夫婦の方から「素晴らしい作品を見せていただいてありがとうございました」とお礼を言われた。
別にあたしが描いたわけではないが嬉しくなった。
さて、今回はさすがに昼寝をする気にはならない。
あのヤクザたちに囲まれた時は怖かった。
そして、その連中を叩きのめしたロベルト調査官のカッコよさ。
何だか思い出すと胸がドキドキする。
その後、ジュシファーさんから、『ロベルト調査官はローラさんの事が好きなんでしょうねえ』って言われたこと。
本当なのかあ。
文化芸術庁買い上げ美術展の準備の時に初めて会ってから、ずっと嫌味を言われ続けていたような気がするけどなあ。
とは言え、ヤクザが来る雰囲気はないな。
しかし、一般の人も来ないなあ。
もうちょっと宣伝すべきではと思っていたら、いつの間にかあの黒猫ちゃんがやって来た。
「あら、黒猫ちゃんも絵を鑑賞にきたの」
しかし、猫は絵なんか見向きもせずにあたしの足にまとわりつく。
やはり絵を見に来たのではなくエサがほしいんだろうなあ。
「黒猫ちゃん、あたし今仕事中で、ちょっとエサをあげられないの」
まあ、仕事中にあげてたことも度々あるけど。
すると、さっと黒猫ちゃんは回廊を走って行ってしまった。
えー、本当に人間の言葉がわかるのかなあ、あの黒猫ちゃん。
なんて考えていたら回廊をズカズカと歩く音がする。
え、ヤクザが来たのと震えながら振り返ると、ルチオ教授がやって来た。
「やあ、ローラさん、元気かい」
「なんだ、ルチオ教授ですか。ああ、よかった」
「なにがよかったんだね」
あたしはマッシモ・プピーロ先生がヤクザに追われていて、その関係で自分が絡まれたことを話した。
「そんな事があったのか。しかし、これはますます怪しいぞ」
「何が怪しいんですか」
「実は美文館周辺で変死者とかいないか調査をしていたんだ。どうやら、例の『深淵への誘い』の作者ミケーレ氏以外で、今年の四月にマルセル・パニョーニという会員が自殺したようだな」
「あれ、なぜ自殺って知ってるんですか」
「まあ、故人の関係者に聞いてまわったのさ。ただ、わしは個人的な自殺ではなくクトゥルフに殺された、もしくは自殺に追い込まれたとにらんでいる」
「え、そうなんですか」
「うむ、なぜクトゥルフがそうしたかと言うと、このマルセル先生の弟子がマッシモ・プピーロ氏なんだろ。で、突然、師匠が亡くなって会員に推薦されなくなるかもしれないってことになったわけだ。当然、マッシモ氏は動揺する。そこにつけこんでクトゥルフがやって来て操られてしまうわけだ」
「あれ、会員に推薦されなくなったって、ルチオ教授は、あのー、美文館の『大人の事情』を知っているんですか」
「そんなこと、あのミケーレ氏を推薦したアルバーノ先生の家に行った時、すぐにわかったよ。そう言えば、あの時はローラさんも一緒だったなあ」
てっきりルチオ教授は『大人の事情』について理解してないとあの時は思ったんだけどなあ。
「まあ、会員に推薦してもらうため作品を購入するとかはクトゥルフとは何の関係もないから知らんぷりしてただけだよ」
やっぱり大学の先生になるくらいだから頭はいいのかな、ルチオ教授も。
「じゃあ、マッシモ先生はクトゥルフに操られているってわけですか」
「その可能性があるな」
「けど、会員にはなれませんでしたよ」
「いや、本来はマッシモ・プピーロを新会員にする予定だったんじゃないかな、クトゥルフとしては。調べたら、新会員は次の授賞式の日、宮殿で国王陛下とのお茶会に参加する予定のようだし。ただ、ローラさんの例の穴開けパンチ作戦に阻止されたってわけだ。大手柄だな、ローラさん」
ルチオ教授に褒められてしまった。
あんな適当に思い付いたいい加減な作戦だったけど、効果があったのかなあ。
「あれ、けどマッシモ・プピーロ先生は今のところ、美文館とは関係ないですよ。今日はどんなご用で来たんですか」
「会員にはなれなかったが所蔵作品があるだろ」
「えーと、この前寄贈していただいた作品は、確か写真を送りましたけど。それで教授からは問題ないって連絡がありましたが」
「うむ、ただ白黒写真じゃはっきりわからなくてな。本物を見たいんだ」
「けど、梱包されていると思いますけど」
「さっきラウル事務長のとこへ行って、梱包を解いてもいいって許可を得たぞ。と言うわけでローラさん、よろしく」
やれやれ。
相変わらず強引な爺さん教授だなあ。
看守の交代を待って、ルチオ教授を収蔵庫に案内した。
地下の収蔵庫の工芸部門の場所へ行く。
見ると、マッシモ・プピーロ先生の作品は梱包されておらず、そのまま平たい箱の上に横に置いてあった。
壺かなんかよくわからないけど、複雑な形をしているからかな。
「これがマッシモ先生の作品ですけど」
あたしが指し示すと、ルチオ教授が、突然、「ウッ!」とうめく。
「ど、どうしたんですか、教授。大丈夫ですか」
あたしは焦った。
まさかクトゥルフの攻撃か。
しかし、ルチオ教授は腰を手で擦っている。
「いや、例の腰痛だ。これはクトゥルフとは全然関係ないぞ」
驚かすな爺さん!
もう心配したじゃないの。
以前にもこんなことがあったぞ。
あれ、よく見るとルチオ教授の右手にハンカチが巻いてある。
しかも、かわいいシマウマのプリントのハンカチ。
このハンカチ見たことあるな。
「教授、ずいぶんとかわいいハンカチを手に巻いてますね」
「いや、実は美文館に入る時、腰痛で転びそうになって鉄柵に触ってしまったんだ。あの鉄柵、変なトゲみたいな装飾がされてるだろ。それで手のひらを怪我してしまって、出血したんだよ。それで、事務室へ行って包帯ないかって聞いたんだけど、係長からも主任からも無視されちゃってな。冷たいなあ、皆さん。そしたら、ジュシファーさんが自分のハンカチをくれたんだ」
確か、プロビンチャーレ市立美術館でジュシファーさんが買ったハンカチだな。
それにしても、ケガして出血してるのに無視するなんて、どうやら係長も主任もルチオ教授のことが相当嫌いらしい。
まあ、いつもズカズカと美文館に入ってきては問題を起こしてたもんなあ。
さて、例のマッシモ・プピーロ先生の工芸作品をルチオ教授がじっと眺めている。
しかし、この作品、あらためて見ても気持ち悪いなあ。
変な触手みたいなのがたくさんついている。
クトゥルフじゃないの。
「うん、わかったぞ!」と突然、ルチオ教授が叫んだ。
え、やっぱりクトゥルフなの、この作品。
あたしは怖くなった。
思わずこの地下室から逃げたくなった。
しかし、ルチオ教授はニヤっと笑いながらあたしに話しかけた。
「この作品はクトゥルフとは何の関係もないな」
なによ、またあたしをビビらせて、この爺さん教授は。
「じゃあ、マッシモ・プピーロ先生もクトゥルフとは関係ないってことですか」
「うーん、今のところ、そう判断するしかないかな。まあ、もう少し調査するよ」
しかし、そのまま置いてあったので、梱包を解く必要がなくてよかった。
ルチオ教授が帰ってあたしは事務室へ戻る。
ああ疲れた。
で、また主任が冷やかす。
「クトゥルフ好きで、それよりももっとローラさんが大好きなルチオ教授が来たよ。いつも通りローラさん、ローラさんって。老いらくの恋かなあ」
「そんなことないですよー」
「じゃあ、孫の嫁でも探してんのかね」
「ローラさん、すっかりルチオ教授のお気に入りですねー、美人だからもてまくりですねー、うらやましいですねー」
ジュシファーさんまでからかう。
もう、そんなんじゃないわよ、あの教授の世話って疲れるんだから。




