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第十七話:穴開けパンチ作戦

 美文館夏の所蔵作品展も無事終了。


 九月になった。

 今月は会員総会がある。

 この総会で、去年度の美文館の運営状況、予算の執行状況など事務的な事を報告。

 それが終わると、部門会議。その場で新会員の選出投票が行われ、即日開票で新会員が決定する。部門ごとの出席会員の過半数以上を獲得すれば会員になれるそうだ。


 今年は、絵画部門に五名、彫刻部門に四名、工芸部門に三名の推薦があった。

 推薦された人たちを見ると、お! マッシモ・プピーロ先生が入っているではないか。

 推薦してもらうつもりだったマルセル・パニョーニ会員が亡くなって、どうするつもりなんだろうと思っていたが、他の会員が推薦してくれたのか。その先生の作品を買ったかどうか知らないけど。


 ちなみに、最初に行われる総会自体は、毎年、会員の皆さんは一切意見を言わずに、何事もなく終わることがほとんどだったそうなのだが、今年はちょっと例年通りにはいかないかもしれない。


「例の受賞者選考や新会員の選出に外部の芸術家などの意見も入れろとかって、国王官房に言われた件を議題に諮る事になってねえ。文化芸術庁からはほっとけとか言われて板挟みになって、正直、面倒なんだよねえ」

 ドメニコ係長がぼやいている。

 外部の芸術家には『大人の事情』は効かないだろうからなあ。

 まあ、会員の先生方がどう考えるかだな。


 さて、総会の前日。

 総会は講堂で行われるので、机や椅子を並べたり、また、部門会議は絵画部門は講堂、彫刻部門は談話室、工芸部門は館長室と別れるので、そこにも椅子を人数分並べたりと準備。

 部門会議中にはケーキやお茶も出すので業者に事前連絡したりと忙しい。

 やっと、夕方に終わった。


 ドメニコ係長は、「もう年だねえ。机とか椅子を並べていたら疲れちゃった。腰も痛いし。今日は定時で帰ります」とさっさと帰宅。別に勤務時間は終わったんだから言い訳なんてしなくてもいいのに。

 ジュシファーさんも、「お疲れ様でしたー」とニコニコ顔で帰って行った。

 さて、あたしも帰ろうかなあと思っていたら、ルチオ教授から電話がかかってきた。

 また、なんか面倒事を頼まれるのかと嫌な予感。


「やあ、ローラさん、元気かね。ルチオだ」

「はい、元気です。ただ、今日は忙しくて疲れてますよ。例の『深淵への誘い』なら全く異常はないですよ」

「いやあ、忙しいところ悪いな。『深淵への誘い』については引き続き監視をよろしくお願いするよ。ところで、明日は美文館の総会だろ」

「あれ、何で知ってるんですか」

「それくらいは情報省が簡単に教えてくれるよ。別に極秘事項じゃないだろ。それで、わしも明日そちらへ行こうと思っているんだ」

「えー、もしかして教授、総会に乱入して会員の先生方に向かって、『お前がクトゥルフだろ!』って大暴れするんですか。やめてくださいよー」

「あはは、そんな事はしないよ。美文館の玄関から少し離れた場所で会員を観察するつもりなんだ」


「クトゥルフが紛れ込んでいるかもしれないってことですか」

「四月頃、何人かの会員に会ったけどな。しかし、門前払い食らった時もあるし、本人が仕事で居なかった時もあるんでな。総会には、一応全員来るんだろ」

「まあ、体調が悪くなければ来られると思います。新会員を選ぶ大事な会議がありますので」

「そうか、この総会がある日に新会員が選ばれるのか。うーん、おい、ローラさん、大変だぞ」

「何が大変なんですか」

「もしかして、選ばれる新会員がクトゥルフかもしれない」

「また、何を言ってんですか」

「しかし、ローラさんもあの受賞者を選ぶ投票用紙を覚えているだろ」


 ああ、そう言えば、妙な投票数だったなあ。

 丸印も全部似ていた。

 不正投票とかルチオ教授が言い出して故サルヴァトーレ事務長と大喧嘩してたなあ。


「つまり不正行為が行わる可能性もあるってことだ。どうせまた簡単な投票用紙なんだろ。誰でにでも作れるような」


 確かに、毎年、同じ形式の投票用紙なのよねえ。紙質も平凡。候補者の履歴もすでに全会員に配布済み。年齢順に名前が書いてあって、上の空欄に丸印を記入するだけ。もう作成してある。


「そういうわけで、ローラさん、投票に不正が行われないようそちらの監視もよろしく」


 なんだか、あたしは情報省のスパイかって気分になったぞ。

 しかし、今回は三か所に別れて投票だ。

 絵画部門はドメニコ係長、彫刻部門はベルトランド主任、工芸部門はジュシファーさん。

 あたしは事務室でお留守番。

 投票が行われる部門会議に参加する事務員は一人ずつしかいない。


 もし、前回の授賞作品の投票の時のように妙な停電があったら、一人じゃ対処できないじゃない。特に絵画部門の講堂が怪しいな。会員の人数も一番多いし、前回の受賞者の投票の時もなぜか講堂だけが停電になったようだ。『深淵への誘い』も絵画だったし。

 いい方法はないかと考える頭の悪いあたし。


 おっと、いい考えが浮かんできたぞ。

 事務業務必携の穴開けパンチを使えばいいのではないか。

 投票箱も使わない。会員の代表者の机の上に投票用紙を提出。集めたらまとめて、全員の前で端っこにでも穴を開ける。穴を開けたら担当事務員が内線で事務室に待機しているあたしに連絡。あたしが走って行って穴開けパンチを回収する。


 これで、もし事前に不正投票用に差し替えを用意していても穴が開いてないから無理と。

 まさか穴開けパンチを持参する人なんていないだろう。

 しかし、なんだかテキトーなやり方とも思えるな。

 いいや、ラウル事務長に言ってこよう。


 事務長に提案するとちょっと渋い顔をしている。

「不正投票防止とか会員の先生方に失礼じゃないかな」

「今回の総会では例の受賞者選考に外部の芸術家などの意見も入れろとかうるさくなってきたってことがあるじゃないですか。そのため投票も厳格にしましたってことで納得されるんじゃないですか。それに、はっきり言って、これクトゥルフ対策と言うよりはルチオ教授対策ですね。下手すると、また美文館に乱入しかねないですよ、あの教授」

「うーん、まあ、仕方がないか。穴を開けるくらい別に大したことでもないだろうし」


 そういうわけで、穴開けパンチ作戦は了承された。

 事務長もお帰りになった。

 事務長は定時で帰るのがほとんどだけど。

 

 今、事務室に居るのはベルトランド主任とあたしだけ。

 さて、あたしも帰るかと思ったら、事務室の入口にまたもやあの黒猫ちゃんがいるではないか。


「なんだ、また来たのね、黒猫ちゃん」


 ちょうど守衛のおじさんもやって来た。

 猫缶もらってネコにエサをやる。本当にかわいいなあ。

 裏口近くの敷地に連れて行って、抱き上げてしばし黒猫ちゃんと遊ぶ。

 すると、ベルトランド主任がやってきた。


「なんだ、また猫と遊んでんのか」

「いいじゃないですか、勤務時間も終わっているし」

「そうだな、俺にも抱かせてくれよ」

「この前みたいな虐待はダメですよ」

「わかってるよ」


 ベルトランド主任が猫を抱いて、「おー、よしよし」とかやっている。

 そこへ、ドカン! と裏口の扉が開いた。

 ラウル事務長が入って来た。


「いやあ、忘れ物しちゃってね。お、猫か」

「あ、はい、あのー、野良猫ですけど、その、たまにエサをやっていたら、なついちゃったんです。まずいでしょうか」

「いや、私も猫が好きなんでなあ」


 ラウル事務長が猫の頭を撫でている。

 おお、ラウル事務長も猫が好きなのか。

 猫の好きな人に悪い人はいないというのがあたしの信条である。


 猫ちゃんも今日は機嫌がいいのか暴れて逃げようとはしない。

 猫を撫でながらラウル事務長が言った。


「まあ、美文館の邪魔にならなきゃ、猫くらい居てもいいんじゃないかな」


 これは猫を飼ってもいいって公認されたのかな。

 そんなわけないか。

 まあ、隠れてエサくらいやってもいいよって感じですかね。


 そう言えば、以前、ドカン! と裏口の扉が開いて、サルヴァトーレ事務長が鬼の形相で入ってきたことがある。

 あの時は猫も驚いたのか逃げちゃったけど。

 亡くなって、まだ二か月ほどか。

 ちょっと短気だったけど、あたしを美文館に採用してくれた恩人でもあるんだよなあ。

 悲しいなあ。

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