第十八話:秋の会員総会
さて、今日は会員総会。
あたしもちゃんとした服装で行くことにした。
会員の先生方が大勢来館するので、いつものラフな格好ではさすがにまずいだろう。
あたしが数枚しか所有していないドレスの中から上品な黒いひざ下丈でタイトなワンピース。
腕はシースルーで刺繡付き。
ズック靴はやめて、黒いハイヒール。
髪の毛もいつものボサボサで自分でもちょっとだらしないかなと思っていた髪形を、きちんとまとめて後ろでアップヘア。
お化粧も今回はばっちりしてきた。
家の鏡を見て、よし、これでいいだろうと美文館に出勤。
あたしの顔を見たジュシファーさんがびっくりして言った。
「わー、ローラさんって前から綺麗だと思ってましたけど、今日はすごい美人ですねえ。服装も素敵ー!」
「え! そ、そうかな」
ベルトランド主任もなんだか仰天した顔をしている。
「こんな美人が半年間も隣に座っていたとは思わなかったぞ。凄い美人だなあ。残念だ、俺もう嫁さんいるし。ローラさんっていつもぼろきれみたいな格好してたから気付かなかったよ」
ぼろきれとは何じゃ! と言いたくなったが、こんないい加減な主任からでも容姿を褒められるとちょっと嬉しくなる。
あたしにも乙女心があるってことか。
今日は総会なのでミケランジェロ館長が早めに出勤。事務長と打ち合わせをしている。あたしがお茶を出しに行く。もう、昼寝女事件については忘れているだろうと期待していたんだけど。
館長があたしを見るなり言い出した。
「あれ、もしかして、ローラさんでしょうか」
「はい、ご無沙汰しております、ミケランジェロ館長」
「今日はずいぶんとおしゃれですね。見違えました。いやあ、こんなお綺麗な方とは思いませんでした」
「あ、はい、ありがとうございます」
で、館長が少し笑いながらあたしに言った。
「その後、この部屋のソファの寝心地はいかがでしょうか」
「あ、いえ、あのう、申し訳ありません」
ラウル事務長はなんのこっちゃって顔をしている。
そそくさと館長室から逃げるように退出。
館長は昼寝女の件を全く忘れてないようだ。
ああ、恥ずかしい。
やれやれと事務室に戻ると、窓から怪しげな蒸気自動車が美文館から少し離れた木の陰に隠れるように停車しているのが見えた。
ルチオ教授だ。双眼鏡を手に持っている。
美文館に来る会員を見張っているようだ。
あたしに気付くと手を振っている。
仕方なくあたしも周りに気付かれないよう手を振り返した。
あたしはルチオ教授直属のスパイみたいだな。
総会は午後二時から開始予定。
さて、続々と会員の先生方が来館。
ご高齢の方が多く、徒歩の方もいれば、馬車に乗って車椅子の会員の方もいる。
皆さん正装で来られている。
受付前の机に皆さん署名してらっしゃる。
単なる儀式みたいなもんらしいけど。
しかし、事務としてはどなたが来たのか分かりやすい。
あたしとジュシファーさんは総会が始まるまで、お茶出し。
講堂の方は業者まかせなのだが、談話室とかでくつろいでいる会員の先生はあたしらが担当。
これがけっこう難しい。皆さん、コーヒー、紅茶、緑茶、水、その他、注文がバラバラ。それを聞いて、隣の厨房から持って行くのだが、いつの間にか席を移動されたりするんで大変。
もしかして、あたしが採用されたのって酒場で働いていたからこういうのには慣れていると思われたのだろうか。あたしは焦りながらお茶出しをしているのだが、ジュシファーさんはスイスイと動いている。頭の良さの違いかな。
ドタバタしているうちに総会の時間になった。
あたしは事務室で待機。
いつも総会は十分くらいでシャンシャンと終わるそうだ。しかし、今回は例の受賞者選考とか新会員の選出に外部の芸術家などの意見を取り入れるって件で揉めそうだなあ。
そんなことを考えていたら廊下をズカズカと歩いてくる音がした。
事務室にルチオ教授が入って来た。
「やあ、ローラさん、総会は順調かね」
「まだ始まったばかりですよ。玄関は閉めたのに教授はどっから入って来たんですか」
「裏口さ。この建物は防犯意識に欠けているんじゃないか。しかし、ローラさん、今日はずいぶんおしゃれな格好だね」
「総会ですから。そんな事より、会員の先生方に例のクトゥルフはいたんですか」
「うーん、わしの見る限りではクトゥルフはいなかったなあ」
どうやって人間とクトゥルフの見分けをつけてんのかなあ、この爺さん教授。
「しかし、もしかしたらクトゥルフに操られてるのがいるかもしれない。そいつが新たに選んだ会員がクトゥルフの可能性もあるぞ。ちゃんと投票の時、見張っててくれよな」
「あたしは事務室待機なんで投票の監視は出来ないですよ」
「え、じゃあ、どうすんだ」
あたしはルチオ教授に例の穴開けパンチ作戦について教えた。
「それは面白い作戦だ。クトゥルフの中には頭のいい奴がいるからな。そういう奴には単純な方法がかえって効果がある。じゃあ、よろしくお願いするぞ」
本当かなあ。
クトゥルフの定義ってルチオ教授が勝手に考えてんじゃないのか。
と、ここで大変な事に気付いてしまった。
事務長以外の事務員に穴開けパンチ作戦について教えてないじゃない。
あわてて、講堂へ行き総会が行われている中、こそこそと講堂の前の方に座っているラウル事務長に小さい穴開けパンチ三個を手渡した。
「例の作戦の件です」
「うん、わかった。総会が終わったら会員の先生方に説明するよ」
そそくさと講堂から退出。
やれやれ、綺麗とか美人とか言われてすっかり浮ついていた。
事務室に戻ると、ありゃ、またもやあの黒猫ちゃんが入口にいる。
「ごめんねえ、今日はちょっと忙しくてエサをあげる暇がないの」
あたしがそう猫に語りかけると、クルっと身体をひるがえして外に出て行った。
えー、あの黒猫ちゃん、もしかして人の言葉がわかるのか。
廊下にぞろぞろと人が歩いてくる音がする。
工芸部門の人たちだな。
一番前を歩いている人が穴開けパンチを持っている。
ジュシファーさんが一番後ろでニコニコ顔でやって来た。
あたしにこっそりと話しかける。
「あの穴開けパンチ作戦って、ローラさんが考えたんですか」
「うん、そうだけど」
「面白い作戦ですねえ。ローラさん、冴えてますねえ」
そうかなあ。
適当に考えただけなんだけど。
ルチオ教授がうるさいから。
そして、事務室で待機していると内線電話がかかってきた。
講堂と談話室から穴開けパンチを回収しに行った。
ベルトランド主任からは、「こんなことするなんて大げさじゃねーの」と嫌味を言われちゃった。
その後、業者の人が会員の先生方に配るケーキとお茶を持ってきた。
講堂から配っているので、館長室の工芸部門が最後になる。
館長室は広いけど、さすがに工芸部門の先生方が全員入るとぎゅうぎゅう詰め。業者の方も動きにくかろうと、あたしも中に入ってケーキを配るのを手伝う。
ちょうど投票が終わったところだ。
工芸部門で一番偉いらしい会員の先生が、「世知辛い世の中になったねえ」と言いながら投票用紙をまとめて穴開けパンチで穴を開けた。あたしはそのまま先生から穴開けパンチを回収。
よし、作戦終了と。
あたしは、また事務室に戻る。
また、ぞろぞろと会員の先生方が館長室を出て行った。
どうやら、無事、総会も終わりそうだな。
何だか疲れたなあ。
眠くなってきた。
おっと、いかん。
また昼寝をしてしまう。
しかし、ちょっと目をつぶるくらいならいいかな。
突然、ポン! と肩を叩かれた。びっくりして、「うわっ!」って声を出してしまった。気が付くとジュシファーさんがニコニコしながら立っている。そして、その後ろにはミケランジェロ館長が。
ああ、また館長に昼寝しているところを見られてしまった。
恥ずかしいー!
館長さんがちょっと笑いつつもあたしに話しかけてきた。
「ローラさん、ちょっと頼み事があるのですが」
「はい、なんでございますでしょうか」
「来月、談話室で新会員の就任式があるのですが、そこにローラさんも出席してほしいんです」
「あの、私が出席してなにをするのでしょうか」
「まあ、簡単な仕事なんですけど、辞令を新会員に館長の私が渡すときに、その紙が置いてあるお盆から私に手渡してほしいんですね」
「あの、なぜわたくしが」
「報道機関もけっこう来るんですよ。その時、お美しいローラさんがいた方が注目されるかなって思いましてね」
「わかりました。謹んでお受けいたします」
あたしはヘイコラしまくる。
館長が帰った後、ジュシファーさんに聞いた。
「ジュシファーさん、館長が部屋に入ってきたとき、あたしどんな感じだったの」
「そうですねー、顔を上に向けて口開けて大いびきをかいてお眠りになっていましたね」
うひゃー、恥ずかしいー!
そんな恥ずかしがっているあたしを見て、クスクスと笑うジュシファーさん。
「嘘ですよー、ちゃんと椅子に座っていて、ちょっと目をつぶっていただけですよー」
「なんだあ、もう、ジュシファーさん、からかわないでくださいよ」
「ウフフ、けど、ローラさん、すっかり館長さんのお気に入りになられたようで、うらやましいですねー」
こんな中卒昼寝女のどこがいいんだろうか。
おっと、会員の投票結果はどうなったんだろう。
投票の結果、絵画部門三名、彫刻部門二名、工芸部門は無しと全部で五名が選ばれた。
例の工芸家のマッシモ・プピーロ先生は落選。
ジュシファーさんが教えてくれた。
「マッシモ先生はもう一票で会員になれたんですけどねー」
あらまあ、本人はショックだろうなあ。
なお、例の外部からも意見を取り入れるって件は、次回の受賞者選考の際に十名の有名芸術家を美文館に招くってことになったらしい。十名程度なら票にさほど影響はないかなあ。




