第十四話:プロビンチャーレ市立美術館に出張
ジュシファーさんと一緒にプロビンチャーレ市立美術館に出張することになった。
午前中は乗合馬車でプロビンチャーレ市まで行く。
午後は美術館で「美術館調査・展示の仕方を研修」という名目で美術鑑賞。
終了後、宿屋に一泊。
翌日に帰ると。
お気楽な出張だなあ。
出張当日。
乗合馬車に揺られながら、ニコニコ顔で外の風景を見ているジュシファーさん。
この娘、かわいい顔してるけど彼氏とかいるのかな。
「ジュシファーさんって、彼氏とかいないの」
「そうですねー、残念ながらいませんねえ」
「本当? 隠してんじゃないの」
「いませんよー、ところでローラさんの方はいるんですか、彼氏?」
「うーん、前はいたんだけど、振られちゃってね」
「どうしてですか」
「彼氏と劇場に演劇を見に行ったの。そこで、爆睡して大いびきをかいて周りの観客から大ひんしゅく。あきれた彼氏に振られちゃった」
クスクスと笑うジュシファーさん。
「ローラさんらしい振られ方ですねえ。けど、ローラさん美人なんで、恋人なんてまたすぐに見つかるんじゃないかしら」
「そうならいいけどなあ」
館長の前で大恥をかいた件といい、居眠りはあたしに取っては縁起のいいものではないな。
さて、昼にプロビンチャーレ市に到着。
簡単な昼食を取った後、市立美術館に入った。
けっこう大きい美術館でいろんな作品がある。
綺麗な風景画からわけのわからない抽象画、素敵な彫刻からヘンテコな銅像。
全部、芸術的に価値があるんだろうけど、素人のあたしから見るとなんじゃこりゃって作品もあるなあ。まあ、これがゲージツって奴ですか。
さて、大きな部屋に入ると巨大な絵が飾ってある。
作者の名前を見る。
おお、これは芸術に無知なあたしでも知ってる画家だ。
時計がぐにゃりと木の枝に引っかかっている作品で有名な人だ。
飾ってあるのは時計がぐにゃりの作品とは違うし、なんかよくわからないけど、あたしの心に響いたぞ。けど、プロビンチャーレ市はこれを購入するには何億エンってかかっただろうなあ。
「ねえねえ、ジュシファーさん、これ有名な作家の作品でしょ。あたし気に入った。これだけ見れてもけっこう満足かなあってあたし思うんだけど」
「そうですねー、けど、この作家さん、有名になってからは弟子に描かせて、完成した作品にサインだけしてたって噂もありますよ。この作品もその可能性があるって話ですねー。まあ、あくまでも噂ですけど」
「えー、じゃあ、いわゆる贋作って奴じゃないの」
「いや、本人がサインしたから贋作ではないのではと思いますけど」
「同じ事じゃないの。そんな本人が描いてない作品を何億エンも出して、プロビンチャーレ市は買っちゃったわけ」
「そうですねー、けど買ったことで市の芸術に寄せる貢献度も上がったと世間の人に思わせたんだからいいんじゃないですかねえ」
いいのか、それで。ますます芸術の世界がわからなくなってきた。急速にあたしの心に響かなくなったぞ、この絵。うーん、妙な噂を聞いただけでその絵に対する興味が失われてしまう。人間の心は複雑だなあ。
他にも変な絵があった。
漫画じゃん。
何これ。
ヘアリボンを付けた女の子の絵。
「ジュシファーさん、これ絵画じゃなくて漫画じゃないの」
「そうですねー、実際、既存の漫画作品の絵を拡大しただけみたいですね」
「えー、これいくらなの」
「確か六億エンで購入したみたいですよ」
六億エン! こんな漫画が六億エン!
「こんな漫画が六億エンならほとんどの漫画家は大金持ちじゃないの」
「そうですねー、けど、近くで見ると色付きのドットが規則的なパターンで並べて描かれていることがわかりますよ」
あたしがその絵をよく見ると確かにジュシファーさんの言う通りだ。
けど、離れて見るとやっぱり単なる漫画じゃん。
「こんな絵を購入して市民は怒らなかったのかしら」
「そうですねー、けっこう購入当時は問題になったようですね。けど、今は百億エンの価値があるそうですよ、大儲けですね」
百億エン! こんな漫画が百億エン! 信じられん。
芸術とは一体何なんだろうか。
「ところでジュシファーさんはなにか気に入った作品はないの」
「そうですねー、この作品でしょうか」
ジュシファーさんが指差したのはシマウマの絵。
けど、なぜか後ろの方でパラシュートで降下してる人が描かれている。
なんだか冴えない絵だなあ。
「この絵のどこが気に入ったの」
「そうですねー、シマウマさんがかわいいってとこですねえ」
なんじゃ、そりゃ。
小学生みたいな理由だな。
「けど、この作家さん、自殺しちゃったみたいですよ。これが最後の作品みたいですねえ」
「え、そうなんだ。芸術家ってやっぱり繊細なのかしら」
「そんなことないと思いますよ。だって、一般の人だって、自殺する人はいますよねえ」
言われてみればそうか。
それに美文館の会員の先生方って、みんな長生きだもんな。
おっと、最近亡くなったマルセル・パニョーニ会員は自殺かもしれないってドメニコ係長が言ってたなあ。
「結局、人それぞれと思いますよ。まあ、ローラさんは自殺なんてしない人でしょうね」
「へ? なんでそう思うの」
「そうですねー、お偉い館長の前で堂々とソファでぐっすりと昼寝するんだから、鋼鉄の精神をお持ちの方と思われますねえ」
「もう、ジュシファーさん、そのことは言わないでよー!」
「ウフフ、すみません。けど、思い出す度に可笑しくって」
クスクスと笑うジュシファーさん。
こりゃ、この娘にかなりバカにされとるのではと勘ぐるあたし。
あれは一生の不覚だったなあ。
一通り見た後、美術館の一階のカフェでちょっと休憩。
あたしはコーヒーを注文。
ジュシファーさんはジュース。
「ジュシファーさん、あたし、芸術とか美術の価値ってものがよくわからなくなってきたんだけど、あなたはどう思うの」
「そうですねー、結局、受け手側の問題と思いますよ。どんなに最高級の芸術品でも興味の無い人にとっては全く価値は無いでしょうからね」
うーん、受け手側の問題か。
芸術にさしたる感心がないあたしにとっては、この美術館に展示されている作品も全て価値の無いものなのか。
さて、美術館で芸術鑑賞も終わり、館内の土産店でちょっと買い物。
ジュシファーさんは例のシマウマの絵がデザインされたハンカチを買った。
あたしは綺麗な風景画の絵葉書を購入。
市内のレストランで美味しい夕食を取った後、ジュシファーさんとあたしは宿屋に宿泊。
事前に一人部屋を二部屋予約してた。
あたしは一階の部屋。
ジュシファーさんは二階の部屋。
「じゃあ、今日はお疲れ様でした。明日は帰るだけですねー。おやすみなさーい」とジュシファーさんは二階に上がっていった。
あたしは宿屋のベッドに寝っ転がる。
美味しい料理も食べたし、今日はぐっすりと眠れるなあと思っていたら、窓際になにか気配がする。
カーテンを開けると外に白猫がいた。
野良猫かな。
「なんだ、お前。エサがほしいの」
あたしはロビーに行って、猫が食べられそうなお菓子を買って部屋に戻る。
窓を開けると白猫ちゃんが入って来た。
お菓子をやると美味そうに食べている。
かわいいなあ。
背中を撫でてやる。
猫と言えば、ロベルト調査官を思い出した。
美文館の黒猫ちゃんを蹴り飛ばしたこと。
酷い人だなあ。
何であんな酷い事をする人が芸術に係わっているんじゃと思ったりもする。
お前はクトゥルフかって言いたくなる。
そして、また思い出した。
『じゃあ、君も絵を描いて美展にでも出品してみたら。参加賞として美展の無料鑑賞券くらいならもらえるかもしれないよ』とか『美展に出品したら教えてくれないか。君の作品を見に行くから。楽しみにしてるよ。出品できたらの話だけどな』などと言われたこと。
腹立つー!
猫の仇だ。と言っても絵の作成は全然進んでないんだな。
そもそも何を描けばいいのかわからない。
猫ちゃんでも描こうかしら。
そんな事を考えていたら白猫ちゃんがサッと窓から出て行った。
猫はきまぐれだなあ。
そんなにお腹減っていたわけじゃないのかしらと思っていたら、部屋の扉がドンドン! と叩かれた。
誰かしらと扉を開くと、従業員さんがいた。
「美文館のドメニコさんと言う方からご連絡が入ってますよ」
なんだろうと廊下に出るとジュシファーさんも二階から降りてきた。
「私の部屋にも従業員さんが来たんですよ。ドメニコ係長から電話だって」
「なんだろう、緊急事態かしら」
二人でロビーへ行って、あたしが電話を取った。
「もしもし、ローラですが」
「係長のドメニコです。実はサルヴァトーレ事務長が回廊で倒れて病院に運ばれてなあ。そのまま亡くなってしまったんだよ」
「え、大変じゃないですか。原因はなんですか」
「うん、急性心不全ってことみたい。葬儀の日程はまだ決まってないが、一応、ローラさんとジュシファーさんにも知らせておこうと思って電話したんだよ」
すっかり元気のなさそうなドメニコ係長。
自分では何の判断も出来ない人だもんなあ。
ジュシファーさんに事務長が亡くなった件を教えるとびっくりしている。
「そうですねー、美文館賞の受賞者選定とか新会員の選出には外部の芸術家の意見も取り入れるようにとか言われて、サルヴァトーレ事務長もストレスがたまっていたようですからねえ」
ジュシファーさんはストレスが原因と思っているようだが、どうもあたしには、やはり、あの『深淵への誘い』、そしてクトゥルフが係わっているのではと思った。




