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第十三話:美文館夏の所蔵作品展

 七月。

 美文館所蔵作品展が開始。

 例によって、学生バイトさんを集めて看守をやってもらう。

 結局、例の『深淵への誘い』は他の絵画と差し替え。

 収蔵庫に保管となった。

 パンフレットも差し替え印刷。

 なんとか展示開始には間に合った。


 ある日、事務長室に呼ばれた。

 サルヴァトーレ事務長は退院したのだが、あまり元気が良くない。


「何のご用でしょうか、事務長」

「ローラさん、例の『深淵への誘い』の件だが、ルチオ教授に知らせたのは君だろ」


 知らせたんじゃなくて、偶然、向こうから電話が来ただけなんだけどな。

 しかし、展示候補になったって教えたのはあたしだ。

 しかし、なんでバレたのかなあ。

 あたしがルチオ教授と親しい職員って思われているからかしら。


「まあ、それはともかく、あの絵なんだけど、やはり危険かもしれないなあ」

「え、なんでそう思うんです」

「あの絵をじーっと見ていたら、なんだか吸い込まれそうな感じになってなあ。で、その場で倒れてしまったんだ。それ以来調子が悪くてなあ」

「クトゥルフの影響ってことですか」

「悔しいが、あのルチオ教授の言ってることは本当かもしれないなあ」


「じゃあ、『展示厳禁』って紙を貼っておきましょうか」

「そうだな。但し、クトゥルフとか書いておくのは、ちょっとまずいよな。後任の人も困るだろう。なんのことかわからないだろうし。修復不可能な箇所があるので展示出来ないとか、作品が壊れてしまうとか適当に理由を書いておいてくれないか」

「わかりました」


 サルヴァトーレ事務長の命令通り、『深淵への誘い』には梱包材の表面に『展示厳禁』って紙を一枚デカデカと貼っておいた。その紙には小さく『修復不可能な箇所があり展示できません』と書いておく。

 その後、ドメニコ係長とベルトランド主任に頼んで他の作品とはかなり離れた収蔵庫の奥の隅っこに保管することにした。


 寸法がかなりデカい作品なんで動かすのに二人は苦労している。

 やっと壁に絵を立てかける。

 しかし、梱包材の裏面を見える方に置いたので、『展示厳禁』って紙が壁側となり見えなくなった。


「ちょっと係長、逆に置いてるじゃないですか」

「あ、本当だ。けど、この作品重くてねえ、もう疲れたよ」


「そんなに気にしなくていいんじゃない」

 主任もヘラヘラ笑っている。

 まあ、裏面にも『展示厳禁』って貼っておくか。


 ついでにルチオ教授に連絡したら喜んでいた。


「あのハゲ事務長もやっとわかったか、クトゥルフの恐ろしさが。いっそあの絵は焼き捨てたらどうだ」


 焼き捨てるのはまずいんじゃないのかしら。

 一応、美文館賞受賞作品だし。


「それから収蔵作品なんで目録には写真が載りますけどいいんですか」

「本物じゃなければ大丈夫だな」


 まあ、『深淵への誘い』は永久保存で開封厳禁ってことになるのかしら。

 しかし、すっかり元気の無いサルヴァトーレ事務長を見てあたしは少し心配になった。


 さて、所蔵作品展の方だが順調に行われている。

 順調と言っても相変わらず鑑賞に来る人が少ないなあ。

 例によって、人手不足であたしも看守業務を行う。


 館長室での大失態以来、あたしは昼寝には注意している。

 居眠りしない方法。

 それは立ってればいい。


 と言うわけで展示室の看守用の椅子に座らないで立ったまま看守を行う。

 鑑賞者がいない時は、いつものようにあたしも美術鑑賞。

 素人目にもやはり素晴らしい作品ばかり。

 さすが美文館。


 静かな海を描いたものから、荒波が今にもこちらに襲いかかってきそうな大迫力の作品まで。

 今回は文句を言うお客さんもいない。

 展示室、講堂併せて、二十作品。

 無料だし、これだけあれば、みなさん満足するでしょう。

 もっと見に来てくれればいいのになあ。

 とは言うもののお昼ご飯の後なんで、また眠くなる。


 突然肩をポン! と叩かれた。びっくりして、またもや「うわっ!」って声を出してしまった。気が付くジュシファーさんがニコニコしながら立っている。


「ローラさん、お昼寝の邪魔してすみませんが交代の時間ですよ」

「え、あたし寝てたの」


 時計を見ると、交代時間の五分過ぎていた。


「そうですねー、立って眠るなんてすごい技術をお持ちなんですねえ、ローラさん。まるで荒波に立ち向かうように立っていましたよ。ウフフ」

「……すみません」


 クスクスと笑うジュシファーさん。

 また恥をかいてしまった。

 ジュシファーさん、完全に呆れているだろうなあ。


 さて、事務室に戻るとベルトランド主任から出張へ行けと言われた。

 ジュシファーさんにも依頼したらしい。


「出張? どこへですか」

「美術館ならどこでもいいよ。まあ、出来れば遠い方がいいなあ」

「どこでもいいって、どういう意味ですか」

「目的は美術館調査。展示の仕方を研修するのさ」

「美術館ならメスト市にたくさんあるじゃないですか。徒歩で行けますよ。なんで、遠い場所まで行かなくてはいけないんですか」


 するとベルトランド主任が、またヘラヘラしながら教えてくれた。


「予算が余ってるのさ。旅費を使い切る必要があるんだよ。本当は年度末がいいんだが、うちは三月は授賞式で忙しい。それで今のうちに少し使っておくんだよ。調査なんて名目さ。美術館で絵を鑑賞してくればいいよ」

「余ってるなら、他の必要な事に使えばいいんじゃないですか」

「それが、国の予算ってさあ、項目が決まっていて旅費と決まっている費用は他の事には使えないんだよ」


「じゃあ、いっそこと返しちゃえばいいんじゃないですか」

「そんな事したら来年度旅費が減らされちゃうだろ」

「それ税金の無駄使いじゃないですか」

「世の中そんなもんさ。と言うわけで一泊旅行、よろしく!」


 なんつーか、いい加減だなあ、公務員の世界も。

 しかし、貧乏なあたしは旅行なんてめったに行かないからちょっと嬉しい。

 いや、旅行じゃなくて出張です。

 お仕事です。


 けど、一人旅ってのも寂しいな。

 そうだ、ジュシファーさんを誘おう。


「ベルトランド主任、ジュシファーさんと出張に行っていいですか」

「うーん、同日に二人いなくなるのか。看守の業務が滞りそうだなあ。まあ、いいか。看守の方は俺と係長でうまくやるよ」

「ありがとうございます」


 ジュシファーさんが看守から帰ってきたので、一緒に出張へ行こうと誘うと快諾。


「そうですねー、どこに行きましょうか」

「なるべく遠い場所へ行けって主任が言ってたわよ。ジュシファーさん、いい美術館知らない?」

「じゃあ、地方にあるプロビンチャーレ市立美術館にしましょうか。けっこう大きめの美術館らしいですよ」


 そんなわけで、あたしとジュシファーさんはプロビンチャーレ市立美術館に美術館調査なる名目で出張に行くことにした。

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