物語の終わりと始まりⅢ
(…幸せにする、なんて言ったはいいものの。何から始めるべきなのかしら)
私は窓の外を見ながらぼーっと考えていた。ここは学園内にある私の教室。ついさっき全ての授業が終わり、今は放課後の時間だ。同級生たちは迎えの馬車が来るまで各々の時間を過ごしている。
(…うーん。私一人では考えに限界があるわ)
せめてもう一人くらい協力者が欲しいものだ。
「…ア!…ミア…!ミア!!」
「わっ」
肩をゆすぶられ、私はようやく声をかけられていることに気づいた。
「…シャロン」
私に声をかけてきたのは、友人のシャロン・フローリー。ワインレッドの髪が美しい美女だ。フローリー公爵家の次女という高い地位であるにもかかわらず、ただの子爵令嬢の私を「親友」とまで言ってくれている。私には勿体ないくらいに良い友達だ。
「どうしたの?さっきからぼーっとして。具合でも悪いの?」
「いや…そういう訳じゃ、ないんだけど」
「ふーん。そう?…でも、何か悩み事はあるんじゃないの?」
「え」
シャロンの鋭い指摘に、私はぎくりとしてしまう。彼女は私の僅かな変化に気づき、詰め寄って来た。
「何、どうしたの?」
「いやあ…はは」
私はあいまいに笑ってごまかそうとするが、シャロンは諦めない。
「家族の間で揉め事とか?」
「まさか!うちの家族は全員仲良しよ」
「じゃあ、お金関係のことでトラブルとか」
「それも無いわ。フォーカス家は皆お金の管理に厳しいし」
「ふーん。それなら貴方個人の問題ってこと?例えば、恋の悩みとか」
「恋…」
確かに、アーノルド様のことは大好きだ。幸せにしたいと心から願えるくらいに。しかしこの気持ちは果たして「恋」と呼べるのだろうか?私が考え込む様子を見せると、シャロンの目がキラリと輝いた。
「なになになに!!貴女、本当に好きな人がいるの!?」
「いや…うーん…」
「お相手は誰?どうして好きになったの?」
「えっと…その…」
シャロンの勢いが凄くて、私は一切口を挟めない。
「シャロン。ちょっと話があるんだけど…」
誰か助けてくれないかなと思ったとき、頭上から声が掛けられた。
(タイミングバッチリ…!)
私は感謝の意を込め、勢いよく声の方向へ顔を上げ…固まった。
「アーノルド、様」
アーノルド様は一瞬「げっ」といかにも嫌そうな顔をしたが、シャロンの前だったためかすぐに持ち直し、キラキラな笑顔を浮かべる。顔がいい。
「あれ、僕たちどこかであったことあるかな?」
「えっ、つい先日…」
そこまで言おうとした時、アーノルド様の笑顔から何も喋るなという強い圧を感じて私は口を閉じた。
「アーノルド様。どうしてここにいらっしゃるのですか?」
「シャロン。君に用事があってね。エルヴィン家主催のパーティーのことなんだけど…」
二人が話している間、私は完全に気配を消して静かにしていた。これ以上アーノルド様に嫌われる訳にはいかない。
「…それじゃ、そういうことで」
「ええ。分かりましたわ」
アーノルド様が去ると、シャロンは再び私に視線を移した。
「もしかして、ミアの好きな人ってアーノルド様なの?」
「えっ!?」
予想以上に大きい声が出た。シャロンは「やっぱり」と納得したように頷く。
「ななな、何で…」
「アーノルド様が来てから、貴女ずっと赤くなっていたもの」
「うそ…」
いや、確かにアーノルド様の格好良さに一瞬気を失いかけたはしたけれど。
「私、そんなに分かりやすいのかしら」
「ええ。凄く。…まあでも、ミアのそういう所が私は結構好きよ」
「シャロン…!私も貴方が大好きよ!」
「知ってるわ、そんなこと…」
シャロンは照れてツンと顔を背けた。顔は見えないが耳はしっかり赤い。可愛い、可愛すぎる。
「いっ、いえ!今はそれよりアーノルド様のことよ!」
しばらくして復活したシャロンが、二人の間に漂った甘酸っぱい空気を断ち切った。
「貴女、本当にアーノルド様が好きなの?」
「え、ええ…。まあ、これが恋なのかどうかは分からないけど、人としては大好きよ。」
「…」
シャロンは少し複雑そうな顔をする。
「貴女を応援したいのは山々だけれど…アーノルド様はお勧めできないわ」
「え、なんで」
「エルヴィン公爵家と我が家は古くから交流が盛んで、私とアーノルド様も幼少期からの仲なのだけれど。アーノルド様はその時からローズ様に夢中で…。他の人なんか眼中になかったわ。ローズ様がキース王太子殿下と婚約を結んだとはいえ、アーノルド様の思いがそう簡単に変わるとは思えないの」
「…なんだ、そんなこと」
あまりに深刻そうな雰囲気だったので何事かとひやひやしたが、そういうことなら全く問題はない。
「そんなことって…大事なことでしょう!?親友として、貴女には傷ついてほしくないの!」
「大丈夫よ、シャロン。私はアーノルド様のそういう一途なところも全部含めて、大好きなの」
「…貴女がそこまで言うなんて…。本気なのね」
「ええ。私は別に、アーノルド様と結ばれただなんて思ってないわ。ただ彼にずっと幸せでいてほしいの」
「ミア…」
感動している様子のシャロンを見て、私はこれはチャンスではないかと思った。丁度、有能な人材を探していたところだ。
「だからシャロン。私の願いを叶える手伝いをしてくれないかしら?」
「…勿論よ!任せて頂戴!!」
「ありがとう!」
私は学習机の下で小さくガッツポーズをした。
色々な面で私よりもずっと経験豊富なシャロンがいれば百人力だ。頼もしい見方を得たことで、私の「アーノルド様幸せ計画」は本格的に動き始めた。
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