アーノルド視点
「アーノルド!大きくなったら、私と結婚してくれる?」
ローズは僕の手を取って言った。願っても無い提案に、僕は間髪入れずに「うん!」と勢い良く答えていた。
「僕、ローズが大好き!大きくなったら僕のお嫁さんになってね!」
「もちろん!」
「約束だよ」
僕は手に握りしめていた小さな花で作った指輪をローズの指に通した。その時の彼女の笑顔が余りにも可愛くて、僕はこの子をずっと守りたいと強く思った。
この約束は僕の人生の中で、一番大切なものだった。
ーーー
「…ん」
目が覚めて、ゆっくり体を起こした。
「…夢、か」
乾いた笑いが唇から漏れた。どうして今に限って、あんなに幸せな夢を見てしまったのだろう。
僕が守りたかったあの頃は、もうどこにもない。残されたのは、いつまでも過去に縛られ続ける自分だけだ。
「あーあ…」
視界が涙で滲んだ。誰かに見られている訳でもないのに、弱い自分を隠したくて下を向く。
「馬鹿だろ、俺」
そこまで言ってはっとした。駄目だ、僕はそんな言葉使わない。使ってはいけない。
ベッドから降りて、鏡の前へ向かう。いつものように笑えているかを確認してから、父が待つダイニングルームへ向かった。
ナイフを動かす音だけが、静かな部屋に響いていた。早くこの場から去りたくて、黙々と朝食を食べ進めた。腕の良い料理人が作っているはずなのに、この料理は味がしない。僕にとって、食事はただ食べ物を口に入れて飲み込むだけの作業だった。
ようやく食事を終え席から立つと、今まで一言も話さなかった父が初めて口を開いた。
「アーノルド。もうすぐテストがあるだろう」
「はい」
「今回も必ず首位を守るように。これ以上エルヴィン家の家紋に泥を塗るな」
過去に一度、父からの教えを破ったことがあった。父はその時のことを未だに根に持っているようだ。
「…はい」
父にとっては、僕が言われた通りに行動した数百回よりもたった一回の過ちのほうが重いらしい。これには流石に思うところがある。だが、僕がそれを言う権利はこの家にはない。
父はこれ以上僕と会話を続ける気はないようで、黙って食事を再開する。僕は一礼して部屋を出ると、鞄を持って学園への馬車に乗り込んだ。
ーーー
(…しまった。つい、いつもの癖で)
授業開始より大分早く登校してきた僕は、特に目的もないのに庭園にやって来ていた。前まではよくここにローズが来た。キースにも知られず二人だけの時間を過ごせるから、僕はここが好きだった。彼女に告白をしたのもこの場所だ。
ズキ、と胸が痛む。恋心は、何年も何年もかけてすっかり僕の心に根を張ってしまった。この想いが枯れることは多分一生ないんだろう。その分、この痛みから逃れることもできないんだろうけれど。
僕は小さなベンチに腰掛けて、何をするでもなくただじっとしていた。それからしばらくした時、誰かから名前を呼ばれて、声の方向へ顔を向けた。
(ローズ…?違うな。目が青色じゃない)
そこに立っていたのは、緑色の瞳の女子生徒だった。日に照らされた髪がローズとよく似た金髪に見えたが、よく見ると目の前の彼女の髪は明るい栗色だ。
「僕に、何か用かな?」
「ええっと…ロ、ローズ様のことなんですが!」
「は?」
どうやら、彼女は僕にローズについて話したいことがあるらしい。そういえばここ数日、彼女と似たようなことを言って僕にすり寄って来た女がやたらと多かった。公爵家とつながるチャンスだとでも思っているのだろうか。今は何をしていてもきついのに、振られたことを掘り返されてアピールされるのはひどく不快だった。
気づけば僕は、今までの鬱憤の全てを彼女にぶつけていた。彼女は途中何度も何かを言おうとしていたが、それも全て無視した。
「はあ。僕はもう行くから。じゃあね」
そう言い捨てて、その場を去る。僕は庭園から離れた人気のない場所に行き、床に座り込んだ。
(ああ…最低だな、僕)
いくら相手がアピール目的だったとしても、何も言わない女性を一方的に責めてしまった。こんな男、ローズに選ばれなくて当然だ。
「むなしー…」
僕のその呟きは誰に聞かれるでもなく、重い空気に溶けて行った。
お話に区切りがつくごとに、キャラクターの別視点を入れさせていただこうかなと思います。
ーーー
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