物語の終わりと始まりⅡ
「待っててください!アーノルド様!!」
私が突然大きな声を出したので、馬車を運転してくれていた御者がびくりと肩を震わせる。「何だコイツ」という目で見られたが、まあ、気にしない。
御者が去った後も、私はしばらくその場に立っていた。立派な門の前には桜によく似た春の花が咲き誇っている。何もかもが小説に出てきたままの姿で実物になっていて、いち読者として感動する。
「あ、でもそろそろ行かないと」
私は今世では学生。用事は授業が始まる前に済ませておかなければ。用事というのは勿論、アーノルド様に会うことだ。
(アーノルド様は、確か、この時間は庭園にいる筈)
アーノルド様は朝に庭園へ行くことが日課だった。ローズ様は植物が好きなため、たまに散歩に来た彼女と会うことができたからだ。その時間だけは、キース様にも邪魔されない二人だけのものだった。
(そのために朝は必ず庭園で…。切ない…)
アーノルド様の切ないエピソードを思い出してしまい、胸が苦しくなった。私がもう少し早く前世の記憶を取り戻していたら、彼がローズ様と両思いになる手伝いをできたのだろうか。
(…いや、過ぎたことをグチグチ言っても仕方ないか)
私は活を入れるため頬をぱちんと叩いた。すれ違った男子生徒がぎょっとした顔でこちらを見ていたが、気にしない。
私は学園内にある小さな庭園へと歩いた。記憶が戻る前も生徒としてここに通っていたから、道は迷わない。ただ、ものを見る目はまるっきり変わっていた。
(あそこ、ローズ様とアーノルド様が出かける約束をしてたところ!あそこは、アーノルド様がローズ様と一緒にご飯を食べてたところ!)
小説の中で出てきた場所が沢山あって、その一つ一つに興奮してしまう。気分は聖地巡礼だった。
広い敷地をしばらく歩くと、目的の場所についた。
(ここは…アーノルド様がローズ様に告白した場所)
私は覚悟を決め、庭園に足を踏み入れる。流石名門学園。小さくとも庭園は綺麗に手入れされていて、季節の花が沢山咲いている。
少し進むと、可愛いベンチが視界の端に見えた。白く塗られたベンチを周りを花々が鮮やかに彩っているのが、とてもメルヘンな光景だ。だが、更に近づきそれに座っている人の姿を見ると、私は息をのんだ。
「アーノルド、様」
思わず声に出してしまっていた。目の前の美しい人はこちらに顔を向け、一瞬目を大きく見開いた。だが、直ぐにその顔には完璧な笑顔が張り付けられる。
「僕に、何か用かな」
「ええっと…その…」
至近距離からキラキラオーラを浴びてしまい、私は言葉が上手く出てこなかった。
(やばいやばいやばい!!イケメンが過ぎる…!足長いし顔小さいし…アーノルド様が実在してる…!!)
「ええっと…ロ、ローズ様のことなんですが!」
「…は?」
私はてんぱり、つい訳の分からないことを口走っていた。その瞬間にアーノルド様の声が低くなる。
「何で、ローズのことを…?」
しばらく考えた後、アーノルド様は形の良い唇を歪めた。鋭い目つきが私をとらえる。
「…ああ、僕が彼女に振られたから、チャンスだとでも?はは、残念だったね。僕の心は常に彼女で埋まっているから。君が入り込む余地なんてないよ」
「…え、ちがっ」
「いるんだよね、君みたいな奴がいっぱい。『貴方の傷を癒したい』とかなんとかほざいて、ただの自己満足のために絡んでくるの奴がさ」
「あの、」
「はあ。僕はもう行くから。じゃあね」
「え」
そう言ったアーノルド様の表情は、笑っているはずなのにとても苦しそうで。私がそれに引っ掛かりを覚え、気をとられている間に、彼はどこかへ行ってしまった。私はしばらく固まっていた。好きな人から本気で疎まれるというのは、思ったよりきつい。
「…大分怒らせちゃったな」
でも、アーノルド様の反応は正しい。失恋の最中にいきなりローズ様の話をするなんて、傷口に塩を塗るようなことをした私が悪いのだ。後先考えずに突っ走っていきがちなのは、私の直すべきところだろう。それに。
「アーノルド様を幸せにしたいだなんて、結局は私の自己満足だよね」
私はずっとアーノルド様に憧れていた。世界で一番大切な人が自分以外に恋をしていたとしても、挫けず最後まで向き合うような芯のあるところが大好きだった。その姿に何度も何度も、励まされてきた。
「だから…あんな顔をさせたままじゃ嫌なの」
私は諦められない。疎まれたっていい。嫌われたっていい。私は自分がローズ様の代わりになれるなんて全くこれっぽっちも思っていない。ただ、本当に、心から、アーノルド様の幸せを願っているだけだ。
「そうよ!いつまでも落ち込んでいるわけにはいかないわ!」
こんなところでめげていては、きっとこれから先やっていけない。私の取柄は図太い所だけだ。
精一杯頑張ってみて、それでもアーノルド様の迷惑になってしまうようだったら、すぐに彼の前からいなくなろう。
私は決意し、その日から「アーノルド様幸せ計画」の準備を始めた。
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