05:婚約者
空は青々として太陽はギラギラ。白い雲と木の陰影も濃く、それでも南の人からしたら涼しいという季節がやってきた。
「レオナ。フレデリック殿から手紙だぞ。それからプレゼントも」
お父様がニコニコと手紙とプレゼントなる物を持ってきた。乗り気じゃない私は少し躊躇したが、受け取らない訳にもいかないので小さく気合を入れて受け取った。まずは手紙。そこには当たり障りのないフレデリック様の近況と私のご機嫌を伺う様子が書かれていて、最後の方にちょっとだけギフトに関することも書かれていた。どんな感じなのかと。ギフトについての質問だけが妙に具体的だった。
まぁ総じて無難な手紙とも言える。これに返事を書くのは億劫だが、書かねばなるまい。そしてプレゼントの箱を開ける。するとそこには水の精霊石が入っていた。青色が綺麗だ。色んな場面に使用できるので普通に考えたら、結構な価値のあるプレゼントだ。
「さすが産地」
机の上に羽ペンとインクを置いて、さらさらっと返事を書いた。こっちも当たり障りのない内容からだ。プレゼントのお礼から始まり、短いけど夏が来ましたとか、空が青くて日差しが暑いですとか。そして最後に唯一の話題としてギフトに関することを書いた。水の精霊石が風の精霊石と同じ歌を歌っていことに驚いことや、精霊とは色々と話したが人間との価値観の違いに驚かされること。同じ人間でも価値観は違って多様なのに種族を超えたら、それはもう全然別物なのだ。話を聞くのは楽しいが、分かり合うことが出来ないことが悲しいとも書いた。
「さて。なんて返ってくるかな?」
溜め息。手の平の上で青い精霊石を転がす。
果たして私達は分かりあえるのだろうか?
手紙と刺繍入りのハンカチを贈った。次に返事が届くのは夏が終わる頃だろう。
その間は花嫁修行だ。私のすることはお茶会を開いたり、お茶会に参加したりすることで、その為に王都へと移動していた。王都ならそういう行事は事欠かないからだ。今年の夏から来年の春までは王都で過ごすことになる。
忙しくしていると季節なんて、あっという間に過ぎていく。秋の始まり頃にフレデリック様から手紙が届いた。
兄達と狩りに出かけたという話から始まり、街へ降りて美味しい料理を食べたとか、騎士団でしごかれて大変だったとか。そして最後に精霊に関することが書かれていた。精霊とわかり合えない辛さを直接話したことのない僕には分からないが想像はできる。精霊には人の温もりが分からないからね。人は触れ合って分かり合える生き物だから。
「触れ合いかぁ。確かにそうかも」
返事を書く。
王都で過ごしていること。今年の冬はこのまま王都で過ごすであろうこと。これから寒くなるので、お体には気をつけてとか。そして最後に『傍にいて体温を感じるだけでも違いますもんね』と書いて締めくくった。
冬が訪れた。王都の雪は男爵領とは違って雪が少なくて、その違いに戸惑ったが、それでも過ごしやすいならいいかと開き直った。冬と雪のためだろう。フレデリック様からの手紙は届かない。そのまま新年を迎えて更に寒さの厳しい季節となった。そんな中で私の誕生日パーティが開かれる。主催はお父様だ。我が家にこんなにお金ってあったのってぐらいに豪華なパーティ。まずはダンスから。そこでお父様が私にサプライズがあると言った。
「サプライズ、ですか?」
「あぁ」
そう言って奥の扉を指さす。私が視線を向けると扉が開かれてそこにはフレデリック様が立っていた。
「やぁ。レオナ嬢」
そう言って進み出てきたかと思うと、私の前で膝を折って手の甲にキスをした。
「踊って頂けますか?」
一瞬戸惑ったが、頷きダンスが始まった。1曲踊り終えて次にお父様と踊った。3曲目は再びフレデリック様だ。疲れてきた頃に曲が終わった。ほっと胸を撫で下ろして、休もうかとしたところで、私の肩を抱きながらフレデリックが会場の皆に宣言した。
「春にはレオナ嬢との婚約披露宴があるからぜひ参加してください!」と。もうそこまで話が進んでいるんだと他人事のようにフレデリック様の顔をみていると、彼が私を見て笑みを浮かべた。どこか白々しいそれに私は戸惑う。周りは「おめでとう」の拍手で湧いていた。その両方ともが、どこか遠くの出来事のように感じたのだった。
婚約披露宴を大々的に発表された後。彼に中庭へと誘われた。ちょっと風に当たりたかったので頷く私を彼がエスコートしてくれる。
冷たい冬の風が中庭を吹き抜けていく。空は珍しく晴れ渡り星が綺麗だ。すぐ隣の会場では私の11歳の誕生日を祝ってくれていた、お客様たちが口々にお父様へ婚約のお祝いを述べ、会場は温かな空気で満たされている。
「いい夜ですね。ねぇレオナ嬢?」
そう言って微笑みを浮かべてグラスの中身を口にした男の顔は、どこか誇らしげな様子だ。私は何を言ったものか迷った末に小さく「そうですね」と呟いた。私のグラスの中身が揺れている。広間では音楽が流れていて、人々の笑い声も聞こえる。こちらとの温度差が何だか酷く虚しくて、まるで別の世界のようだ。
「……」
その後の会話が続かない。どちらからともなく沈黙。夜風だけが吹き抜けていく。何だろう。この感じ。沈黙が怖い。
そんな私に彼が近寄り耳元へと顔を近づけた。
「先ほどから随分顔色が悪いですね。今夜は貴女の誕生日パーティですよ。皆が見ています。笑ってください」
彼の……フレデリックの言葉の真意が知りたくて視線だけで彼の目を見る。
とたん「ひゅっ」と呼吸が止まった。そこには温かさなんて欠片もない冷徹な視線だけがあった。思考が空回りをして言葉が出ない。
彼がまた私から離れた。再び息ができるようになる。
「どうも私は嫌われているようだ」
フレデリックが私に背を向けて語りだした。
「でもそんな個人の感情なんてどうでもいいではないですか。レオナ嬢。貴女の役目は家の繁栄です。精霊遊びは、ほどほどになさい」
視線だけじゃない。言葉でも切り裂かれてしまった。涙で視界が霞む。
「私は貴女の夢に興味はありません。必要なのは貴女のギフトだけです」
手が震えて持っているグラスの中身が小さく波打っている。そんなグラスと持っている手をポタポタと雫が濡らしていく。
「泣いても何も変わりませんよ?」
もう嫌だ。ここに居たくない。でも……逃げ出すタイミングはとうに逸している。何より足が竦んで動かないのだ。
「これからはその涙も家のために使いなさい」
男の言葉が突き刺さる。
誰か……助けて!
心の声なんて届くはずがない。でも、それなのに救世主が現れた。男性の声が辺りに響いたのだ。
「うちの娘に何をしているんだ!」
中庭に怒鳴り込み、そして私の目の前に居る男の胸ぐらを掴み上げたのは……お父様。
「お前たちが中庭へ行くのは見たが、まさかこんな事になっているとはな!」
「お、父……様。私……」
全身に辛うじて張っていた力と緊張が抜けて、私はその場に崩れ落ちる。
「お父様、ごめんなさい……私、この人と結婚したくない……」
私の言葉を聞いた男が鼻で笑う。
「ふん。今さら婚約破棄? そちらが望んで始めた話ではなかったか?」
お父様が拳を握りしめたのが見えた。
「娘をこれだけ怯えさせ、泣かせたお前に、家の娘をやるわけにはいかん!」
握った拳が振り上げられた。
「私は事実を述べただけだ! その11歳の子供に神より与えられたギフト以外に何の価値があるというんだ!」
直後にバキッという音が辺りに響き渡った。男がよろめき中庭で蹲る。
「この婚約はなかったことにさせてもらう」
お父様……ごめんなさい。
ありがとう……。




