03:パンハーニ商会の長
授業は順調に進んで、短いが春が来た。
私のギフトが王都で広まり、婚約話が幾つか舞い込んできているらしい。ちょっとでも良い縁談をとのことで現在、お父様が選別中だ。勉強も順調に進んでいる。今は一般教養以外のダンスや刺繍。お茶会でのマナー講習と言った事を中心に学んでいる。
正直ダンス以外はつまらない。
「また精霊の声が聞きたいなぁ」
二階の窓から、ぼんやりと空を眺めていると一階の屋敷の表玄関の方で声がした。視線を向ければ取引のある商会の馬車が見えた。やってきたのは、きっとパンハーニ商会の長だろう。
「暇だし顔でも出してみようかな?」
一階の応接室までトットコ移動。すると、ちょうど商会長その人と顔を合わせることに成功した。お父様と一緒だ。
「あぁ。レオナ。お客様だ」
さて猫を被る時間だ。優雅に一礼してニッコリ微笑んで、ご挨拶。
「ごきげんよう。ムソリーニおじさま」
パンハーニ商会の長であるムソリーニは、小太りの気の良い感じのオジサンだ。
「おぉ。これはこれはレオーネ嬢。また一段と、お綺麗になって」
「ふふ。ありがとうございます」
すると隣に居た、お父様が何かを思いついたような表情をしたのが見えた。
「お父様? どうなさったの?」
「うん。これから商談だが、お前も一緒してみるか?」
「良いんですか!」
「何事も勉強だからな」
「はい。喜んで」
というわけで当初の目的の暇つぶしという目的が叶ったので、ワクワクしながら応接室に入って、お父様の隣に座る。ムソリーニおじさまもニッコニコだ。
「レオーネお嬢様を交えての商談ですか。これは頑張らないといけませんねぇ」
するとお父様。
「ムソリーニに頑張られると俺の方が損をしてしまうので手加減をして貰えるとありがたい」
「はっはっは。スレアーニ様に損などさせませんよ。えぇ。これだけご贔屓にして頂いているのですから」
「そうか? だと良いんだがな」
微妙な力関係っぽいね。貴族である父のほうが立場的には上だが、財力という点ではムソリーニおじさまの方が上なんだろうなぁ。まぁ男爵って言っても特産物のない弱小貴族だもんね。
私は隣で大人しく、愛嬌だけを振りまく存在へ。メイドが入ってきて紅茶を淹れていく。お父様が口をつけ、ムソリーニおじさまも少し口を湿らせた。私も口をつける。
うん。家で普段置いている紅茶の中では一番のやつだ。上得意様をもてなす際に使うバーンス領の今年の一番茶。
「ほぅ。美味い。さすがバーンス領の紅茶」
「あぁ……まぁ妻の実家の縁で取り寄せた茶葉だからな」
おぉ。短いやり取りの中に色々と情報が混じってるなぁ。大人しく二人の様子と言葉に耳を傾け続ける。
「それはそうとお嬢様の件。聞きましたよ」
「うん?」
「世界言語のギフトだとか。いやぁ羨ましい。そのギフトがあれば外国との取引も、ずっと楽になるのに!」
「ふむ。確かにな」
「どうです。私の息子……いや孫を婿入りとか」
お父様が苦笑い。
「いや。出来れば高位貴族から三男辺りをもらいたいと思っている。うちはレオナが一人しかいないからな」
「まぁそうでしょうな。狙うのは精霊石が採れる伯爵家か侯爵家、といった所でしょうか」
「えぇ」
「でしたら、モルガー家なんてどうでしょう?」
「モルガー家というと……侯爵家ですな。ここからだと南西側にある」
「えぇ。そこの三男に当たる方が中々の美丈夫で女性たちに人気があるとか」
「ほぅ」
「お歳は17でしたか」
「会ったことがあるのか?」
「えぇ。何度か。好青年でしたよ?」
「ふむ」
お父様が考え込んでしまった。私はちょっと前屈みになって、オジサマに尋ねる。
「あ、あのぅ……」
「おお。どうしました?」
「その方の声って、どんな感じでしょうか?」
「声、ですか?」
「はい!」
お父様も怪訝そうにしている。まぁね、ずっと隠してきたからね。言う機会もなかったし。
「出来ればイケメンボイスが良いです!」
するとお父様。
「イケメンボイス?」
「はい。カッコいい声がいいです!」
「見た目は良いってムソリーニが─」
「見た目が良くても声がダメダメなら意味がないじゃないですか!」
思わず目の前のテーブルの天板を叩く。
「お、おい。レオナ。落ち着きなさい」
「あら、失礼。おほほほほ」
何となく眼が泳いでしまう。するとムソリーニおじさま。
「あっはっはっはっは。そうですか。レオーネお嬢様は声に惹かれる質でしたか」
思わずコクンと大きく頷くと、お父様に「こら。はしたないぞ」と膝を叩かれた。
「お、お父様だって人前で、はしたないですわよ?」
「取り乱して可笑しな行動をする、お前を注意するためだ」
はいはい。そうですわね。
「それで?」
ムソリーニおじさまに再度の確認。
「おい!」
鼻息を荒くして問う私をお父様が咎めるが今は無視だ。するとムソリーニおじさまが笑顔で言った。
「えぇ。私が保証します。その方のお声は間違いなくイケメンボイスでしたよ!」
ひゃっふぅ!
「よっしゃあ。ならば全力だ!」
思わずガッツポーズをしたら、お父様に頭を叩かれた。
「相手がお前を気に入るとは限らんのだぞ。まったく……」




