10:精霊という存在
今までずっと冷静沈着を絵に描いたような方だったグレン様が、それはもう食いついた。釣りなら爆釣と言ってもいいぐらいに釣れた。当たりも当たり。大当たりだ!
「待て待て待て! 精霊は何と言ったんだ!? 一個の生命体とはどういう意味だ!?」
「え、えぇっとぉ─」
「それは単一個体か? 群体か? 属性との関連は? 記憶は共有しているのか!?」
ひぃええ~。こ、怖いい。
「シ、シリル君。た、助けてぇ」
「いつものことです。そんなことより答えてください。どうなんですか!」
こっちもかよ!
2人に詰め寄られて事態を収拾する為に私は知っていることを一つ一つ答えていく。まずは大前提からだ。
「精霊は世界を循環しているのだと言いました。そして一個の生命であるとも」
「ふむ。精霊が自然を……世界を循環している一個の生命……」
「はい。個は全にして全は個という感じっぽいですよ?」
「ふぅむ……それは……また……」
「えぇっと、私なりの解釈になっちゃいますけど聞きますか?」
「あぁ頼む。ちなみに精霊は答えてくれなかったのか?」
「彼ら彼女らは人間の解釈なんて斟酌してくれません。彼らの言葉を直接訳すと『私達は全てにして個なのです』と。それに対してどういうことかと尋ねたら『私は世界であり私でもあります』と……風の精霊様は仰っていました」
「ふむ。それは困るな。答えているようで答えていない。ではレオナ君の解釈を聞こうか」
「はい。人体って細胞がいっぱい集まって一人の人間になりますよね? 精霊って似た感じかなぁと」
「待て。つまり個体であり群体でもあると?」
そう言ってグレン様が考え込んだので待つ。そこにシリル君が立ち上がった。
「ちょっとメモ用紙を取ってきます」
立ち上がって部屋へ走ったかと思うと、すぐに戻ってきて、紙とインクが用意された。するとグレン様が喋りだす。
「……ふむ。つまりレオナ君はこう言いたいのだな? 属性とはつまり役割であって、人体に例えるなら各種の器官を担っているに過ぎないと。そして一個一個の精霊とはそれらの細胞そのものであると。こういうことかな?」
「はい! はい、そうです!」
「ふむ。ここで何故レオナ君が人体について詳しいのか聞くのは野暮というものだな。つまり精霊の個の部分が細胞の一個一個。属性が構成部位で、それが世界を包みこんではじめて一人の人体を形作っている、という。つまり単一でありつつあくまで世界を構成する一部でしかないと。ふむ。面白い解釈だ。ちなみに記憶は共有しているのかね?」
「すみません。そこは聞いていません。あっでも、風の精霊石も水の精霊石も、どちらも初対面で同じ人間の故郷を思う歌を歌っていました。偶然かと思っていたのですが、もしかしたら……」
「なるほど」
一度そう頷いて、すぐに疑問へぶち当たったようだ。一人で考え事を初めてしまった。
「……いや、だが待て……待て……もしそれが事実なら……魔石とは?」
完全に一人の世界に入っていってしまっている。私はシリル君に視線を向けると、彼も思考の海に潜っているようで書いたメモを見つめていた。
「いや、待て。属性が器官なら精霊石は細胞か? なら魔石は……いや、それだと今までの理論が……」
一人でブツブツと思考していたグレン様の意識が帰ってきた。
「面白い。実に面白い! シリル君はどう思うね?」
するとシリル君もすぐに思考の海から上がってきた。私はそんな二人の様子を観察していたが、なるほど、この2人。よく似ている。
「正直を言えば……そんなバカなと否定したいです。でも否定するための言葉と知識を持ちません。師匠。もしそれが事実なら今までの前提が崩れます」
「そうだな……さてどうしたものか」
グレン様が考え込む。するとシリル君が、私に視線を向けてちょっと戸惑いがちに話し始めた。
「……レ、レオナ様に精霊石からもっと情報を貰うというのは?」
あら?
初めて名前を呼ばれた気がするな。でも茶々を入れて混ぜ返していい場面じゃないのでニヤニヤとするだけに留める。するとシリル君。
「なんだよ?」
「べっつにぃ」
そんな私たちの様子を完全に流してグレン様が答えた。
「ふむ。それは随時やっていくとして、さて。何処から手を入れていくか……」
その後2人は軽く話し合いをして何か方針めいたものを思いついた後は研究室に籠もってしまった。ときおり部屋からは議論をする声が聞こえる程度。
「やれやれ。研究者ってみんなこうなのかな?」
私は部屋の掃除をしながら廊下まで聞こえる声に呆れていたのだった。




