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原作者を殺したい  作者: 鈴井 六
原作者を愛したい

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26/27

10

 すれ違い。これで拗れて悪くなる人間関係は腐るほどある……らしい。

 オレは孤児院育ちで学校にも行かなかったし、十四歳でアッシュと一緒に冒険者として外の世界に出た。人間関係の複雑さとやらは、正直よくわからん。


「好きな子ができたってことかい……?」

「悪いかよ」


 ガキの頃からオレを知っているおばさん。そのおばさんがやってる飲み屋に顔を出してる。

 中庭でニトと王女サマを見かけて、なんとも言えない気分になって、逃げるみたいに街に出た。それでなんとなく知り合いのいるここに来たわけだ。飲み屋だからまだ営業時間じゃなかったけど、どうせ中ではおばさんがダラダラと酒を煽りながら下ごしらえをしていることを知ってる。

 勝手にドアを開けると案の定顔を赤くしたおばさんが「まだやってないよ」と面倒くさそうに言ったが、オレの顔を見るなり自分の向かい側のカウンター席を指す。


「飲める歳になったんだろ? ようやくあんたから金取れるよ」

「別に昔みたいに水とクズ野菜でもいいけどな?」


 いつも腹空かせていたオレとアッシュに店に出せない食材を食わせてくれた恩人。かわりに開店前の店の掃除とかでこき使われたのは良い思い出だ。

 ふたりでダラダラ酒を飲みながら昔話やら最近起きたこと――まあ世間では今『勇者が魔王討伐を果たした』『勇者は王女と結婚するのでは』が専らの噂なわけだが、その辺の話をした。当然、オレが勇者であることは言わずに。


「結婚っていえば、あんたそれが飲める歳になったんだ。そういう相手はいないのかい」


 多分、いないって返事を想定して言ってる。十四で冒険者になって最近まで旅していたヤツにそんな相手に出会う暇なかっただろ、と。んで、その流れで適当に誰か紹介してくるつもりだ。このおばさんは昔から他人の世話を焼きたがる。


「オレが勝手に気に入ってるやつはいるよ」

「はぁ? それってアッシュのことじゃあないだろうね」

「ちげーよ。女だよ」

「好きな子ができたってことかい……?」

「悪いかよ」


 口を半開きにしてオレの顔をジロジロ見る。オレが恋愛感情持つなんて考えられないとでも言いたそうに。失礼な。まあ、オレだってついこの前まで、こんな感情持つとは思ってなかったけど。


「あんたが勝手にって、片思いなのかい?」

「……ん」

「まあ、あんた怖がられそうな顔してるしねぇ。良い男にはなったけど。まず仲良くなるのが大変そうだね」

「いや、仲はいい」

「じゃあなんで気持ちを伝えないんだい? あんたの性格だったら、すぐにでもオレの女になれとか言いそうなもんだけど」


 失礼すぎねえ?


「好きだって気がついたのが最近なんだよ。……それに、最近あんま話す時間ねえし」

「それはいけないねぇ」


 おばさんの顔付きが変わった。


「ジェイド。恋愛においてすれ違いというのは、破滅のフラグ以外のなにものでもないよ」




 オレとニトは、言いたいこと言えなくてダメになるような関係じゃないと思う。今あんまり話せてないのだって、単に会えない時間が多いからなわけで。


「ニト」


 街に出ていた時間はそれほど長くない。城に戻った頃には少し空が赤くなりかけていたくらい。

 中庭を覗くと、ちょうどニトと王女サマのお茶会が終わるところだった。王女サマと別れて部屋に戻ろうとするニトに声をかける。


「あ、ジェイドくん!」

「おう。お前、夜空いてるか? 空いてたら一緒にメシ食うぞ」


 空いてなかったら明日でも明後日でも。空いてる日に約束を取り付ける。どうせすぐ傍にいるんだからってわざわざ約束をせず今日まできた。でもその結果が、城にきてからふたりでいる時間がほとんどないこの状況だ。

 恋愛において、すれ違いは破滅フラグ。恋愛のことはよくわからんけど、そうかもしれない。少なくとも今のこの状況がいいモンだとは思えねえから。


「今日は特に予定はないですよ!」

「よし。じゃあ夜メシの時間、オレの部屋集合」

「はーい」


 オレとニトは、言いたいこと言えなくてダメになるような関係じゃないと思う。

 だから話す時間さえあれば、すれ違うことなんてあるわけがない。




 久々のふたりでの時間。オレの部屋に用意してもらった食事を、テーブル挟んでふたりで食べる。

 旅の間は毎日のようにしていたことなのに、久しぶりなせいか、それともオレがこいつに向ける感情が変わったからか、なんかむずむずする。


「図書館で上の方の本を取ろうとしたら近くの人が取ってくれたんですけどね、『お勉強して偉いね』って言われて。子どもだと思われちゃったみたいです」

「子どもだろうがよ」

「もーう! あと三ヶ月で十八歳ですってば!」


 他愛ない話をして、ちょっとからかって、ニトがむくれて、それ見て笑う。城に来る前となんも変わらない。うん、やっぱり大丈夫だ。


「いいなー。ジェイドくんもティアも背が高くて」


 ……ん?


「お前、王女サマのことそんな風に呼んでるのか?」

「あ、はい。今日、そう呼んでって言われたもので」


 お互いに名前と愛称で呼び合う仲。別に、結構なことだと思う。

 ニトは前の世界で死んでこっちにきている。家族とも友達とも会えなくなって、知り合いと呼べるような人間がオレしかいない。そんなこいつに親しい人間が増えるのはいいことなはずだ。

 なのに苛つくのは多分、おばさんとこでちょっと飲み過ぎたせいだろう。


「ふたりとも背が高いから、並ぶとこう、絵になりますよね」


 は?


「使用人さんたちも言ってたんですよ、ふたりはお似合いだって」


 バカ、やめろ。

 飲みすぎたせいか、今のオレは、たぶんあんまり我慢が効かない。だからこれ以上はやめとけ。


「前はふたりを結婚させようとなんかしてないって言いましたけど、ジェイドくんとティアは確かにお似合いですよ。結婚のこと、一度考えてみたら……」

「おい」


 自分でも少し驚くくらい低い声が出た。

 ニトの肩が小さく震える。まずいと思ったのか、引き攣った表情のまま固まってる。

 ほら見ろ。だからやめろって言ったのに。いや、言ってないか。


「二度と言うなよ、それ」


 ……で、オレはオレでやめろよ、そういうこと言うの。


「ご、ごめんなさ……」


 ほら、怖がらせた。

 数分、いや、数十秒か。部屋が静まり返る。居た堪れなくなって口を開いたのはニトだった。


「あのっ、変なこと言ってごめんなさい! わたし、もう行きます! ごちそうさまでした!」


 パチンと両手を合わせてから立ち上がって、素早く部屋から出ていった。


「……なにやってんだ、オレ」


 今すぐ隣のニトの部屋に行って、「悪い、飲みすぎてカッとなった」って言い訳でもするか?

 いや、それはちがうだろ。酒のせいにして謝ったら、あいつに言われたことなんか気にしてないって言ってるみたいで、それはちがう。

 腹が立ったのは酒のせいじゃない。好きな女に他の女との結婚勧められたからだろ。

 じゃあなんだ。お前のこと好きなのに、王女と結婚がどうのって言われてムカついたとでも言えばいいのか。

 無理だろ、それは。


 オレとニトは、言いたいこと言えなくてダメになるような関係じゃないと思う。でも、言ってダメになる言葉はあると思う。

 そんなことになるくらいなら、関係が壊れるなら、拗れるほうがマシだ。

 オレってこんな臆病者だったっけ。知らなかった。だって、こんなふうに人を好きになったのなんて、初めてだし。

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