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結婚だの側室だのの話題に振り回された翌日。オレとニトは城下町をふらついていた。国王のオッサンがいくらか金を持たせてくれたから、ニトに街の案内をしながら買い物でもすることにした。
一ヶ月後の祝賀祭。そこで行われる凱旋パレード。その場でオレとニトは魔王討伐の英雄として晒される。周りを気にせず外を歩けるのはそれまでだ。今のうちに楽しんでおかねえと。
いろいろ納得いってないことはあるが、せっかくふたりで過ごせる自由な時間だ。
「わぁ……ものすごく、物語の世界だ」
「なんか見たい店とかあるか?」
「ただ歩いてるだけでも楽しいです! ジェイドくんは?」
「んー……」
言葉に詰まる。斧を手入れする道具も、防具の買い替えも、薬草の調達も、もう必要ない。それ以外の買い物なんてほとんどしたことがなかった。
「あー……じゃあ一箇所だけ。ちょっと歩くけどな」
城下町から少し離れた庶民の生活エリア。そこにある一軒のパン屋がオレのお目当ての店だ。
棚に並ぶパン……を素通りして、カウンターの近くに置かれた菓子の袋をふたつ買う。店から出て、ひとつをニトに渡す。
「あ、ラスクだ」
「うん。孤児院にいたころ、小遣いもらったらここでこれ買うのが楽しみだったんだ」
パンの耳で作られた甘い甘いカケラ。いつも腹空かせてたオレとアッシュは、孤児院から歩いてすぐのこの店を眺めながら、いつか腹いっぱいパン食いてえな、とか話していた。
結局オレらが仕事の手伝いしてもらえる小遣いで買えるのはこの菓子くらいだったけど、甘けりゃそれだけで喜ぶ単純なガキだったんで、以来ふたりでちょくちょくこれを買いに来ていた。
「城の食いモンとは違った良さってヤツだ」
「わかりますよ! 思い出の味からしか摂取できない栄養があります!」
「そうだ。栄養とってオレのようにデカくなれ」
「……ジェイドくんが子どもの頃に食べていたものを食べれば、わたしも大きくなれる可能性が……?」
ぶつぶつ言いながら菓子を食うニト。で、「おいしい」ってニコニコする。
一ヶ月。時間はある。城にいるより、オレとこうやって気楽に生きてたほうが楽しいって思わせりゃいいだけだろ。
「あれ、ジェイ坊か?」
店のドアが開いて、そこから誰かが顔を出す。オレをガキの頃の呼び名で呼んだのは店主のおっさんだった。
「よぉ。久しぶりだな」
「ほんとに何年ぶりだ? あれ、お前冒険者になって、もうひとりの坊主と旅に出なかったか?」
「ああ、アッシュな。途中まで一緒だったよ」
「なんだよ喧嘩かー?」
後ろのニトが居心地悪そうにしてる気配がする。自分の物語の都合でオレがアッシュと別れたのを気にしてるな。
「別に大した理由はねえよ。ってか魔王いなくなったし、あいつもそのうち戻ってくるだろ。そしたらまた一緒に来るよ」
魔王倒したのがオレだってのは面倒だから言わない。
「おう、そうしてくれ。ん? そっちの子は?」
オレの後ろにいるニトを覗き込む。
「あ、こんにちは!」
「こいつはオレのー……」
オレの、なんだ? オレやこの世界を創った創造主……生みの親?
……ふざけんなって言われるだろうなァ。
「……相棒?」
「へぇー」
オレとニトを交互に見ながらニヤニヤする。言いたいことあるなら言えや。
「ジェイ坊は昔から見かけによらず面倒見良かったからなあ」
「見た目通りだろうがよ」
「冗談言うな。お嬢ちゃん、こいつ怖い顔してるけど良い奴だから」
「はい!」
おっさんがニトの頭を撫でる。そいつがオレを『顔は怖いけど根はいい奴』にしたんですけど。
少し歩いたところにある噴水広場に並んで座ってラスクをつまむ。前から思ってたけど、ニトがなにか食ってる姿はリスとかウサギっぽい。
「ふふふ。ジェイドくん、ジェイ坊って呼ばれてたんですね」
「ああ。お前が決めた設定じゃねえの?」
「わたしが書いてないやつです。原作者のわたしが知らないことがあるのは悔しいような、まだまだ知る余地があってうれしいような。複雑な気持ちですねー」
「オレはお前のこと全然知らねーんだけど」
チビ、泣き虫、あと三ヶ月で十八歳。
「ガキの頃なんて呼ばれてた?」
「えー……そのまんま、ニトです」
「そういやお前って元からニトって名前なのな。こっちの世界での名前かと思ってた」
「えへへ。本当は初めて会ったあの日、物語の中で魔王が名乗った偽名を名乗らなきゃいけなかったと思うんですけど、うっかり本名言っちゃいました」
まあ、二回名前覚える手間が省けてよかったんじゃねーの。
「ニトって、なんか意味とかあるのか?」
「ええと……わたしのいた世界のことわざに『二兎を追う者は一兎をも得ず』ってのがあって……二羽のウサギを同時に追いかけると一羽も捕まえられないから欲張るなって意味で……」
「ああ、慎重になれって意味でつけたとか?」
名前通りに育ったじゃん。
「いえ、名付けたのはおじいちゃんなんですけど、ちょっと豪快な人で……。二羽とも追いかけて二羽とも捕まえられるような子になれ、と……」
「ははは。いいな、それ」
「……孫に欲張れって願い込めた名前つけるのって、どうなんですかね」
「いいじゃん、オレは好きだよ。お前の名前もじいちゃんも」
「そ、そうですか? えへへ。あ、ちなみにジェイドくんの名前は硬い宝石の名前が由来ですよ。名前どおり、丈夫な子に育ちましたね。えへへ」
照れくさそうにラスクを頬張るニト。ウサギっぽい。
「おかげさまで、丈夫さだけが取り柄のバカに育ちましたよっと。……ん?」
「どうかしました?」
「いや……」
「あれー。わたしの名付けセンス、微妙でした?」
ちげーよ。気に入ってる。そうじゃなくて。
オレさっき、“好き”って言ったよな。いや、名前とじいちゃんのことだけど。
好き、か。なんか、言葉にすると妙な感じが……。
あれ、オレってもしかして、こいつのこと好き……なのか?




