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クソがクソがクソがクソがクソが。
なにが婿だ。なにが側室だ。ふざけやがって。
オッサンのデカい声で叩き起こされたときから機嫌は悪かった。婿殿とか言うから更にムカついた。
でも、そのあとニトと一緒にウマいパンを食ったから、それはチャラだ。量は足りなかったけどな。
王女と結婚とか、当然辞退するに決まってる。オレが王族とかなんの冗談だ。まあ、ニトが書いた物語よりかは笑えるかもな。下らなすぎて。
ニトもオッサンの戯言を気にしてるのか落ち着きがなかった。すぐに、結婚なんてするかって言おうかと思ったけど、やめた。
だって言ったらこいつ、「せっかくのハッピーエンドなのに断るなんて!」とか言いそうだし。
謁見の間で改めて王女との婚姻云々を言い渡された。
魔王討伐の褒賞、ねえ……。結婚って褒美でさせてもらうもんなのか?
その辺の価値観は人によるのかもしれねえけど、少なくともオレにとってはそういうもんじゃない。
それに、褒美っていうならこっちの望みを聞くべきだろ。なに勝手に話進めてんだ。
さっさと断ってやろうとタイミングを伺うが、オッサンがしゃべりっぱなしで隙がない。
もたもたしてたら王女サマの一声で静まりかえった。そして――
「わたくしの側室になりませんこと?」
ふさけやがってこの女。
「ティア!? なにを申しているのだ!?」
オッサンが立ち上がりながら狼狽えてる。王妃サマも青白い顔してるし。王女サマの独断か?
「あら、これは失礼いたしました。この場で申し上げることではございませんでしたわ」
一応謝ってるけどこいつ絶対悪いと思ってねえ……。
「場所を移してお話いたしましょう、賢者様。もちろん勇者様もご一緒に」
オレの殺気立った視線に気付いてもなんとも思わないどころか、小さく笑う。苛立ってるせいかバカにされているように感じた。
隣のニトに目をやると、口を開けたまま瞬きひとつせず固まっていた。ダメだこいつ。
―――
昨日からオレが使わせてもらってる部屋に場所を移して、続きを始める。
オッサンや王妃サマはいなくて、年配の従者がひとりついてきただけ。オッサンはついてこようとしていたが王女サマに追い払われていた。にしても護衛すらつけないのには驚いた。
従者が三人分の紅茶をテーブルに並べ終わったところで、溜め込んでたもんを吐き出すように言った。
「どういうつもりだ?」
王女サマ相手に、さぞかし無礼なんだろう。が、怒鳴り散らさなかっただけ褒めてほしいね。
「まずは紅茶でも召し上がって、少し落ち着かれては?」
余裕たっぷりにそう言うと、お上品な動作でカップを持って口をつける。
ニトは相変わらずぼんやりして紅茶から立ちのぼる湯気を眺めている。ダメだこいつ。
「勇者様は、わたくしとの婚姻など望んでいらっしゃらないでしょう?」
これだけ露骨に不機嫌そうにしてりゃ、さすがにわかるか。
「オレは王族だとか地位だとか、そういうものに興味はない。のんびりダラダラできりゃそれで十分だ」
「奇遇ですわね。わたくしもですのよ」
自分で言ったことが可笑しかったのか、「ふふふ」と笑って、それを流し込むみたいに紅茶を飲む。
「わたくしは王女としての責務を果たすために、勇者様に与えられる役割でいるだけ。どうしても貴方様と結婚したいというわけではないという点については勇者様と同じ気持ちなのです」
「じゃあ結婚の話は辞退させてくれんのか」
「できないことはないでしょう。ですが、それが勇者様の望む暮らしに繋がる選択とも思えませんが」
オレの望む暮らし。のんびりダラダラ……ニトと一緒に。
「おふたりの名はこれから国中に広く伝えられることになるでしょう。わたくしとの婚姻を辞退されても、年頃で独り身の勇者様には縁談の話がひっきりなしに舞い込んでくるでしょうね」
「そんなもん断れば……」
「もちろん、断り続ければ意にそぐわぬ婚姻を結ぶ事態にはならないでしょう。しかし縁談を申し込まれ続け、断り続ける生活は、果たして“のんびりダラダラ”なのでしょうか」
……楽しくなさそうなこと想像させやがる。
「それに、これは勇者様だけではなく賢者様も同じですわ」
ニトも……?
「魔王討伐を果たした英雄。これは賢者様のことでもありますのよ。当然このような素晴らしい成果を上げた人材を一族に取り込みたいと考える者は数多く現れるでしょう」
オレとニトにそれぞれ、いろんな思惑のある人間がまとわりついてくる、と。
オレだけなら、適当に睨みつけてあしらっていればそのうち誰も寄ってこなくなるだろう。人相の悪さが役に立ったことは今まで何度もある。
でも、ニトにつく悪い虫まで払い切れるか? 四六時中一緒にいられるわけでもないのに。……いや、いればいいのか?
「勇者様。勇者様がわたくしとの婚姻に興味がないことは理解したうえで、提案させていただきますわ。
わたくしと結婚し、賢者様をわたくしの側室として迎え、三人で仲良く暮らすのはいかがかしら?」
「……あぁ?」
「そう怖い顔をなさらないで。先ほども申しましたが、わたくしも個人的な感情だけで言えば勇者様と結婚したいわけではありません。しかしながら一国の王女という立場で述べさせていただきますと、魔王討伐を成し遂げた英雄を王族に迎えることは非常に望ましいこと。それに、煩わしい縁談を断り続ける必要もなくなります。城で快適な暮らしもできる。おふたりにとっても悪い話ではないのでは?」
「……結局王女サマの目的はなんだよ。オレとニトが良い暮らしできるように、親切心だけで言ってるわけじゃねえだろ」
「もちろん」
従者が焼き菓子の乗った皿をテーブルに置く。孤児院育ちのオレじゃ滅多にお目にかかれない高級品だ。普段ならバクバク食ってたと思う。今はムカつきすぎて全くそんな気にならない。
……オレ、さっきからなににそんなムカついてるんだ?
「わたくし、賢者様がほしいのです」
……拳を握りしめて、なんとか怒りを自分の中に押し込んだ。このままこの女を殴りたい。
オレの苛立ちの原因がようやくわかった。
この女はオレとニトのために婚姻だの側室だのの話を持ちかけてきてるんじゃない。ニトがほしいから、手に入れるためにオレを丸め込もうとしているだけだ。
ニトに「一緒がいい」って言われてからずっと思い描いていた、ふたりでのこれから。それをこの女に邪魔されそうだから、どうしようもなく腹が立つ。
「そういうことなら王女サマ、この話はナシだ」
「あら、どうしてでしょうか」
「どうしてもこうしてもあるか。ニトはまだ子どもだぞ」
ずっとフリーズしていたニトの体がピクリと反応した……気がする。
「もちろん、今すぐに側室に迎え入れようというわけではありませんわ。そもそも成人を迎えていないと側室にはなれませんので。なので、賢者様が成人するまでの数年は、別の身分を与えて城で暮らしていただくことになるでしょう」
「そういうことを言ってるんじゃねえ。こんな小さいガキに、側室だのなんだのって話を持ちかけること自体がどうかしてるってんだよ」
また、ニトの体が反応する。なんだどうした。
「……ジェイドくん」
「おう、どうした」
「子どもとか小さいとかガキとか言いますけどねえ……わたし、あと三ヶ月で十八歳なんですからね……!」
「え」「あら」
オレと王女の声が重なった。ニトが恨めしそうにこっちを見てるが、こんなの小動物の威嚇だ。全く怖くない。ってか、ずっと反応なかったくせに、子ども扱いには反応するのかよ。
……いやそれより。
ずっと、それこそ男の体だった頃から十四くらいだと思ってたのに、もうすぐ成人……?
……なんか、変な気分。




