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「勇者様。ご無礼をお許しください」
王女様がジェイドくんに頭を下げると、周囲がざわつく。
それを気にも留めずに「いや、別に」と頭を掻くジェイドくんは、その場にいる誰よりも自然体だ。
そして、華やかでありながらも強者のオーラを放つ王女様と同じ空間にいて、唯一その存在感に押し負けない風格がある。
さっきの発言についての説明もなく、国王様は王女様に「さあ、お戻りになってください。陛下、ハウス」と言われて「またねー」と部屋から出ていく。犬かな?
そして国王様に退室を促してその後ろについて歩く王女様の姿に見惚れていると、バチリと視線がぶつかり合った。
なにも悪いことはしていない……それにわたしは客人……堂々としていていい……はず。
そう思ってがんばって平気な顔をしようとしたけど、視線の先の王女様が少し目を見開いてじっとこっちを見ていることに気がつく。
あまりに綺麗すぎて直視するのが辛くて、わたしは不審者みたいに目を逸らしてソワソワしながら、隠れるように使用人さんの後ろに移動した。
……人間としての、いや、生物としての格がちがいすぎるんだよぉぉぉ!!
「ニト」
人混みの中からわたしを見つけたジェイドくんが手招きしている。
「あ、おはよう……!」
「ん。おはよ」
旅の最中に毎朝してくれていたのと同じ、気の抜けた笑顔での挨拶。
ジェイドくんはなにも変わっていない。
なのに、勝手に遠い存在に感じている自分がすごく……情けないな。
―――
ジェイドくんが使用人さんに頼んでくれて、朝食は一緒にジェイドくんの部屋で食べることになった。
ふわふわのパンに、温かいスープ。名前はよくわからないけど綺麗に盛り付けられたお料理。
たぶん、わたしがこの世界に来てから食べる料理の中で一番良い食材を使って、腕の良い料理人さんが作ってくれたものなんだろう。
……でも未だに、ジェイドくんが焼いて適当に調味料を振っただけのあの魔物の肉を超える食べ物には出会えていない。
「パン食ってたら思い出したんだけどよォ」
さっさと料理を平らげてしまったジェイドくんが少し物足りなそうな顔をしながら話し始める。
「孤児院にいたとき、王女サマが慰問かなんかで来たことあったわ」
「え……」
……過去に会ったことがあるんだ。わたしはそんなこと書いてないけど、そりゃ、わたしが書いた分だけで世界が回るわけないし、当然なんだけど……。
「すごく綺麗な人だったから忘れられなかったでしょ?」
「まあ一回見たら忘れない顔ではあるよな? でも顔より、そのとき配られたパンがくっそウマくて忘れられなくてさぁ」
ジェイドくんらしいな……。
食事中ずっと、国王様の言った『婿殿』という言葉が頭から離れなかった。でもそのことについて話すのはなんだか気が進まなくて、それに触れずに食事をしていた。
ジェイドくんも気になっているはずなのにわたしに合わせてくれているのか、それについては何も言わなかった。
ジェイドくんは魔王を倒して幸せになる。わたしが書いたのはそこまで。その幸せとやらがどういうものなのか考えもしなかった。
わたしが考えなかったから、世界が自然な形で補っているのかな。
悔しいけど、わたしが手をつけていない部分のほうがまともな設定とシナリオになってる。
『魔王を倒した勇者は、美しい王女様と結婚して幸せに暮らしましたとさ』
王道のハッピーエンド。わたしが流行りや自分の好みでめちゃくちゃに書くより、ずっとまともな展開だ。
ポンコツ作家が雑に終わらせた物語の尻拭いを、世界がしてくれている。おかげでジェイドくんはちゃんと幸せになれる。
しかも実は過去にも会ったことがありました、だなんて、まるで少女漫画みたいな運命の再会だ。これ以上ないくらい綺麗にまとめられた物語。
なのにそれを素直に喜べないわたしは、この世界にとって……ジェイドくんにとって、邪魔な存在なんじゃないだろうか。
―――
謁見の間。小説やゲームでよく登場する、広間にポツンと玉座が並び、国王と王妃が並んで座っている、あの場所。ジェイドくんとわたしはそこにいる。
直前まで、高貴な人との公式な場なのに旅のときに着ていたローブのままでいいのかなとか、この世界の作法とかどうなってるのとか、いろいろ気にして落ち着きのなかったわたし。
そんなわたしの前にジェイドくんが跪いて、
「こんな感じにして適当にハイハイ言ってりゃいいんじゃね?」
って上目遣いで言うものだからドキッとした。……なにをやっても様になるなあ。
そのおかげなのか、玉座を前にしている今この時のほうが少しだけ落ち着いている。
国王様と王妃様が玉座に座って、王女様はその斜め後ろに微動だにせず立っている。
わたしはさっき教えてもらったみたいに跪いて床をじっと見つめて、これが本物の大理石ってやつかぁ、とか考えていた。こうでもしていないと緊張しすぎておかしくなりそうだったから。
「顔を上げよ」
国王様にそう言われたので、仕方なく視線を前に。下向いてるほうが落ち着くんだけどなぁ。
さっきの距離感バグり散らした豪快なおじさんと同一人物なのはずだけど、ゆったり玉座に腰掛けているところを見るとちゃんと王様に見える。舞台と大道具の大事さがわかるね。
隣に座る王妃様は王女様によく似た美人だけど、後ろにいる王女様のオーラが強すぎて大人しそうに見える。王女様の眼力が強すぎる……。
「勇者ジェイド、そして賢者ニト。其方らは永きに渡り王国を脅かし続けた魔王を討ち果たし、多くの民を恐怖から解放した」
この人ちゃんとしゃべれるんだ。さっき聞いた「ガハハハハ!」っていう笑い声が頭の中に反響して気が散る。
「その功績は、一国の宝と呼ぶにも余りある。余は王として、そしてこの国に生きるひとりの人間として、深く感謝を述べよう」
いえいえ。実はわたし元魔王なんで、そんなに褒められましても。
「よくぞ成し遂げた」
一度言葉を切り、国王様は玉座からジェイドくんを見据える。
「よって余は、ふたりに最大限の褒賞を与える」
そしてニヤリと笑ってから、
「勇者ジェイドと王国第一王女セレスティアとの婚姻をここに認め、勇者ジェイドを次代を担う王族の一員として迎え入れるものとする」
と、満面の笑み。
朝の様子からして、国王様はジェイドくんをたいそう気に入っているみたいだ。もちろん魔王討伐を成し遂げてくれた英雄だからというのは大いにあるのだろうけど……。
ジェイドくんがなにか言おうと口を開いたけれど、
「ガハハハハ! 歓迎するぞ、強き者!」
豪快な笑い声でかき消された。
この性格だから上品な貴族より、ジェイドくんのように強さや男らしさがあるタイプが好きなんだろう。
「ニト殿にも好きなものを与えようではないか。望むのであれば王族や貴族との婚姻も叶えよう」
……つい最近まで受験のことばっかり考えてたのに、急に婚姻とか言われましてもだよ。
それに今は、わたしのことはどうでもいい。ジェイドくんが、王女様と結婚。改めて公式な場で言われても、やっぱりすっきりしない。
「とはいえ余の子どもはセレスティアだけなのでな。王族といっても親族にはなるがそれでも……」
そんなわたしにはお構いなしに話は続く。全然入ってこないけど。
「お待ちください、陛下」
よく通る、上品なのに力強い声。誰の声なのかすぐにわかる。
声の主は静まり返った広間にカツン、カツンと足音を響かせながら歩みだす。そしてジェイドくんとわたしの前で立ち止まる。
「賢者様」
まさか自分を呼ばれると思わず頭を空っぽにして見惚れていたから、「ひゃい……っ!?」と情けない声が出た。
そんなわたしを見て少し柔らかく笑う。表情差分すべて美しいですね。
王女様は跪くわたしに目線を合わせるように膝を折る。そして――
「わたくしの側室になりませんこと?」
……次から次へと、とんでもないことばかり。
わたしが書いた物語より面白い展開お出ししてくるの、やめてくれる?
全っ然、笑えないから。




