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ヤツの攻撃手段が魔法から殴る蹴るの打撃に変わっても、オレが一方的に痛められるのは変わらない。
くるりと軽やかに回りながら繰り出した蹴りを脇腹にもろに食らって、オレの体は壁に叩きつけられる。そしてそのままズルズル床に崩れ落ちた。
……こんなことをもう何度も繰り返してる。口の中は鉄の味しかしねえし、骨は何本かイッてそうだ。
「チッ。つまんないなあ」
ゆっくり近寄ってきて、つま先でオレの脚を小突く。
「なあ、何度か反撃のチャンスはあったよなあ? まあ反撃されたところでそんなモンに当たってやるつもりはないんだけどー。あ、それがわかっちゃったからやる気出なかった感じ?」
……ちがうってわかってんだろ。
「それとも、クソ作家を傷つけられないから本気出せないとか? ダメだよジェイドくーん。主人公なんだから諦めずに立ち向かってきてくれないと。一応世界に平和が訪れるかどうかが君に懸かってるんだから――」
――必死になってくれないと萎えるじゃん。
髪を掴んで顔を上げさせられて、冷めた視線が突き刺さる。
「ジェイドくんはクソ作家のために死んでも俺を傷つけないつもりかもしれないけどさ、こいつにそんなことしてやる価値あるの?」
……さっきからこいつ、いつでもオレを殺せるくせになんなんだ。
「こいつがジェイドくんと旅しながら、なに考えてたか知らないでしょ? 俺は知ってるよ。ずーーっと、シナリオどおりにジェイドくんに殺されなきゃって、そればっかり。まあ立派な心掛けではあるかもねえ? ここと違って殺し殺されが身近にない世界から来たにしては」
「でも」と、わざとらしく勿体ぶる。人を苛つかせる才能がありすぎやしねぇか、このガキ。
「そこまで覚悟決めたくせにさ、たまーに、魔王がいなくなったこの世界で君と一緒に過ごしてる妄想とかしちゃってたわけよ。ほんと妄想ばっかりで嫌になっちゃうよねー」
「……おい、黙れよ」
「あ?」
イラついた声と同時に髪を掴まれる力が強くなる。……ハゲんだろクソが。
「それは、ニトが内側にしまってた感情だろうが。てめえが勝手に口にしていいモンじゃねえ」
「……あー、ジェイドくん、うれしくなっちゃった?」
「なにが……ぐっ!」
鳩尾につま先をお見舞いされた。息ができずに蹲る。必死に吐き気を堪えるオレに構わずヤツは好きに喋りだす。
「死ぬことしか考えてないクソ作家が、自分と一緒の未来を望んでたって知っちゃったもんだから、喜んじゃったんだよね? だってさっきのジェイドくんの目、希望を見出した主人公!って感じで最高だったもん」
蹲るオレの背中を何度も踏みつける。心底愉快そうな声とは裏腹に、踏みつける足からは苛立ちが伝わってくる。
「でも虚しくない? 実現しないんだよ? だって、あいつがそう書かなかったからねー。あいつ、自分で書いたくせにクソ作家だから忘れちゃったのかな。バカだから夢見ちゃったのかなー」
「……それの、なにが悪ぃんだよ」
吐き気を飲み込んで出した声は、掠れて弱々しくて、今にも消えそうな情けないものだった。でも言わずにはいられなかった。
それは、オレの夢でもあるんだよ。バカにしてんじゃねえ。
……それに、ニトがただ死にたがってたんじゃなくて、一瞬でもオレとおんなじ気持ちだったんなら……やっぱりオレだって諦められるわけねえだろ。
「あは。怒っちゃった? だっるー」
人をおちょくるような、ナメた口の利き方。わざとらしい笑顔。全身から溢れる余裕。完璧に最強の魔王そのもの。
でも、ずっと違和感があった。
「お前、オレのこと殺せないんだろ」
ムカつく笑顔が消えた。
「これはオレが魔王を倒す物語なんだよ。だから、お前は強制力のせいでオレを殺せない。違うか?」
だからいつでもオレを殺せるだけの力があるくせに、ダラダラとしょうもないおしゃべりにオレを付き合わせてたんじゃねえのか。
だから自分が原作者の力に逆らえないことに、ずっと苛ついてたんじゃねえのか。
「バレちゃったかー」
相変わらず声は軽い。でもその顔には一切の表情がなくて、不気味だ。
「そうだねー。この俺がさ、ただの死にたがりクソ作家が書いたシナリオにないってだけの理由で、雑魚ひとり殺せないのは、ちょっと納得いかないよねー。怒っちゃいますよねー」
淡々と話しながらオレの前にしゃがみ込んで、目線を合わせる。ニトのときはキラキラしていた瞳が暗く濁っていた。
「けど、ものは考えようだよ。ジェイドくん」
口元だけが笑う。言いようのない気分の悪さが胸の奥から湧き上がってくるのに、ヤツの暗い瞳から目が離せない。
「俺にジェイドくんは殺せない。ジェイドくんをバッドエンドにぶち込んでやれない。でも、それなら俺がどれだけ甚振っても、君は壊れないってことだろ」
……この気分の悪さが恐怖ってやつなんだろう。オレは今こいつに悍ましいことを言われてるんだって理解して、呼吸が浅くなった。逃げたいのに体が動かない。
「殺してくれって俺に縋りたくなるまで遊んでやるよ。ジェイドくんは、クソ作家のせいで死ねないことを恨みながら俺の遊び相手するおもちゃになるんだよ」




