13
体は軽くなった。なのに、自分のものじゃないみたい。
当たり前か。この体はわたしのものじゃない。
魔王の姿に戻ったわたしの体は、わたしの意思を無視してジェイドくんを攻撃し始める。
わたしは生前、ジェイドくんと人に化けた魔王が魔王城に辿り着くところまでしか書いていない。その後に起こる魔王戦の詳細は空白。
だからわたしがなにもしなくても、ジェイドくんがわたしを倒して簡単に終わることを……少しだけ期待していた。
でもそう甘くないみたいで、強制力で動かされるわたしは容赦なくジェイドくんを魔法で攻撃する。
ジェイドくんはなんとかそれを避けてくれているけれど、一発でも直撃したらいくら丈夫な彼でもただでは済まない。……避けきれずに掠ってできた傷が痛々しい。
時々だけれど、強制力に抵抗すると僅かな隙ができることがある。ジェイドくんの実力なら十分に一撃当てることができるはずだ。
それでもジェイドくんは体勢を立て直してこっちをじっと見つめるだけだった。
「ジェイドくん……本当に、ボクは大丈夫だから……」
わたしがちゃんと嫌われておかなかったから、やりにくいよね。
「クソッ……! ニト、お前さっきから弱音を吐くんじゃねえ! お前が大丈夫でもオレが大丈夫じゃねえんだよ!」
そうだよね……ごめんね。
最初から殺されるつもりで君に出会ったわたしと、一緒に魔王を倒そうとしてくれていた君じゃ、覚悟を決めるまでの時間が違いすぎる。
優しいジェイドくんが、ついさっきまで仲間だと思っていた男の子を殺さなきゃいけないんだもん。大丈夫なわけないよね。
それでもやってもらわなきゃ。わたしが死んだあと、しばらくは嫌な気持ちになるかもしれない。でも、それで平和になった世界を見たら、きっと君はこれでよかったって思えるはず。
だって、君は幸せになるって、わたしが決めたんだから。
「ううん……ジェイドくんは大丈夫。ボクを倒しても、ちゃんと幸せになるから。だか……ら……」
まるで水の中から足を引っ張られるみたいに、急速に意識が沈んだ。
……待って。まだわたし、ちゃんと役割を果たせていないのに……。
頭の中でやけにはっきりと声が響く。
『引っ込んでろよ、クソ作家』
……ああ、あなた、ずっとわたしの中にいたの?
―――
「ほらほら、もっとがんばって避けろー?」
連続で魔法を撃ち込まれる。
火、雷、氷。同じ魔法を続けて使うほうが圧倒的に楽なはずなのに、わざわざ別の魔法を使って。……完全に遊んでやがる。おちょくりやがって。
必死に走って、横に跳びのけて、床に転がって避ける。……無様なもんだ。こっちだけが消耗していく。
勝機なんて、まるで見えない。いや、そもそもオレにヤツを攻撃する気がないんだから当然だ。
あいつはニトを奥に押し込んだと言った。まだあいつの中にニトがいるんだ。チャンスがあったとしても殺すことなんて……できるかよ。
「いいねいいね、そのしぶとさ。さすが主人公サマ。そうこなくっちゃ」
……オレを主人公って呼ぶってことは、こいつは今までのオレとニトの会話を聞いていたのか?
ずっとニトの中で、あいつが死ぬ覚悟しながら旅してたことや、そんなことも知らないであいつとの旅を楽しんでたマヌケなオレを見ていたのか?
「ん? 怖い顔してどしたー、ジェイドくん? 疲れちゃった? 話聞こかー?」
「……ニトが体調悪そうにしてたのは、お前があいつになんかしたからなのか?」
……内側から魂を傷つけたりしてないだろうな。
魔族の魔法で魂を損傷して廃人みたいになった冒険者を、オレは何度か見たことがある。
「人聞き悪いな。クソ作家がへろへろしてたのは、抜き出しといた自分の魔力に当てられてただけだよ。魔力抜いてそこそこ時間経ってたからね。体が魔力ない状態に慣れてたんじゃね?」
「じゃあ……ニトは無事なんだな?」
「ジェイドくんの言う無事がどういう状態を言うのか俺知らんけどさ。とりあえずまだいるよ、ここに」
そう言って自分の胸のあたりを親指で指す。
「はい、じゃあ休憩終わりね! そんなボロボロなのにクソ作家のこと心配してあげるなんて、優しいねえ」
わざとらしい笑顔のまま、「反吐が出る」と続ける。
次の瞬間ヤツの姿が消えて、一瞬で目の前に現れた。
反射的に盾のように構えた斧に重い衝撃を感じた。見ると、ヤツの蹴り出した足を斧で受けていた。
……ガキの体で出していい威力じゃねえんだよ。
「魔法ばっか飽きただろ? それにジェイドくんはこっちのほうが得意そうだもんね?」
すっかり遊び相手認定されてるらしい。ムカつくけど、オレが生きてるのはヤツにまだ遊ぶ気があるからにすぎない。
こいつがオレに飽きたとき。それがオレの終わりだ。
……オレがこいつを倒す? どうしたらそんな奇跡が起きるっていうんだ。
ニト、こっからどんなご都合主義があるのかさっさと教えろよ。
……どんなめちゃくちゃな話でも、怒んないからさ。
だから早く起きろよ。オレはお前と一緒にハッピーエンドまでいくつもりで、ここまで来たんだから。




