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落ちこぼれ聖女の私が、わんこ系大魔法使いの最愛でした。  作者: 槙村まき
第二部 魔女

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第五章 愛されたいもの⑤

「申し訳ございません。お嬢様はお会いしたくないと申しております」

「様子だけでも確認させてもらえませんか?」

「……申し訳ございません」

「あの、それでは侯爵様や夫人には……」

「ご主人様と奥様も、お嬢様の気持ちが一番大切だと申していますので」


 申し訳ございません。

 門の前まで出てきた執事は、ここ一週間変わらぬ言葉を口にするだけだった。

 その顔は務めに忠実な無表情だったが、鋭い瞳はどこか目の前にいる男を軽蔑しているようでもある。

 これ以上食い下がっても印象が悪くなるだけだと、ベンジャミンはクレイン侯爵邸に背を向けた。


(今日も駄目だったな)


 一週間前に、エレノアからしばらく会わないほうがいいと言われた後から、毎日のようにベンジャミンは侯爵邸を訪れている。

 だがそのたびに門前払いを食らっている。執事のまたあなたですかという顔が忘れられない。

 執事からしたら、仕えている家のお嬢様が会いたくないと言っている相手だ。いままではエレノアがベンジャミンを気に入っていたから優しくしてくれたけれど、最近は情けない男を見るような目になっている。


 ベンジャミンには、執事や門番の目を掻い潜り門を突破してエレノアの部屋に突入するような度胸はなかった。テオドールなら魔法でどうにかしてしまうのだろうか。


 侯爵家の娘エレノアと、ベンジャミンの間にはどうしても身分の差がある。

 王宮魔法使いの身の上だけれど、まだまだ自分は彼女の相応しくないと思ってしまっている。

 ――でも、だからと言って、エレノアと離れたいわけではない。


(もしかして、これはいつものように放置されているだけなんじゃないかな。リスの姿になれば、エレノアもまた俺を受け入れてくれるんじゃない?)


 ふと思いついた考えを振り払うように、頭を振る。


(だめだ。今回は、いままでとは全然違う)


 あんなエレノアを見たのは初めてだ。

 ベンジャミンから見たエレノアは高値の花だ。手を伸ばすのを躊躇ってしまうほど、そこにいるだけで美しく輝いている。

 ベンジャミンは自分でも自覚しているほど、甲斐性なしだった。お見合いをするというエレノアを止められなかったほどに。


(もしかして、もうお見合い相手とはいい雰囲気なんじゃ……)


 再び頭を振る。想像したくない。

 エレノアには、ずっとそばにいてほしい。


(でも、こんな俺なんかじゃ……)


 はあ、と盛大なため息を吐く。

 エレノアと会えないと、もうひとつ別の不安が押し寄せてくる。

 獣化だ。

 前から、エレノアはリスの姿を堪能するためにマナの浄化を遅らせることがあった。あの時は、確か十日ほどで獣化していた気がする。

 つまり、猶予は少なくとも三日ほど。

 エレノアに会えないまま獣化してしまえば、もしかしたらベンジャミンは人間の姿に戻れなくなるかもしれない。身も心もリスになり、頬袋に好きな実を詰めて、わけもわからないままエレノアにもてあそばれる、ただのリスになってしまうかも。


(いや、いっそのことそれでもいいかもな。だって、俺はエレノアに見向きもされてないし、それなら一生リスの姿になったほうが、エレノアも喜ぶかも……)


 気落ちして、変な妄想までしてしまった。


(さすがに重症すぎるだろ、俺)


 背を伸ばそうとするがどうしてもうまくいかずに、とぼとぼとベンジャミンは王宮に向かった。

 そこで女性と見まがうほど美しい美貌を持った師匠の姿を見た瞬間、救世主のようにとある少女の姿を思い出したのだった。


(レベッカちゃんなら、何か知っているかも)


 その後、師匠にレベッカに会いたいと伝えたら、心底嫌そうな顔をされてしまったのだけれど。



    ◇◆◇



 今日は珍しく、昼前にテオドールが返ってきた。一人ではなく、ベンジャミンの姿もある。

 応接間に通されたベンジャミンは、どこか疲れた顔をしているようだった。いつもの朗らかさがなく、目の下に隈ができている。


「レベッカちゃん。最近、エレノアがどうしているのか知ってるぅ?」

「最近は、会っていないのでわからないですけど……。何か、あったんですか?」


 ベンジャミンの表情がここまで暗いのを目にするのは初めてだった。


「それが……。どうやら俺、エレノアに嫌われてしまったみたいなんだ……」


 そんな馬鹿なとレベッカは思ったが、ベンジャミンは暗い声音で話を続ける。


「距離を置きましょうって言われて……。それで、しばらく会わないほうがいいと思うって」

「エレノアがそんなことを言っていたんですか?」

「そうなんだ」


 ベンジャミンは何度もエレノアに会うために侯爵邸を訪問しているようだが、門前払いされているようだ。顔を会わせるのも嫌みたいなんだよぉ、と嘆いていた。


 二人の仲が良いのは傍から見てもわかっていたことだ。

 だからどうしてエレノアがベンジャミンを避けているのかはわからないけれど、もしかしたら花街から帰ってきたときに話したことが関係しているのかもしれない。


「……ベンジャミンさんって、年上が好きなんですか?」

「どういう意味!?」

「エレノアが言っていました。自分が子供っぽいから相手にされないんじゃないかって」

「そ、そんなこと……!」


 勢い良く立ち上がったベンジャミンが、何かを言いかけてすぐに座る。


「……最近、エレノアが変だった理由がわかったよ。だからあんなこと……。でも、どうしてそんな勘違いしているんだか」

「浮気してるかも、とも言っていましたよ」

「してないよ!?」


 またもやベンジャミンが勢いよく立ち上がる。今度は鼻息まで荒く、座ることなくこぶしを握り締めている。


「エレノアがいるのに浮気だなんて、そんな恐れ多いことできないから!」

「ベンジャミン。何か、疑われるようなことでもしたのですか?」


 テオドールの問いかけに、ベンジャミンが思いっきり首を振る。


「してませんよぉ。てか師匠、そんな憐れむような目を向けないでくださいよぉ。心当たりなんて何もないですし、師匠だって知っているじゃないですかー。俺が最近調査のために師匠と――」


 テオドールが指を動かすと、ベンジャミンが口を押えた。

 うーうー唸っているが、言葉になっていない。なぜか突然話せなくなったようだ。

 またもやテオドールが指を動かす。

 ぷはーと息を吐いたベンジャミンが、恨みがましい視線をテオドールに向ける。でも、さっきの言葉の続きは口にしなかった。


 ベンジャミンはソファに腰を下ろすと、祈るように手を組み合わせた。


「レベッカちゃん、お願いがあるんだけど、ひとつ頼まれてくれないかな?」

「いいですよ」

「あまり安請け合いはしないほうがいいですよ。きっと、ベンジャミンの自業自得です」

「でも、困っているのなら助けてあげたいです」 


 どうしてエレノアとベンジャミンの関係がこじれてしまったのかわからないけれど、もし力になってあげられることがあるのなら、手伝いたいと思うのは友人としても当然だろう。

 隣に座っているテオドールが、レベッカの手を握ってくる。


「レベッカさんは優しいですね。僕にも手伝えることがあれば、なんでも言ってください」

「テオドール様って、俺には意地悪ですよね。俺がレベッカちゃんに会いたいって言ったら、嫌そうな顔していましたし。いつも、冷たいですし」


 抗議するような視線を、テオドールは涼しい顔をして見返している。


「レベッカさんは特別ですからね。あなたとは違うんですよ」

「不公平だー!」


 ベンジャミンは文句を言うが、その態度は茶化しているようでもある。


 レベッカは、テオドールの手を握り返す。

 銀の瞳と見つめ合っていると、見てられないとばかりに手で目を覆ったベンジャミンが、弱弱しい声を出す。


「そ、それでお願いだけどさぁ。エレノアに、手紙を渡してほしいんだ」


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