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落ちこぼれ聖女の私が、わんこ系大魔法使いの最愛でした。  作者: 槙村まき
第二部 魔女

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第五章 愛されたいもの④

「なあ、テオ。オレは自由になりたいんだ。この国だけではない。すべての世界を旅して、もっと多くのことを知りたい。だから、魔法使いになりたかったんだ」


 魔法使いは王国の財産で、そう簡単に外に出ることはできない。

 特に《最愛契約》をしてしまえば、《最愛》と国に縛られることになる。


 それだけは嫌だと、赤い髪の兄弟子はぼやいた。


「この国は豊かだけれど、不自由だよ。特に魔法使いと聖女にとっては」

「っ、それは」

「ああ、言っちゃいけないことだろ? だが、いまここにはオレとあんたしかいない。だからこれは内緒だぞ」

「……うん」


 同じ師匠の下で教えを乞う兄弟子は、明るく活発で、歯を見せて笑う姿にテオドールは憧れていた。

 穏やかで自分の聖女を大切(・・)にしている師匠とも、他の魔法使いとも違う。

 テオドールよりも小柄なのに、何よりも大きく壮大な夢を持っていて、常にテオドールを先導してくれる。


「《最愛契約》なんてなければいいのにな」

「……でも、それだと」

「そうだよなぁ。《最愛契約》をしないと聖女は神殿から出られないし、魔法使いに至っては獣化して、一生獣のままになってしまう。……やっぱり、不自由だよ」


 腕を組んだ兄弟子は、どこかしみじみとそう言った。


「聖女がいなくてもマナの浄化ができればいいのになぁ。……そもそも昔は」


 兄弟子の言葉を、テオドールは名前を呼ぶことによって遮る。

 魔塔では、昔の歴史を学ぶことはできるけれど、それを気軽に語ることはタブーとされている。

 それは、数百年前にあった陰惨な歴史のせいだ。


「わかってるよ、テオ。……でも、オレはもっと学びたいんだ」


 昔の歴史を学んでいる時、誰よりも悲しそうにしていた兄弟子。

 夢を語っている時は目をキラキラとさせていたけれど、やっぱりどこか寂しそうな顔をして微笑んでいた。

 その時だけ、なぜかテオドールと兄弟子の間には、見えない壁のようなものがあるように感じていた。



    ◇



「もしかして、この方があなたの《最愛》の魔法使いですか?」


 赤い髪の女性を見た瞬間、テオドールはなぜか兄弟子のことを思い出した。

 悠然とした笑みを見せる女性は、兄弟子とは似ても似つかない。

 兄弟子は歯を見せて活発に笑っていたし、そもそも性別が違う。


(髪色が、同じだからでしょうか)


「私の《最愛》の魔法使い、テオ様です」

「テオドール・マクレイです。……失礼ですが、あなたは?」


 女性とレベッカが知り合いなのだということにはすぐに気づいた。

 いまいち掴みどころのない人だった。それは悠然とした笑みのせいなのかもしれない。


「ベラと申します、マクレイ様。レベッカとは孤児院時代の知り合いでして。……あ、もしかして、レベッカからは聞いていませんでしたか?」


 ベラと名乗った女性は緩やかに礼をすると、問いかけるような瞳を向けてくる。

 その瞳は、やけに鋭く、まるでテオドールを見定めているようでもあった。


「前に話した、私がお世話になったシスターですよ。神殿に行く前に、自分を強く持って生きていくのですよ、と言ってくれた」

「……もしかして、失踪したという?」

「そうなんです。久しぶりに孤児院に行ったら、偶然再会したんですよ。いまはシスターは辞めたみたいですけど」


 レベッカが暮らしていたという孤児院に初めて足を運んだ時、彼女から聞いた赤い髪の変わったシスターの話を思い出す。

 教会の奉仕をさぼったり、神の愚痴を言っていたり、シスターらしくないシスターだと言っていた。レベッカにとって恩義のある人だと。


「……そうなんですね」


 瞳をキラキラとさせて語るレベッカを見て、テオドールは目を細める。


(レベッカさんにとって、大切な人なんですね)


 前にレベッカから話を聞いた時にも思ったことだ。このベラという女性は、レベッカの芯の部分に深く入り込んでいる。

 神殿でも、心が折れそうになった時に、ベラの言葉が彼女を救ってくれたと言っていた。


「どうして、シスターを辞められたのですか?」


 きちんと手続きをすれば、シスターを辞することは可能だ。

 それなのに、彼女は確かある日突然、グレースに何も告げることなく失踪したらしい。


「少しだけ、外の世界を見てみたくなったんです。旅をするために国を離れたのですが、路銀が足りなくなって戻ってきてしまいました。一人旅は、うまくいかないものですよねぇ」


「外の世界……」


 目をキラキラとさせて外の世界に夢を見ていた兄弟子の姿が再び脳裏によみがえる。


「あ、念のために言うと、ちゃんと退会届は用意したんですよ。まあ、シスター・グレースはそれを受理しなかったようですが」


 ふふっと笑みを漏らす姿は、やはり兄弟子とは全然違う。


「それで、マクレイ様ですよね。大魔法使いの。まさか、レベッカの《最愛》があなただということには驚きましたが、こうして話してみると悪い人ではなさそうですね」

「テオ様は、とても優しい人ですよ」


 レベッカに手を握られて、テオドールは自然に笑みをこぼす。


「ふふ、レベッカの笑顔を見ていればわかりますよ。……ねえ、マクレイ様」


 呼ばれて顔を上げると、穏やかな笑みを浮かべながらも、ベラはまだ見定めるような瞳をしていた。


「レベッカはあなたの《最愛》である前に、ひとりの女性です。自分の《最愛》だからと言って彼女の気持ちを無視したり、閉じ込めたりしないで、彼女を尊重して大切にしてくださいね」


 テオドールは、《最愛》の聖女を失って、狂った男を知っている。

 自分の《最愛》を閉じ込めて、それを愛だなんだと抜かしていた。

 昔は憧れていたが、いまは軽蔑すら覚えている人だ。

 あの男のようには絶対にならないと、テオドールはすでに誓っている。


「もちろんです。レベッカさんのことは何があっても大切にします」

「絶対、ですよ。……絶対に」


 ベラは念押しするように言った。

 繋いでいる手がさらに強く握られて、テオドールは自分の《最愛》と目を合わせる。


 見つめ合って微笑むその瞬間が、いちばん心が安らぐ気がした。



    ◆◇◆



 テオドールたちと別れると、ベラは懐かしい思い出にひたりながら道を歩いていた。

 もうあの日に戻れないと知っているのに、思い出はどうしても色褪せない。


 幸せだった日常に、ひびが入ったのはいつだったか。

 少なくとも最初のひびは十歳の頃だった。

 あの日、ベラの日常は大きく変わった。

 そしてもうひとつの転換点は、きっと逃げ出した日だ。

 逃げるときは、これからはきっと自分の思い通りの人生を歩めるのだと思った。

 好きなことをして、好きなものを学んで。


(――でも、無駄だった)


 シスターとして過ごした日々は二年と短かったけれど、幼い子供たちとの触れ合いはベラを救ってくれた。

 神に祈るのは苦痛で、シスターの奉仕はめんどくさく、それでもグレースはベラのことを気にかけてくれて、子供たちは慕ってくれた。


 でも、ベラはまた逃げた。


 国を出て旅をしていたのは本当だ。路銀がなくて困ったことも。

 アーニアール王国は、魔法で繁栄している国だけれど、それは魔法使いと聖女の《最愛契約》がなければ意味をなさない。

 その異様さを、国の外で突きつけられた。


「……はあ、考えていても無駄よ。まずは、探さないと」


 首を振って思い出を振り払うと、ベラは花街に向かった。


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