ハートブレイク
目が覚めると昼頃だった。
僕はしばらくベッドの中で、
ボーッとしながら考えた。
[次にあの惑星に行ったら、たぶん
戦闘になる。ミュレーナ姫を助けな
きゃ]
って、僕は強く思った。
でもカミュが『ジューク塔の聖戦』
って言ってたのを思い出し、僕は
可笑しくなった。
あの時僕は、ただ怒りに任せて
暴れただけなのに・・・。
目が覚めると、現実感がだんだん
希薄になってくる。
物音がしないから、たぶん母さんは
買物に出かけたのだろう。
土曜日になると、母さんは必ず
一週間分の食料の買い出しに行
くから。
[待てよ、土曜日? ヤッべー、
美緒ちゃんから連絡来てるかも!」
僕は慌ててベッドから起き出し
充電してた机の上の携帯を手に
取った。
でも着信は電話もショート
メールもどちらも入って無
かった。
僕は昨日、美緒ちゃんにラブレター
を渡した時のことを思い出し、いて
も立ってもいられない気持ちになっ
てきた。
美緒ちゃんの驚いた顔と、手紙を受
け取ってくれた時の笑顔が目に浮か
んだ。
美緒ちゃんはもう僕の手紙を読んで
くれてるはずだ。
[美緒ちゃんは何て思っただろう?]
と考えると、僕は体中がカッと熱く
なるくらい恥ずかしくなってきて、
ベッドの上で枕を抱きしめてしばら
くもがいてた。
でもバカバカしくなってきて、
僕はリビングに行って遅めの
朝食をとったんだ。
土日は、僕がいつも昼頃起きるから、
母さんはテーブルに食事を作って置い
といてくれる。
僕は漠然としながら食事した。
ご飯を噛んでは、
「ハーッ」
味噌汁を飲んでは、
「アーッ」
って、ため息をついた。
ソワソワしてどうにも落ち着かない。
昨日、家に帰ってからもそうだった
けど、胸の辺りが何だかムズ痒い。
時々、胸がズキンとして痛いような
感じもある。
美緒ちゃんに自分の気持ちを伝えられ
た喜びと彼女からの返事に対する期待
と不安が一緒くたになって、笑いたい
のか泣きたいのか、分からない気分に
なってきた。
一人でウジウジしてても仕方がない
から、僕はいつも通り図書館に行っ
て勉強することにしたんだ。
自習室で問題集を解いてると、
だんだん気分が落ち着いて来た。
[なるようにしかならない]
と思った。
僕は頭の中で次のようにシュミ
レーションしてみたんだ。
パターン1
〈美緒ちゃんに振られた場合〉
「ごめんなさい、翔太君の気持ち、
私とても嬉しかった。でも私、他に
好きな人がいるの」
「そうですか、アハハ、了解です。
そんな気がしてたんだ。あんな手紙
渡してごめんね、お幸せに」
と言って、さりげなくその場を去る。
パターン2
〈美緒ちゃんがOKの場合〉
「翔太君、私も実はあなたのことが
ずっと好きだったの。手紙もらって
私、とても嬉しかった。これから、
よろしくお願いします」
「美緒ちゃん、僕今凄く嬉しいよ。
天にも昇るような気持ちだよ。これ
から二人で幸せになろうね」
と言って、僕は美緒ちゃんを抱き寄せ
キスをする。
パターン3
〈美緒ちゃん回答保留の場合〉
「翔太君ごめんね。私今大学受験や
将来の進路のことで頭が一杯なの。
だから、恋愛はまだ無理。それに、
ウチの両親って厳しくて、二十五歳
まで恋愛禁止なの」
「そっかー了解です! そんな気が
してたんだ。ごめんね、あんな手紙
渡しちゃって。それじゃあ、もし、
二十五歳になった時、他に好きな人
がいなかったら、僕と付き合って下
さい。お互い大学受験頑張ろうね!」
と言って、美緒ちゃんの志望校などを
聞き出す。
でも、美緒ちゃんからの回答は、
この中のどれでも無かったんだ。
◇◇
僕は悶々としながら土日を過ごした。
五分おきに携帯の着信を確認した
けど、美緒ちゃんからは何の連絡
も無かった。
一度、大斗が電話して来たけど、
僕は慌て過ぎて携帯を落っことし
そうになったんだ。
家に帰る度に郵便受けを何度も
確認してみたけど、美緒ちゃん
からの手紙は入ってなかった。
僕はだんだん不安になってきた。
[バイトの面接なんかでも、OKの
場合は直ぐ連絡来るしなあ。二日も
経って何の連絡も無いってことは、
もうダメかな?]
って、日曜の夜には少し諦めかけた。
手紙には、
『何のご連絡も無い場合は、
キッパリと諦めます。』
って書いたけど、美緒ちゃんの性格
からすると、何らかの連絡はあるは
ずだと思ってた。
[振られるとしても、たぶんお礼の
メールくらいは来るんじゃないか]
って。
たけど僕も前に、紗希ちゃんから告白
された時は、断わるのが本当に申し訳
なくて凄く困った経験があったんだ。
あれは、高校に入学して直ぐの頃、
同じクラスの紗希ちゃんが放課後、
女友達を通じて僕を校舎裏に呼び
出したことがあった。
僕は彼女の告白を聞いて、
「紗希ちゃん、ごめん。僕、他に
好きな人がいるんだ」
って言ったら、紗希ちゃんはその場に
しゃがみ込んで泣き出したんだ。
女友達が直ぐ駆け寄って来て、彼女を
慰めてたけど、あの時のバツの悪さと
言ったらなかった。
まるで自分が裁判官にでもなって、
死刑宣告を言い渡したかのような気
まずさ。
僕はその場に居たたまれなくなって、
「紗希ちゃん、ごめんね」
って言って、逃げるようにして家に
帰ったんだ。
紗希ちゃんは美人じゃないけど、
男好きのする可愛いタイプの女の子。
今は僕の女友達。
学校で会うと挨拶したり、
たまに立ち話したりする。
僕は美緒ちゃんに、ああいう
思いはして欲しくなかった。
だから最悪の場合、
[美緒ちゃんが断わるのが面倒だっ
たら、何も連絡しなくて良いよ]
って言うメッセージを込めて、
ああいう風に書いたんだ。
たぶん美緒ちゃんは、告白されるの
慣れてるはずだから、ああいう風に
書けば、直ぐに意味を理解してくれ
ると思ったんだ。
[やっぱり、断りにくいのかなあ。
ひょっとしたら、本当に何の連絡も
来ないかもしれない。さすが、美緒
ちゃん]
って、僕は妙なところで感心して
しまった。
だけど、こうも思ったんだ。
[美緒ちゃんって、少し天然だから
なあ。手紙には、『今日から一週間
ご返事お待ちしています。』って書
いたから、美緒ちゃんは今頃、一生
懸命返事を書いてるのかも知れない。
僕だって、あのラブレター書くのに、
一カ月もかかったし。よく考えてみ
ると、いきなりあんな手紙貰ったら、
誰だって困るはずだよな。美緒ちゃん
は今頃、絶対悩んでるに違いない]
って。
結局、後の考えの方が僕の結論に
なった。
それで僕は、頭の中でまた妄想して
しまったんだ。
パターン4
〈美緒ちゃんが迷ってる場合〉
「翔太君、この間は手紙ありがとう。
私凄く嬉しかった。でも私まだ自分の
気持ちがよく整理できてないの。私も
翔太君のことが好きよ。だけど付き合
うってどういうことなのか、私よく分
からないの。もう少し考えさせて」
「美緒ちゃん、ありがとう。僕、その
言葉を聞けて凄く嬉しいよ。僕も正式
に女性と交際したことが無いから、
ハッキリ言って付き合うってどういう
ことなのか、僕もよく分からない。
だけどそんなの、これから二人で考え
て行けばいいんじゃないかな。とにか
くお互いに心と心が通じ合っていれば
僕はそれだけでもいいんじゃないかと
思うよ」
すると美緒ちゃんは、ハッとしたよう
に顔を上げ、尊敬の眼差しで僕を見つ
めるんだ。
僕は美緒ちゃんを優しく抱きしめ、
彼女の唇にキスをする。
そして僕は、みんなにこう宣言する
んだ。
「クラスのみなさん、いや学校中
のみなさん、どうかご安心下さい!
鏑木美緒さんは、この 山野翔太が
もらいました! 僕は絶対に美緒ち
ゃんを幸せにしますっ!」
すると、直輝と聖也が凄く悔しそう
な顔をするんだけど、大斗がこう言
うんだ。
「翔太、俺も悔しいけど、お前だっ
たら、仕方がないかなって思う。
絶対に美緒ちゃんを泣かせるなよ!」
そしたら、
「ツイッターで経過報告しろよ!」
「逆玉かよ、チクショウ!」
「やられたー、超悔しい!」
「ヤッベー翔太、マジかっけえー!」
とかって、次々に色んなヤジが飛ぶ
んだ。
だけど最終的には、みんな僕と美緒
ちゃんの周りに集まって来て、拍手
で祝福してくれるんだ。
だから僕は月曜の朝、期待と不安
に胸を膨らませながら学校に行っ
たんだ。
玄関を出る時、
「母さん、僕これから学校に行って
来るよ!」
って言ったら、気合いが入り過ぎて
大声になっちゃった。
母さんは驚いた顔をして、
「えっ? ああ、行ってらっしゃい」
って言ってた。
◇◇
だけど、美緒ちゃんはその週、
一度も学校に来なかったんだ。
気合いを入れて学校に行ってた
僕は拍子抜けしちゃった。
待てど暮らせど、美緒ちゃんが
学校に姿を見せないんで、僕は
とうとう水曜日に彩芽ちゃんに
聞いてみた。
彩芽ちゃんは美緒ちゃんと同じ
クラスなんだ。
「月曜日の朝、美緒の親ごさんから、
担任の先生に電話があったらしいの。
美緒、体調が悪いから今週一杯お休み
するって。私も心配で、美緒の携帯に
ラインとかメールで連絡してるんだけ
ど全然繋がらないの」
って、彩芽ちゃんは言ってた。
僕の携帯にはもちろん何の連絡も
無かった。
郵便受けにも、美緒ちゃんからの
手紙は来てなかった。
◇◇
やがて木曜日が来て、僕が美緒ちゃん
にラブレターを渡してからちょうど、
一週間が経った。
木曜の晩、僕は時計の針が十二時を
回るまで携帯の前で美緒ちゃんから
の連絡を待ったんだ。
でも結局、彼女からは何の連絡も
無かった。
僕が妄想したパターン1から4は
全てハズレてしまった。
『事実は小説より奇なり』
って言葉が頭に浮かんだ。
そして僕は、こう思って後悔した
んだ。
[一週間なんて、期限を区切らなけれ
ばよかった。美緒ちゃんにしてみれば
突然あんな手紙を渡されて、一週間で
人生の重要な問題を決めてくれって迫
られてるようなもんだからなあ。多分
美緒ちゃんは真面目だし、優しいから
相当悩んだと思う。僕は美緒ちゃんの
ことを、本当に好きだったのかな?
本当に美緒ちゃんのことを大切に思う
んだったら、いきなりあんな重い内容
の手紙を渡すべきじゃなかった。僕は
美緒ちゃんよりも自分の気持ちを優先
し過ぎたんじゃないか? 自分の気持
ちに早く決着をつけたかっただけじゃ
ないのか? もっと彩芽ちゃんとか、
大斗とかに頼んで、みんなで、ディズ
ニーランドとか、いろんな場所に行っ
て、グループ交際みたいな感じから始
めればよかった。大斗が協力してくれ
たかどうかは分からないけど。僕は、
本当に馬鹿だった。一人よがりなナル
シズムにかられてあんな手紙を渡しち
ゃったんだから。美緒ちゃんゴメン]
って思ったら、涙が出て来た。
僕は取り返しのつかないことをして
しまったんだ。
美緒ちゃんは僕が手紙に書いた通り、
本当に何の連絡もして来なかった。
美緒ちゃんが僕の気持ちに対して
『NO』という判断をしたのは、
間違いなかった。
これが美緒ちゃんの回答だし、
僕に対する思いやりだと思った。
実際、僕も美緒ちゃんから面と向
かって断られるのが怖かったんだ。
本当に見事な対応だと思ったし
素晴らしい女性だと思って僕は
ますます惚れ直したんだ。
だけど、今さら謝ってグループ交際
から始めて下さいなんて言えないと
思った。
だって、僕の手紙のせいで、
美緒ちゃんは一週間も学校を
休んでしまったんだから。
手紙に書いた通り、僕はキッパリと
諦めようと思ったんだ。
そしたら、ますます涙が溢れてきて
僕は自分の部屋で枕を抱えて、随分
長い間泣いてた。
◇◇
不思議だったのは、その日床に就いた
後だったんだ。
例の金縛になって、僕の体の中身の
部分がブルブル震え出した。
[またあの惑星に行くのかな?]
って僕は思ったけど、その日は僕の
もう一つの体が肉体から半分だけ抜
け出して、ベッドの上に上半身だけ
身を起こした状態になったんだ。
体の震えはもう止まってた。
[いつもと違うなあ]
と思って辺りを見回すと、窓の所に
美緒ちゃんが立ってたんだ。
美緒ちゃんの姿はカーテンから漏れ
てくる街灯の光に照らされて、表情
までよく見えた。
彼女は僕を見て、少し悲しそうに
笑ってた。
「美緒ちゃん?」
って僕が言うと、彼女はフッと消え
たんだ。
その瞬間、僕の魂もまた元の肉体に
戻った。
僕はベッドから抜け出して、部屋の中
をもう一度肉眼で見て回った。
カーテンを開けて窓の外も見たけど
美緒ちゃんの姿はどこにも見当たら
なかった。
幻覚だとは思わなかった。
[今のが生霊って言うのかな?]
って僕は思った。
普通なら恐がるところだけど
美緒ちゃんの魂が心配して、
僕の所まで来てくれたんだと
思うと、僕は嬉しかった。
「美緒ちゃん、ありがとう」
って僕は声に出して呟いたんだ。
そして、僕は安心してまた眠った。
結局その日、僕はあの惑星には行か
なかった。
◇◇
翌日は金曜日で、僕は学校もバイト
も休んだ。
何もやる気が起きなかったんだ。
風邪をひいて熱が出たことにした。
バイト先には自分で電話したけど
学校には母さんから電話してもら
った。
母さんは心配して、母さんの勤めてる
病院で診てもらえってずいぶん勧めて
くれたけど、
「大丈夫だから!」
って言って、僕は断った。
母さんも最近、僕の様子が変だった
んで、仮病だとは薄うす感じてたみ
たい。
でも母さんは、うるさいことは何も
言わなかった。
美緒ちゃんには振られちゃったけど、
僕は母さんと二人だけで生きて行こう
と思った。
ズル休みなんか、これまでの人生で
一回もしたことがなかった。
だけど今日くらいは良いんじゃない
かと思ったんだ。
だって今日は僕の失恋記念日だし、
美緒ちゃんも学校休んでるし。
それに僕には今日、一つだけ、
やらなければいけない事があっ
たんだ。
それは、美緒ちゃんにお詫びの手紙を
書くことだった。
『美緒ちゃんゴメン、あんな一人よが
りな手紙を渡しちゃって、あなたの気
持ちは良く分かりました。僕はキッパ
リと諦めます。だから僕のことなんか
気にしないで、どうかこれまで通りの
あなたでいてください。月曜日、あな
たが学校に来てくれることを、僕は心
の底から願ってます。』
手紙っていうよりは、メモ書きだった
けど、僕は封筒にその便箋を入れて、
封筒の表に宛名を、裏に自分の名前を
書いた。
そして、美緒ちゃんの家の大きな門の
所にある郵便受けに入れたんだ。
美緒ちゃんの親に見られても、
構わないと思った。
僕は美緒ちゃんの携帯番号も知らな
かったし、ラインも繋がってなかっ
たから、そうするしかなかったんだ。
彩芽ちゃんに頼むのも気が引けたし。
僕はゆっくり散歩しながら、
家に帰った。
季節は六月で梅雨時だったけど、
その日は天気が良くて、じっとり
と汗ばむほどだった。
途中、美緒ちゃんと一緒に通ってた
中学校や小学校を見て歩いた。
見慣れた景色のはずなのに、学校の
周りに植えられた紫陽花や、桜の木
の若葉がやけに眩しく見えた。




