1997年 誘蛾灯(3)
冬の風が冷たさを帯びる頃には、ぼくと前田くんとの仲は良くなっていった。版画を褒められたことも大きいが、彼の性格もぼくに合っていると思う。
「なぁなぁ、進路とかどうすんの?」
受験が近くなり、前田くんは授業に顔を出す日が多くなった。今さら辻褄が合うかどうか、甚だ疑問だが、それは口に出さないことにする。
「担任には、ニシコーを進められました。……私立は受けないんで。前田くんは?」
工業高校であるニシコーは、内申が多少足りなくても入れることで有名だった。不良が多いという噂も多々あり、今は新しい校舎を作ることで改善しようとしているらしい。プレハブ校舎で授業をしている今は、絶好の穴場でもあった。
そして、なにより憧れだった学ランの制服だ。昔、行くはずだった公立中学が、黒いそれだったから、一度着てみたいと思っていたのだ。
「俺はなぁ……どうでも良いや。どうせ俺は明日か、よくて明後日のことしか考えてねーし」
この時期になってもマイペースな前田くんは、正直楽しそうだと思った。
ぼくは過去か、もしくは下らない未来ばかりを見て、現在に絶望していた。本当はもっと、少なくともぼくが思っているよりは、今はキラキラしているのかもしれない。
土手の風は冷たい。授業をサボったずっと先には、きっと湘南の海がある。遠くで聞こえるパトカーの音と、川の流れの不協和音に、ぼくは顔をしかめた。
「おう、飲み物買ってきたぞ。……コーラだったよな」
「ええ、ありがとうございます」
受験が近づいた所為か、はたまた何かの心変わりが起きたのか、前田くんは髪の色を黒に戻していた。耳のピアスはそのままだったが、随分減った。
慎重に缶を開けて、口をつける。ほどよい甘味と痺れる感覚にぞくぞくし、それは感慨深くもあった。
元々、甘いものが好きというわけではなかった。しかし二年も甘味の類いを口にしないと、どうしても欲しくなってしまう。
「しかし寒いなぁ、うち寄ってく?」
おしるこの蓋を開けながら前田くんが言う。おしるこは、冷やしたほうが羊羹みたいでおいしいのに、どうして暖めた状態で売っているのか甚だ疑問である。
「いえ、あの……おれはもう――」
「まぁそう言うなって」
隣に潰れた学生鞄を置いて、ぼくの鞄を掴む。仕方なく、ぼくは前田くんの鞄を持つことにした。
「鞄重ッ! 何入ってるんですか?」
「ん、鉄板だけど」
教科書の代わりに入れているんだろうか? 全くもって意図は分からないが、どこか得意気な良輝くんに、ぼくはもなに言えなかった。
「あ、タバコ、吸う?」
おもむろに取り出したそれは、見覚えのあるマルボロで、思わず手が伸びそうになる。
「いえ、もう止めたんで」
伸ばしかけた右手で軽く制して断る。保護観察中にそんなことをしたらどうなるか分かったものじゃない。




