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飛光少年A(17)  作者: つなかん
独り虫の興奮性蛾
22/31

1997年 誘蛾灯(2)

 転校して三日も過ぎると、新しい学校にもだんだん慣れてくる。隣の席は相変わらず空いていたが、その持ち主についての情報は、断片的ながら知ることができた。

 彼は元々は野球部のエースだったが、怪我をして退部を余儀なくされたらしい。そこまでは良いのだが、どうやらそれがきっかけでグレてしまい、あまり学校来ていないようだ。

 まぁしかし、そんなことはぼくには全く関係がない。ぼくにとって今一番大事なことは職員室辿り着くことだった。

 進路についての話し合いをするのは良いが、さすがに三日間で学校全体の地理を把握するのは、いくら記憶力に自信のあるぼくでも難しい。

 一階にあることだけは分かっているのだが、いかんせん広い学校なので、探すには難儀する。

「危ない!」

 遠くでそんな声がした。何がどう危ないのか理解できなかったが、直後に訪れた顔面への衝撃で、それがなんの意図で発せられた言葉であったのか、すぐに分かった。

 ふらりとよろめいて、咄嗟に目を瞑り、壁に手をついた。だらりと生暖かい液体が鼻先を流れる感覚に身震いする。

「おい、大丈夫か?」

「ええ、なんとか」

 近くで聞こえる声に返事をしながら薄目を開く。ぼんやりとした視界の中、遊びで使う大きめのボールの輪郭が見えた。

「雨だからな、たまにいるんだよこういうの」

 呑気な口振りでそう言いながら、その人物はぼくのほうを見た。

 ――とは言っても、ぼやけた視界ではそれもはっきりしない。おそらく、先ほどの激突で、眼鏡が外れてしまったのだろう。

「お前、血出てるぞ。しかも頭から……マジで大丈夫かよ」

 親切にもその言葉の主は眼鏡を探しだしてくれたようで、手元には慣れた感触が触れた。

「あ。俺、前田。前田良輝(よしてる)

「木場透です」

 明瞭になった視界で前田くんを見上げる。明るく色を抜いた髪に、いくつものピアス。改造したと思われる制服は、ぼくが着ているものと同じとは思えないほどだった。

 いつ殴ってくるか分からない印象の彼だったが、そんな素振りを見せるどころか、反対にハンカチを差し出してきた。

「あんまりボ―ッとすんなよ。だいたいこんなとこになんの用だよ。なんもねェよ、ここ」

「あの、職員室に……」

「反対方向だぞ。なにお前、一年?」

「いえ、三のGです」

 どうやら見かけによらず親切な人のようだ。この人なら職員室までの道を教えてくれるかもしれない。

「同じクラスじゃん。誰お前、知らないんだけど」




 授業をサボりがちな前田くんも、家庭科や美術、特に体育なんかの授業の出席率は良い。短い金髪を靡かせて走る短距離は、クラスで一位二位を競うほどだった。

「なぁ、下書きしなくていいのか?」

 クラスだけでなく美術の机も隣だとうんざりする。版画の下書きは、ぼくにとって無意味な作業なのだけど、それを指摘されるのは嫌だった。いつの日か、からかわれた小学生時代を思い出す。

「関係ないですよね」

 強く彫刻刀を握った。馬鹿にされたわけではないのに、なぜか腹がたった。

 何かを壊したい衝動に駆られ、恐ろしい想像は悪いほうへ悪いほうへと一人歩きを始める。

 大変な疑心暗鬼に陥った。恐怖で背筋が冷え、冬の冷たい風が一段と身に染みる。胃のあたりが急に重くなり、しっかり呼吸を繰り返しているのに息苦しい。目頭が熱くなり、全身に震えが走った。鼻を啜って涙を拭く。眼鏡が引っ掛かって上手くいかず、指先が焦燥で震えた。

 昔は、あんなにも外に出たいと思っていたのに、今はなんだかもて余してるような気がする。相変わらず地面に足がついておらず、ぼくは不安定なままだった。

「何も泣くことないだろ、みっともねェなぁ。いいじゃん、凄ェじゃん」

 前田くんはぼくの気も知らないであけすけに言う。絵のことで褒められたのは始めてだったので、なんだかくすぐったいような気持ちになった。

「……ハンカチ、返す。あのときは、どうも」

 ぼくはポケットから取り出したハンカチを彼に返した。

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