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第4話:保身の代償

時に、勝負はあっけなく決まる。


ソソリア側の本隊2万6,901隻。その全艦から一斉に放たれた主砲・最大主砲の光弾とビームの束は、宙域を覆う[散布用ヘリオス粒子]の影響で威力を減衰させながらも、なお圧倒的な破壊力を保持していた。

シールドを発生させられず、身動きすら取れない共和国艦隊へ、その破滅の光線が次々と突き刺さる。


「第2154小艦隊、第2133小艦隊、第212普艦隊、第2134065最低規模艦隊…さらに複数艦隊が完全に全滅! なおも被害は拡大中!」


総旗艦『茶金(さきん)』の指揮司令室に、オペレーターの絶望的な悲鳴が響き渡る。

この場にいる全員――いや、この戦闘に参加している共和国側の全兵士が同じ言葉を脳裏に浮かべていた。


(……もう、終わりだ)


シールドを張ることもできず、回避も叶わない。下手に艦体を反転させて敵を撃ち落そうとすれば、回頭の隙を突かれてさらに被害が跳ね上がる。まさに手も足も出ない絶望的状況だった。


何もできぬまま仲間たちが宇宙の塵へと変えていかれる中、氷動八多喜(ひょうどう はたき)はなりふり構わず叫んだ。


「メインエンジン点火! 最大船速で敵の射程外へ脱出せよ! この霧さえ抜けてしまえば、敵の作戦など瓦解する! 多少エンジンが焼き切れようと構わん、そんなものは勝った後に気にすればいい!!」


しかし、返ってきたのはさらに残酷な報告だった。


「無茶です! この粒子濃度で無理に点火すれば、ノズル内で何が起こるか分かりません!」


「うるさい、うるさい! ならば対デブリ用の吸引装置でも何でも使って、宙域のヘリオス粒子を吸引しろ!」


まるで駄々をこねる子供のように命令を飛ばす氷動。だが、それに追い打ちをかけるような報告がオペレーターから発せられた。


「それも既に試しています! ですが濃度があまりにも濃すぎて処理が間に合っていません! どころか、吸引時の摩擦と勢いで吸引口の一部がヘリオス化し始めており、まともに吸えていない状態です! ――自然に霧が晴れるのを待つしかありません!」


「それを待っている間に、我が艦隊が一体何隻残るというのだ!?」


氷動の言い分は至極もっともだった。だが、オペレーターの放った言葉は残酷にも「今できる最善の策」であった。共和国艦隊はただひたすら、この地獄の猛砲撃に耐えるしかなかったのだ。


10万という圧倒的な数の多さも、今や完全な裏目となっていた。

狭い空間にギチギチに密集した艦列は、隣の味方艦が撃沈した際の爆破に巻き込まれ、次々と連鎖爆破を起こしていく。

ソソリア側にとってみれば、共和国艦隊は「一歩も動かず、どこへ撃っても勝手に爆発してくれる都合のいい標的」に過ぎなかった。


それはもはや戦闘などではなく、ただの一方的な「破壊」であった。


通常、艦隊戦というものは【遠距離戦】から【中距離戦】へと移行し、戦況の不利を悟れば犠牲を抑えて引き上げる【撤退戦】へと移る……これが艦隊戦の定石である。

しかし今、共和国軍が置かれた状況はそのどれにも当てはまらなかった。


――それから、どれほどの時間が経過しただろうか。


激しい砲撃の嵐の中、徐々に宙域の白い霧が薄れ始めた。

それとほぼ同時に、共和国艦隊の通信を狂わせていた広域ジャミングが終わりを告げ、途絶えていた通信網が回復していく。


「つ、通信および広域センサー全般、回復し始めました! すべて平常値に戻っていきます!」


「視界、晴れます……っ!」


『茶金』のメインモニターに、クリアになった戦場宙域が映し出された。

そこに広がっていたのは、誰もが目を疑う惨状だった。


つい数時間前まで10万隻を数えた大軍勢は、わずか2万189隻――3個中艦隊規模にまで激減していた。

宙域には数万隻に及ぶ無残なデブリが漂い、その中には轟沈した第23大艦隊旗艦・スーパースター級戦艦『貴威(きい)』や、第21大艦隊旗艦『ミラニアズ・スピア(Milania's spear)』の無残な残骸も含まれていた。


全長25kmを誇る国の象徴たる巨大艦が2隻も沈んだという事実は、ただでさえ底をついていた兵士たちの士気を完全に粉砕した。


「………………」


氷動をはじめ、司令室の誰も言葉を発することができなかった。

再び戦う気力など、誰一人として残っていなかった。


敵が行った、たった一度の作戦。

それだけで、自らが誇示した10万の大艦隊は崩壊し、5分の1にまで減らされたのだ。

その冷酷な現実が、共和国軍のプライドを完璧に打ち砕いた。


その時、一通の全周波緊急通信が入った。


「め、メインモニターに接続します……」


オペレーターの弱々しい声と共に、モニターへソソリア司令官・天河帆流の姿が映し出される。


『――第21、22、23大艦隊の残存艦艇へ告ぐ。我々はこれ以上の無益な流血を望まない。直ちにすべての兵器を停止し、無条件降伏せよ。繰り返す、直ちにすべての兵器を――』


天河の冷静な声を聞きながら、氷動は力なく総司令官席の背もたれにもたれかかった。


「勝負は……あっけなかったな……」


氷動はぽつりと呟くと、深く目を閉じ、静かに命じた。


「全軍、速やかに降伏せよ。……抵抗をするな。これ以上の無駄死にを私は望まない」


「し、司令!? 降伏なんてしたら、本国への顔向けが……!」


「いいんだ。既に8万の艦艇が沈んでいるんだぞ。ここで万が一勝ったところで、どうせ国民たちに顔向けなどできん。……ざっと計算しても、1600万人は死んでいるはずだ。そんな人殺しに、もう居場所などどこにもない。なら……降伏したほうがいい」


「し、しかし……! 天河さえ仕留めれば、評価が見直されるかもしれま」


「黙れ!!」


氷動の怒声が途絶えた司令室に響いた。


「もういいんだ……もういいんだよ。お前たちは、まだこれ以上戦いたいのか? 私はもう戦いたくない。疲れたんだ。……ここで惨めに悪あがきをして勝ったとして、それを我々は素直に喜べるか? 喜べないだろう。……降伏だ」


「…………わかりました」


こうして、第一次ソソリア星系会戦はあっけなく終結した。

この歴史的大勝利の記録は、後に共和国の体制に絶望した多くの星雲市民の間で、「愚かな中央政府」を告発する格好の反政府運動の材料として瞬く間に拡散していくことになる。


西暦22611年3月12日 12時30分

星雲共和国首都:惑星ゾナ 都市中心部ゾナリン

国防省参謀本部・極秘会議室


「10万隻のうち8万隻が蒸発し、残る2万隻は敵方に降伏しただと!? どういうことだ、説明しろ!!」


会戦の報せが星雲共和国の首都・惑星ゾナに届いた直後。国防省の高級将校や高官が集まる会議室には、醜い怒号が飛び交っていた。


本来、この会議は「降伏してくるはずのソソリア側にどのような処分を下すか」を協議するためのものであったはずだ。それが一転、ソソリアに大敗した事実について揉め散らかしているのだから、共和国政府にとってみれば屈辱以外の何物でもなかった。


「それで!? 詳細はどうなっているんだ!?」


ある高官の怒声に、傍らに立つ秘書がおそるおそる答える。


「え……えっと、報告によれば、ソソリア側の『散布用ヘリオス粒子』とこちらの過密陣形が災いし、ほぼ一方的に……」


「はぁ!?」

「意味が分からんぞ!」

「たかが3万隻の田舎艦隊に何という失態だ!」

「10万隻だぞ!? これが『和邇(わに)家』や『ドミニク同盟』、『ロクソラン』相手であればまだ理解もできよう! なぜソソリアなどという弱小に敗れるのだ!? スーパースター級が撃破されるなどあってはならん! しかも2隻もだぞ!?」


あまりの混乱ぶりに、1人の秘書が小さく口を挟んだ。


「べ、別にソソリアは田舎というわけでは……星雲中央に区分される重要拠点ですし……」


「黙れ! 関係ない!」


高官たちの一蹴により、秘書は即座に黙らされた。


「取引先……ゲフンゲフン! 国民になんと説明すればいいのだ!?」


「ほ、報告を続けます! 総司令・氷動八多喜の独断により、残存2万隻はソソリア側に無条件降伏したとのこと……」


「それはさっき聞いた!」


「あの無能めが……我が共和国に泥を塗りおって! 降伏など認められるか! 万死に値するぞ!」


「ええ、そうよ! 降伏なんて認められないわ!」


「ただちに新たな艦隊を再派遣しろ!」


机を叩き、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす高官たち。

彼らが恐れていたのは「大量の兵士の死」でもなければ「国家の危機」でもない。己の「責任問題」と、それに伴う「政治生命の終わり」――すなわち、今までのように特権階級として贅沢に暮らせなくなることだけを、心底恐れていたのだ。


「どうする……どうするんだ!? この反乱をどう対処する!?」


「3大艦隊の損失はあまりにも痛手だ! ミラニア星系、パリア星系、ナニモ・ナイ星系を警備していた第21〜23大艦隊が消えたんだぞ! それらの星系の警備をどうするつもりだ!?」


「落ち着け! 事実をそのまま公表するわけにはいかん!『敵の卑劣な未知の兵器により、我が軍は一時的な撤退を余儀なくされた』と報道規制をかけろ!」


だが、そこで別の秘書が青ざめた顔で割り込んだ。


「す、すでにSNSやネットの闇回線で、会戦の詳細や戦闘映像が出回っています! どこかから情報が漏れたようで……!」


「ええい、鬱陶しい! 現場の兵隊どもがたるんでいたからだ! 敗戦の全責任は氷動と現場の艦長どもに擦り付けろ! 我々は一切の責任を負わん!!」


西暦22611年3月12日 20時ちょうど

惑星ユガンダ 星雲共和国中央議会議事堂:ロビー


星雲共和国の最高意思決定機関である中央議会。その豪華絢爛な大理石の床は、詰めかけた大量のマスコミ、怒号、そしてけたたましい足音で埋め尽くされ、混乱の極みにあった。


「荒坂議員! ソソリア星系での大敗北はご存知ですか!? あれは事実なのですか!?」


「トラロ議員! 10万隻の大敗北について何か一言お願いいたします!」


「1650万人以上の死者を出したという情報は確かなのですか!?」


「この大敗について議会はどうお考えですか!? 国として、軍としてどう責任を取るのですか!?」


無数のマイクとカメラレンズが向けられる中、高級ブランドのスーツに身を包んだ中央議員たちは、SPに取り囲まれながら不機嫌そうに手を払った。


「コメントは差し控える! 現在、事実関係を確認中だ!」


「『確認中』とはどういうことですか! 既に星雲中で1650万人以上の死者が出たと噂されています! 今回のソソリアの反乱について、議会はどうお考えなんですか!?」


記者たちの激しい追及に、ある議員が足を止めた。カメラを嫌悪感たっぷりに睨みつけながら、言い放つ。


「……フン、元はと言えば、あの僻地の自治民どもが我が国の正当な税制に不満を持ち、暴力という野蛮な手段に訴えたのが事の始まりだ。ソソリアの反乱分子どもこそが全責任を負うべきであり、我々中央政府は被害者である!」


「ですが! 星雲中央という重要な拠点での反乱は、本国で相次いで発覚している『不祥事』や政治の腐敗に対する不満によるものではないのですか!?」


「愚問だな! 我々は完璧な統制を行っている! これ以上の不敬な取材は国家妨害罪とみなすぞ!」


SPたちが強引にマスコミを押し返し、議員たちはそそくさと議事堂を後にした。


市民の命など最初からただの数字としか見ていない中央の政治家たち。

そして、不都合な真実を覆い隠そうと醜く奔走する軍の高官たち。


彼らが保身に走れば走るほど、中央への不信感は決定的なものとなり、星雲共和国という巨大な巨木は、足元から急速に腐り落ちていくのであった。

第21、22、23大艦隊と合流予定だった第15大艦隊ですが、タツミヤ系(ソソリア系から約7.7光年ほどの距離)という恒星系で陸上戦力や、物資の補給などを行なっていましたが補給基地が悪天候に見舞われたおかげで補給が遅延。そのせいで足止めを喰らい、結果的に出発前に第一次ソソリア星系会戦の報告を受け取ったため、ソソリア系には向かわず、タツミヤ系で待機ということになりました。第二次ソソリア星系会戦に投入予定らしいです。それだけは決まってます


本編開始前の勢力図

挿絵(By みてみん)

画像が粗くてよくわからないかも

画像に書いてある通りロクソラン連邦国とノジリアン星系連合は星雲共和国の傀儡国家です。星雲共和国と唯一対等に接せれるのはドミニク同盟のみです。


星の色付けで大体どんな感じかわかるようにしてます

緑…人類がほぼ何もしなくても居住可能な惑星を含む恒星系

黄色…テラフォーミングを行い、居住可能になった惑星を含む恒星系

赤…テラフォーミングをしたとしても住めるか怪しく、地上で人間が生身で活動できない惑星のみの恒星系、または惑星を持たない恒星系

青…ブラックホールや白色矮星、中性子星、などの超強力な重力を発生させる超大質量の近づくだけで危険な天体。


そんで航路を表す線が黒とグレーに分かれてますがそれにも意味があります

黒…安全と、ワープ空間突入地点、脱出地点や減速位置などが明確であり、ワープ可能な船であれば何も気にせず通れる航路

グレー…未確定航路。ここを通過した記録があったりするものの、突入地点、脱出地点が明確でなかったり、そもそも観測結果やシュミレーション結果によっては通れないはずの航路。


これが第一次ソソリア星系会戦のデータ

挿絵(By みてみん)

毎度ながら計算はミスってる可能性がありますし、だいぶざっくりな計算です

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