選択の時
拓真は、意識がはっきりしていた。それが、余計に残酷に感じられた。
「……緋依」
先に、拓真が口を開いた。
「さっき、先生が来てたよな」
私は何も言えなかった。
「……何か、隠してるだろ」
その声は、驚くほど穏やかだった。
責めている訳じゃない。ただ、知ろうとしているだけだ。私は、堰を切ったように話し始めた。
研究の話。クローンの話。記憶を記録する条件。
そして、それを選ぶということは、"今の拓真"が助かる可能性を捨てることだということ。
全部話し終えたとき、私は泣いていた。
「……そんなの、私には決められない」
拓真は、しばらく天井を見ていた。
白い天井には、何も書かれていない。
それから、拓真は小さく笑った。
「……なるほどな」
私は驚いて顔を上げた。
「僕、もう分かってた気がする」
「え……?」
「この体、もう限界だって」
拓真は、ゆっくりと、私を見た。
その目は、澄んでいた。
「ねえ、緋依」
私は首を振った。
「聞きたくない……」
「聞いてくれ」
その声は、弱いのに、確かだった。
「僕がいなくなったあと、緋依が一人で生きるの、想像したらさ」
息が、止まる。
「それが一番、耐えられなかった」
拓真は、私の手を、ぎゅっと握った。
かすかな力。でも、それは確かに、彼の意思だった。
「もしさ、僕がクローンになっても、記憶が続いて、緋依の隣に立てるなら」
涙が、止まらなかった。
「……それで、いい」
「よくない……!」
私は、声を荒げた。
「それじゃ、今の拓真が、消えるじゃん……!」
拓真は、少しだけ困ったように笑った。
「……もう、十分生きたよ」
「嘘……」
「嘘じゃない」
拓真は、私の額に、自分の額をそっと近づけた。
体温が、混ざる。
「僕がいなくなっても、緋依が誰かに支えられるなら……それが僕なら、なおさらいい」
私は、頭を抱えた。
選べない。
選べるはずがない。
でも、この人は、もう選んでしまっていた。
「……緋依。僕を、置いて行かないでくれ」
その一言で、私は負けた。愛しているから、負けた。
「……分かった」
声が、自分のものじゃないみたいだった。
「私、全部背負う。だから……」
私は、拓真の手を、強く握り返した。
「……戻ってきて」
拓真は、安心したみたいに、目を閉じた。
「……ありがとう」
その言葉が、生きている拓真から聞いた、最後の声だった。
そして私はその瞬間から、彼を救った人間ではなく、彼を終わらせた人間になった。




