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最終話:あの花火君に届け

 どこからか流れてくる祭囃子を聞きながら、青葉は改札の前でリオンを待っていた。いつもは利用者の少ないこの駅も、祭りの日となれば話は別である。浴衣や甚兵衛を着た客たちで駅前はごった返していた。


 青葉はこんなに大勢人がいる中でリオンを見つけられるか不安だったが、その心配は必要なかったらしい。しばらく待っていると、リオンの方から声をかけてくれた。


「ちょっ、リオン。こんな格好で大丈夫なの」


 挨拶よりも先に、青葉はリオンの服装に驚く。いつもマスクやサングラスの完全防備で現れる彼は、今日はなぜかセルフレームのメガネしかかけていなかった。スタイルが良くただでさえ目立つ存在なのに、顔が丸出しでは周囲に「リオン君ですよ」と言っているようなものである。バレたらリオン本人だけではなく青葉もただではすまないのに、一体何を考えているのだろうか。


「そのカッコ無防備すぎ!家にマスクあるからそれつけてよ」

「大丈夫だよ。フツーにしてればわからないって。人が大勢いるところじゃかえって目立たないんだよ」


 本人は至ってお気楽な様子である。


「それより青葉どうしたの?浴衣なんて着ちゃってさ。僕と二人きりだから思わず張り切っちゃった?」

「ちがう。ほっといて」

「いーじゃん別に。似合ってるし……」

「え?」


 今リオンに褒められた気がしたが、聞き間違いだろうか。


 青葉がついリオンの方を見ると、彼は不躾にも青葉の全身を舐めるように眺めていた。


「なに?あたしの浴衣そんなに変?」

「うなじが……」

「え?ウナギがどうしたって?」

「いやっ、ななんでもない。っていうかその浴衣丈ちょっと短くない?」


 リオンの言うとおり青葉の浴衣は少し短いかもしれなかった。足元なんて裾がくるぶしよりもだいぶ上にきてしまっている。


 しかしどんなに丈が短ろうとも、青葉は今日の夏祭りにどうしてもこの浴衣を着て行きたかった。この浴衣は、千代子との約束の浴衣なのだ。


「いいじゃん。これが良かったんだよ。さ、早く行こ」


 青葉はリオンを追いたてるようにして駅前の商店街へ向かった。今日の商店街はいつもと違い、道の両脇に沿うようにして様々な夜店がどこまでも並んでいる。


 粉物を焼く香ばしい匂いと綿飴と林檎飴の甘い匂い。それに湿気と人々の熱気が混じり、ある種の独特な空気を醸し出していた。規模の大きい夏祭りのため、お面に金魚すくい、射的にくじ引きと露店の定番は全て揃っている。


 日常から抜け出したような、切ないながらどこか懐かしさを感じさせる光景。日が暮れたら上にぶら下がっている赤提灯たちがさらに趣を添えるのだろう。


 人ごみをかいくぐりながら、青葉とリオンは色々な夜店を見て回った。普段とは違う環境だからか、リオンの嫌味もほとんど出てこない。純粋に祭りを楽しむ光景は、そこらへんの高校生と変わらなかった。これなら大して変装していなくても、周りの人間は気がつかないだろう。


 たった一ヶ月少し前、リオンは青葉にとって遠くかけ離れた存在だった。今をときめく人気アイドル。そんなリオンと一緒に夏祭りに出かけることになろうとは一体誰が予想できただろうか。

 

 青葉は真剣な眼差しで金魚すくいに挑んでいるリオンの横顔をまじまじと眺めた。すっと通った鼻筋に、今は真一文字に結ばれている口角が上がった唇。そして何より印象的なエメラルドグリーンの瞳。それらは皆彼の小さな卵型の輪郭に絶妙なバランスで納められている。


 普段の幼稚な言動のせいで意識していなかったが、確かにリオンは格好いい。彼に夢中になっている女性の気持ちに、青葉は始めて共感を覚えた。


「どうしたの?ジロジロ見ちゃって」

「え?あ、なんでもない」

「ほら見てよ。金魚ちゃんこんなに取れたんだよ」

「金魚ちゃんって……」


 やっぱりコイツは子供だと、青葉は数秒前に抱いた自分の気持ちがひどく恥ずかしくなった。青葉はそれに対する照れ隠しも込めて、リオンの「金魚ちゃん」発言を激しく笑う。


「ちょっとそんなに笑わないでよ。いいじゃん金魚の呼び方なんて何でも」

「でもその顔で金魚ちゃんは」

「さっきからバクバクバクバク食べてる奴に言われたくないね。しかも何でその場で食べるわけでもないのに、いちいち二個も買うの?」


 先ほどから夜店で食べ物を頼むたびに二つ買う青葉の両腕は、食べ切れないものでいっぱいだった。綿菓子、焼きソバ、チョコバナナ、たこ焼きと、食べ物がこれでもかと言わんばかりに青葉の腕の中で溢れ返っている。


「あれもこれも――今持ってるの全部未開封じゃん。溜め込んでるなら僕にちょうだいよ」

「ダメっ」

「まさか後でこれ全部食べる気?食い意地張ってるなぁ。こういうのって冷めたらマズイんだよ?」

「ちがうって。あたしが食べるんじゃないから」


 怪訝な顔をしてさらに何か言おうとするリオンをさえぎって、青葉は「ついて来て欲しい場所があるんだ」と言った。


 最初ますます怪訝な顔をしていたリオンも、青葉の真剣な面持ちに気付いたのか何も言わなくなる。


 大人しくなったリオンを連れて、青葉は人でごった返した商店街を抜けた。しばらく歩いていると人の流れからそれたのか、だんだん人口密度が薄くなってくる。


「青葉ここは――」


 やっと青葉が足を止めた場所で、リオンが驚いたように言った。


「青葉、ここってもしかして――」

「ごめんね。どうしても来たかったんだ」


 二人が辿り着いた場所は、一見何の変哲もない川原だった。沈みかけた夕日に照らされて、静かな水面がキラキラと輝いている。通行人がまばらにいるだけのその場所に秋の匂いを含んだ風が吹き渡り、辺りの緑を揺らした。


「ここね、チョコが死んじゃったところなの。ほんとはもっと早く来てあげたかったんだけど、怖くて今日までこられなかった」

「青葉、君は……」

「もう全部終わっちゃったんだね。犯人――大賢者も死んじゃったし」


 正直言って青葉はまだ大賢者が死んだことに納得できていないでいた。散々人を苦しめたくせに何の責任も取らずに逝ってしまったのは卑怯でずるいと思う。あの時はリオンに止められたが、青葉の殺意は未だ消えずに残っていた。相手が死んだからといって、復讐しても何もならないからといって殺意が消えるほど、大切な人を殺された悲しみは甘くない。


 きっとこの大賢者を殺してやりたいという気持ちはずっと心の中に残るのだろう。青葉はその気持ちと共にこれからを生きなければならない。


「リオンありがと、付き合ってくれて。今日も一人だったら、きっとここに来れなかった」

「いいよ青葉。全然構わないよ」

「良かった。リオンがいてくれて」


 青葉はそう言うと、短い浴衣の裾を押さえてしゃがみこんだ。そして両腕に溢れていた食べ物を残らず地面に並べていく。


「青葉、ソレお供え物だったの?」

「うん。チョコ死んじゃう直前お祭り行きたがってたから、買ってきたの。この浴衣もね、千代子とおそろいで買ったんだ」


 ――一緒にお祭り行こうね。


 風の音がそう思わせたのだろうか。千代子の声が聞こえた気がした。


 一緒に近所のスーパーで浴衣を買ったこと。一緒に海で泳いだこと。この川原のそばで最後に別れたこと。千代子と過ごした日々のことを青葉は次々と思い出す。


 今まで千代子と一緒にいて、本当に楽しかった。学校から帰ったら毎日のように一緒に遊んで、夕飯の時間になったら「またね」と手を振って帰路に着いたあの頃。


 全て終わったのに、彼女のことを思い出したら乗り越えたはずの悲しみが青葉に襲ってきた。新白崇への殺意が消えないのと同じように、千代子を失った悲しみも消えることはないのだろう。


 地面に黒いしみが転々とできていることに気付いて、青葉は立ち上がると両手で顔を覆った。知らず知らずのうちに肩が震える。やがてそれは嗚咽となり、青葉はリオンに見えないように涙を流した。


 泣いているうちに感情が高ぶり、自分では押さえきれなくなる。


 リオンの前で泣いていることが青葉は恥ずかしくてならなかった。きっと彼も急に泣き出した青葉の対処に困っていることだろう。


「青葉……」

「リオンごめん。あたしこんな泣いて――」


 そうまで言ったところで、青葉は急に温もりを感じた。次いでくる、全身に心地よい圧迫感。


「リオン――?」


 気がつくとリオンの頭がかえって視界に入らないほど近くにあった。それを見て青葉は漸く理解する。自分が彼に抱き締められていると。


「っちょっと、いきなり何すんの!?」

「まったく、どうして君はこう痛々しく泣くのかな」


 いきなりの行動とは裏はらに、リオンの声はいつものように小馬鹿にした感じがした。


「こんな風に泣かれたら、こっちまで悲しくなっちゃうよ」

「でも――!」

「怒ってないで大人しく泣けば?悲しいんでしょ」


 ひな鳥を掴むような優しい手で頭をなでられ、青葉の目から真珠大の涙が零れ落ちた。肩のあたりに涙でしみができても、リオンは青葉を離さない。


 リオンはこういう奴なのだ。普段は小学生のように幼稚でワガママで、決めるときだけしっかり決める。


「……リオン。アンタずるいよ」

「なにが?」

「いつもダメダメなのに、こういうときだけカッコいい」

「いつもカッコよくて、いざというときダメなのよりはいいんじゃない?」


 青葉はしばらくそのままリオンにすがって泣いた。嫌というほど泣いたのに、リオンは最後まで嫌な顔一つせず付き合ってくれた。


 すっかり日が落ち、あたりは段々宵の闇に包まれる。その頃になってやっと青葉は泣き止んだ。


「リオンありがと。おかげでなんかすっきりした」

「そう。それならこっちも抱き締めたかいがあったよ」


 あのような行動に出たにもかかわらず、リオンは涼しい顔を崩さないでいる。これでも女性相手の商売をしているから、女嫌いといいながら女慣れしているのかもしれない。


 青葉は一人で照れているのが悔しくなって、せっかく整えたベリーショートの髪を乱暴にかき乱した。


「あっ、青葉見て。花火上がったよ!」


 いつの間にか花火大会が始まる時間になっていたらしい。


 リオンが言うが早いか、花火が夜空いっぱいに広がり、一瞬の光が暗い川原を照らした。少し遅れてきた破裂音が、青葉の腹に心地よく響く。


「もう花火始まっちゃたんだ。リオン、早く海行こう。急がないと終わっちゃうよ」

「ここでも良く見えるし、別にいいんじゃない。どうせもう砂浜人で埋まってるよ」

「それもそうだね」


 青葉とリオンは二人で並んで打ち上がる花火を眺めた。空に届いた瞬間に、まばゆい光が夜空に焼きつく。花火の閃光と渇いた破裂音が、夏の終わりを向かえる町に次々とこだました。


「チョコも見たかっただろうな」

「見てるんじゃない?お盆終わったばっかりだし」

「そだね」


 さりげなさを装って、リオンが青葉の方に手を伸ばす。青葉は少し戸惑ったが、やがてその手を握り締めた。




あとがき


 全41話、やっと終わりました。長いようで短かったようなそんな感じですが、完結させられたのはひとえに読者の皆様のおかげであります。

やる気が出ないときでも、「読んでくれている人がいるんだ」と思うとモチベーションが上がりました。


 この「新生帝國オカルト局」夏休みの話ですが、連載期間はだいたい12月から6月まで。

見事に季節をはずしてしまい、なんだかなぁという気もいたします。それから1話ごとの長さもバラつきがあるのも反省点です。

そのほかにも「導入が長い」とか「中だるみが」とか反省する所は山ほどありますが、全体的には「まぁ良かったんじゃないかな」と自画自賛です。


 登場人物については最初予定していた性格と最終的に違ったりしちゃいました。

大森青葉は「ムカつかない強いヒロイン」を作ろうと思ったのですが、後半は泣き虫に。

逆にリオンは「まともな美形・イケメンは出さないぞ」とあんな性格にしたわけですが、後半は妙に活躍してしまいました。

月音・誠治に至っては全く目立たず。振り返れば「こんなはずでは」ばかりです。


 「こんなはずでは」ばかりのこの話ですが、最後まで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。

続編はネタは多少あるもののまとまらない状況です。

ただ現在自サイト制作中なので、出来上がり次第導入部分や話の区切りを多少改変した「新〜オカ局」を載せるつもりです(話の筋は変わりません)。

サイトができたらここの目次にリンクを載せるので、もしよろしければぜひいらしてください。


 それでは長くなりましたが、もう一度。

読者の皆様「新生帝國オカルト局」を読んでくださって本当にありがとうございました。


 種子島やつき



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