神託
赤い月ーールヴィニ。
紫の月ーーアメティス。
それらを包み込む、満点の星空。
灯草が導く先の遺跡。
あたりを覆う、緑豊かな木々。
真正面に立つ、白いフードの人物。
カタフィギオのサマノス。
この世界の賢者。
声が響く。
それは耳にではなく、心に。
『来たるべき時に備えよ』
★ ★ ★
窓から四角く切り取られた、月明かりが斜めに差し込んでいた。コツンコツンと、木のぶつかる音や石板をぶつかるゴツゴツした音がしている。ここは、マディス学園の特別教室。知った顔が集まっていた。だが、何だか深刻な雰囲気が漂っていて、誰も話していなかった。それぞれ、好きなところにいて、何かを待っているようだった。
すらっと背の高い最上級生、ギャラクシムは、両腕を頭の後ろにやり、椅子を後ろに傾けては、元に戻すを繰り返し、コツンコツンと鳴らしていた。じっとしていられない性格のようだ。弟の態度を見ているアステルダムは、いつ攻撃魔法をお見舞いしてやろうかと伺っていた。
ゴツゴツの音の源は、マリンブルー髪のミザリオだ。彼はまだまだ、覚えきれていない呪文を数字に置き換えるのに、少しの時間でも惜しいという感じで、必死に頭に叩き込んでいた。
窓辺には、軽く腕を組んだだけで、絵になる美しいクリティオが月を見上げていた。その横顔に見とれながら、的は考えていた。彼らの他にも生徒はいて、なぜ、このメンバーが集まっているのか不思議でならなかった。高等部のジュランも来ている。
ギャラクシムの椅子が何度目かの、コツンという音を立てたと同時に、教室のドアがガラガラと開いた。全員が注目すると、そこには、石板を大量に抱えたクピルとマサガガが。
「お待たせしたわね」
クピルは落ちないように石板を慎重に運び出した。彼女の後ろから、これまたたくさんの石板を抱えているマサガガが、
「サマノス様から神託を聞いた者は、これで全員か?」
的はそういうことで、ここにこのメンバーが集まっているのかと思ったが、質問がおかしいことに気づいた。他のメンバーも同じで、マサガガの質問に閉口した。
「…………」
「…………」
夢ーー神託はそれぞれが聞くもので、確認の取りようがない。クピルはよっこらしょっと教壇に石板を置いて、頭が痛いという仕草をした。
「それを聞いても、意味がないでしょ!」
「あぁ、そうか」
マサガガはやってしまったという顔をした。彼は時々、こんなボケたことを言うのだ。世話焼き女房みたいな顔で、クピルが、
「それに、サマノス様は名前をおっしゃってたわよ」
言われて思い出したマサガガは、少し困った顔をする。
「一人、知らない名があった気がするが……」
「そう、十一人なのよ」
クピルの話を聞いて、的は教室中を見渡した。数えてみるが、十人しかいない。一人足らない。誰か、遅れているのだろうか。みんなも的と同じように、あたりを見渡していると、
「それが、不思議なことに、名前が思い出せないの、誰か覚えてる?」
クピルの質問に、十人は顔を見合わせた。全員、首を横に振っている。代表して、ギャラクシムが返す。
「俺たちが聞いたのは、『来るべきに備えよ』だけです」
クピルは残念そうにため息をついて、
「そう……今は必要ないのかもしれないわね」
彼女は前向きに捉えて、教壇に両手をおいた。
「それじゃ、全員いるか名前を呼ぶから、返事してね」
サマノスから神託を受けたのは、
道明寺 的
ミザリオ ラルフ
アステルダム コーリア
シャータ ヨリル
ギル シュワルツ
クリティア ビセオ
イグジ ラファイエル
ジュラン ダヒデ
アサシ マグリア
ギャラクシム コーリア、以上十名が顔をそろえていた。それぞれ、年齢も性別もバラバラだった。がしかし、カタフィギオの神託は絶対だ。誰も疑問に思わなかった。
ギャラクシムは椅子を傾けた、デカデカの態度で、
「来るべき時っていうのは、これから強敵が出て来るってことか?」
「そうじゃないかしら?」
クピルはあごに人差し指を当てて、小首を傾げた。両ひじを手で抱え込むように腕組みして、クリティアは窓辺に軽くもたれかかっている。ルヴィニとアメティスの月影が後光のようだ。
「個別行動は避け、チームを組んだ方が良さそうだね」
威圧感のある声が教室に響いた。頼りなさげに、教壇の後ろの方に立っていたマサガガは、生徒たちをざっと見渡して、
「ちょうどいい具合だ、二手に分けよう」
クピルは面子を見て、彼に賛成した。
「確かにそうね。今から黒板に書くわ」
彼女はチョークをカツカツと動かして、五人ずつ、二グループ書いた。
第一班
道明寺 的(攻撃)
ギル シュワルツ(防御)
ミザリオ ラルフ(召喚)
シャータ ヨリル(治癒)
ギャラクシム コーリア(補助)
第二班
イグジ ラファイエル(攻撃)
アサシ マグリア(防御)
クリティア ビセオ(召喚)
ジュラン ダヒデ(治癒)
アステルダム コーリア(補助)
うまい具合に、それぞれの科の生徒が一人ずつ入った。みんな黒板を見つめ、自分の班を確認していた。すると、恋占い師のイグジが、珍しく硬い表情で言った。
「ソティラス ……」
「何だ、そりゃ?」
ギャラクシムは後ろに傾けていた椅子を元に戻した。全員の視線がイグジに集まる。彼は焦点の合わない瞳で、
「昔、祖父に聞いたことがある。『闇くる時、ソティラス現る』って」
後ろの方に腰掛けていたアステルダムが、言葉を添える。
「そういえば、ソティラスって、古代語で、救世主の意味だったわね」
ギャラクシムは調子よく、指をパチンと鳴らした。
「ヒーローってことだな!」
アステルダムは目くじらを立てて、呪文を素早く唱えた。
「ヴァシリオ スティリ クソルキ」
ギャラクシムの頭はハンマーでガツンと殴られた。一番前に座っていた彼は、振り返って、教室の後ろの方にいる姉に向かって、文句を言う。
「痛っ! だから人に攻撃魔法使うなって!」
「真面目な話してるんだから、ちょっとは言葉を慎みなさいよ!」
「俺はいつだって、真面目だって!!」
教室の前と後ろで、姉弟喧嘩が始まった。クピルが教師らしく割って入る。
「まだ、話は終わってないわよ」
ギャラクシムとアステルダム は口を閉じ、黙って座り直した。静けさが戻ってくると同時に、みんな神妙な面持ちになった。クピルは黒板に十個の円を描いた。そこで、チョークを一旦置き、みんなの方へ向き直った。
「今書いたのは、遺跡の場所よ」
みんな、知っていて当然という態度だったが、地球人の的だけが初めて見たと思い、大いに感心した。クピルは少しため息をつき、彼女が見た夢の内容を話した。
「みんなにはそれぞれ、独自の名を語ることが許されたの」
「独自の名?」
全員がそろって、聞き返した。クピルは石板を一枚持ち上げて、
「色々調べてみたら、それぞれの遺跡の意味と同じだったの」
「えっ?」
これは全員初耳だったらしく、驚き声が上がった。クピルは再びチョークを持って、
「今、書くわね」
それぞれの円の横に、古代文字を書いていく。みんなはひとつひとつを見て、ぶつぶつと復唱している。どうやら、呪文で普段使っているものではないようで、みんなただ読むだけを繰り返していた。クピルはチョークを手に持ったまま、半分振り返って、
「これが、十個それぞれの古代語ね」
彼女はチュークをつまんだまま、
「ここからが、重要よ」
みんなの目つきが真剣になった。クピルは窓から入ってくる月影を見つめながら、夢の内容を紡ぐ。
「これからは、ここにいるみんなには、呪文を唱える前には、我 〇〇と付け加えて唱えてもらうことになるわ」
クピルは自分と同じ夢を、唯一見たマサガガに確認のため、一旦視線をやった。マサガガはあっているというように、強く頷いてみせた。他の生徒たちは小さな声で自問自答。
「どういうこと?」
「何で?」
などと、口々に言っている。
「これを頭につけて、唱えることによって、神様の加護を最大限に受けることができるものなの。だた、カタフィギオに割り当てられた言葉じゃないと、魔力は強力にならないから、きちんと覚えてちょうだい。名前を書いてくわよ」
クピルはここにいる全員の名前を、それぞれの遺跡に連ね始めた。二番目に名前を書かれた的は、意味は理解できないが、口に出して読んでみた。
「グノシー……」
次に名前を書かれたのは、すぐ後ろに座っているミザリオ。彼は呪文を覚えるのが苦手。数字に置き換える準備のため、指折り数え始めた。みんなそれぞれ、名前が黒板に書かれるたび、読み返したり、納得して首を縦に振ったりしていた。
全部書き終えたクピルは、手についたチョークの粉をパンパンと払って、これで終わりと言わんばかりに、教団の定位置についた。
「意味を知りたい人はあとで、私のところへきて」
「はーい!」
何人かが、バラバラに同意を示した。教壇から、割と近くにいた的が、前から疑問だったことを口にする。
「エガタって、どこにあるの?」
「地底にあるらしい」
釣り好きのギルがぽつりと言った。らしいという口調から、また誰も行ったことがないのだなと、的は思った。
「じゃあ、すべての遺跡が、エガタとつながってるの?」
六年前の事件は、ここから数百キロ離れたオクト村で起きた。ということは、そう考えるのが自然だった。だが、首飾りを握りしめていたシャータの答えは違っていた。
「ステマ遺跡だけよ」
的は首を傾げた。ステマ遺跡から出て来て、数百キロも離れたオクト遺跡まで、誰も気づかなかった。そんなことが起こり得るのか? あり得ないと的が結論づけようとすると。マサガガが石板を床に、パズルのように並べながら、
「これまで、悪魔の出現した箇所に×をつけてみた」
ソティラスたちは、地図に注目した。出現箇所はあちこちに点在。ミザリオは眉間にしわを寄せて、
「ステマ遺跡だけなの? 本当にエガタとつながってるのは」
超人見知りアサシが、落ち着き払った声で、
「誰も聞いたことがないだけで、すべてつながってるのかもしれないね」
「悪魔が出たら、今までと同じように、ステマ村へ救援要請をするよう、もう一度、みんなに伝えましょう」
クピルの提案に、的は懸念を感じた。率直にものを言う。
「それじゃ、間に合わないんじゃ?」
他の遺跡で、一番近いところでも、数時間はかかる。歩いて向かっても、戦う前に自分たちは疲労困憊。退治どころじゃない、やられに行くようなものじゃないか。高校生ジュランが可愛げに、
「護符は〜みんなに〜、行き渡ってますし、遺跡間はワープゾーンでつながってますから、道明寺先輩、大丈夫ですよー♪」
「ふーん」
的は便利だなと思いつつ、やはり魔法の世界だと思った。クリティアの美しい横顔は、星空を見上げていた。
「何故、六年前から突然、悪魔が現れるようになったのか? の疑問が残るね」
「…………」
投げかけられた言葉に、答える者はいなかった。確かに、クリティアの言う通りだ。エガタは昔から存在している世界。悪魔も同様いる。ということは、もっと前から地上に悪魔が現れてもおかしくないのだ。それなのに、六年前から突然出てくるようになったとは、何かあったとしか思えなかった。
しばらく沈黙が続き、クピルが静寂を破った。
「真相ははっきりしないけど、何かで空間に歪みが生じたのかもしれないわね」
シャータは胸の前で両手を組み合わせ、星空を見上げた。
「これも、神様のお導きでしょう」
「確かに、シャータの言うとおりかもしれないね」
クリティアの澄んだ声に続いて、
「光年か……」
ギャラクシムはまた、椅子を後ろに傾け始めた。
「そうですね、きっと♪ それで、空間が歪んだのかもしれないですね♪」
ジュラン が陽気に言うと、的以外は全員納得した。
「そうだ、きっと」
「そうね」
「そうだね」
一人意味のわかっていない的は、不思議そうな顔をみんなに向けた。
「光年って?」
「六十年に一度、八月三十一日まである年を、光年というの」
クピルの説明を受けて、的は思い出した。超人見知りアサシと話したことを。イリョスは六十年に一度空へ昇るが、それが今年だということを。
「もしかして、今年?」
「そうよ、よく知ってるわね」
クピルは教師らしく褒めたが、的はちょっと怒っていた。今までの特別講義はなんだったのだろうかと。やはり、超感覚人間に教わると、漏れが出てくるのだなと、的が確信した時、ギルが珍しく口を開いた。
「白夜になる」
「そうなんだ……」
天文学好きの的は、想像した。白夜なんて一度も体験したことがない。是非とも見たいと願った。的は机に頬杖をつきながら、赤と紫の月を眺めた。あそこも遺跡とつながっていたら行って、このセフィスを見てみたいと思った。出来れば、白夜の日に。どんなに美しい光景が広がるのだろうと思い描くと、心踊るのだった。
★ ★ ★
星空という天幕の下に、鈍い光を放つ銀色のものがいた。そこからは、小さな明かりがちらちら漏れている。草も何も生えていない荒野を近づいて行くと、銀色の細が長いものだった。表面は何かがぶつかった衝撃か、凹みや傷が多数ついていた。
そこからは、地面へ階段が、まるで侵食するかのように下されていて。その時、丸窓のひとつに影が映った。どうやら、中に人がいるようだ。
その中の一室。細長いLEDライトが青白い光を放っている。中は広く、こげ茶の木目が綺麗に出た壁に囲まれた部屋。そこに、鍛え上げられた体躯の持ち主が四人。赤い布のかけら威厳ある机の前には、ぴしっと起立した男が二人立っていた。そのうちの一人が、はっきりと大きな声で、
「Y地点で、作戦Bが成功しました!」
彼らの斜め前には、真っ黒な下地に、赤いカラスの絵が描かれたの布が。何かの国旗のようだ。すぐ近くに、足を開いて休めの姿勢をとっている男が一人。顔色一つ変えずにいる。
三人の男が立っている中、机にはかっぷくのいい中年の男がどっしりと腰掛けていた。彼の目は狡猾で鋭く、唇は分厚くひび割れていて、組んでいた指は太く細かい作業には不向きそうだった。男は唇を不気味に引き上げ、
「いよいよか……」
「はい!」
他の男たち三人は、威勢良く返事を返した。中年の男は、低く不気味な声で、
「明日から、作戦Cを決行する」
「御意!」
男二人は敬礼をして、自動ドアから出て行った。椅子に足を組んで座っていた男は、壁に向かってひとりごちた。
「やっと、この時がきたのだ……」
男はくくくと笑い、
「ふふふふ……ははははっ! わはははは……!!」
薄気味悪い笑え声は、どんどん大きくなっていった。




