カタフィギオ
的は一ヶ月もの間、武器を色々変えてみたが、やはり、自分にあっている武器を思い出すことはできなかった。ルヴィニとアメティスが綺麗な円を描く星空の下、護符を持ち歩いている的は悪魔なんて怖くないと言わんばかりに、のんびり家を目指していた。ステマ遺跡を通り過ぎようとすると、彼は遺跡の入り口から、ちょうど悪魔が出てくるのを目撃した。
護符があるから大丈夫と、カバンをのぞくと、なんと入っていなかった。的はしまったと思った。今日に限って、忘れてくるとは。彼は慌てて茂みに隠れた。そこで、当たり前な疑問にたどり着いた。クピルが以前言っていた、悪魔はエガタに住んでいて、そこと遺跡の中がつながっていると。
赤く光る目がこちらへ向けられそうになり、慌ててかがみこんだ。どくどくと波打つ心臓を鎮めようと、深呼吸を何度も繰り返す。その間、的は考えをめぐらす。なぜ、遺跡の中へ入っていって、悪魔を倒さないのだろう。
でなくては、この世界は悪魔とずっと戦い続けて、人々に平穏が戻ることはないではないか。自分がまともに魔法ができるなら、遺跡の中へ入り、悪魔の巣窟を退治するということもありかもしれない。
だが、自分を守ることすらできない。早く、武器を思い出さなくーー。その時、青白い閃光が走った。的は考えるのをやめて、茂みから顔をそっと出した。
「防御魔法……?」
ぴかーんぴかーんと光っては、消えてを繰り返している。的は自分の存在が小さくても、無力でも、今の自分に出来ることをしようと決心し、悪魔に気づかれないよう、ゆっくり、そーっと近づいていった。
悪魔は三人。中央に青年一人が座っている。立っているのではなく、座っている。
悪魔は猛攻撃を仕掛けているが、全て防御魔法に阻まれている。さらに、的は近づく、息を殺して。緊張で、ぎゅっと握りしめた両手が震える。自分の攻撃は弱い。三人を相手に勝算は薄い。だが、やらなければ……。
青年に視線をやると、何やら様子がおかしかった。悪魔三人に囲まれ、殺されかけているというのに、静かに目を閉じ、リラックスして、そよ風に気持ち良さそうに当たっているのだ。
自分に訪れている死の危機に気づいていない? 的はあきれ切って、一気に緊張が解けた。戦う気も失せ、ため息をつく。星空と二つの月を眺めながら、
「はぁー……」
その時だ。的の心の中に、ある武器が浮かんだのは。
「ロンヒ、ロンヒだ!!」
やっと思い出した。最初に思いついた武器ーー神様の言葉を。的は手を前にかざし、静かに呪文を唱えた。
「デオス プロセフホメ ロンヒ エピセシー!」
光の粒が手のひらへ集まり、細長いーー剣よりもさらに長い槍の形をとった。
光に気づいた悪魔が、今度は的を狙ってくる。彼は無心で槍を振るった。一人目は右から左へ斬りつけ、光と化す。二人目の攻撃をかわすため、的は少し身を屈める。悪魔の剣が的の頭上をビュッと宙を切る。相手がバランスを崩したところへ、的の槍が心臓を捉え、光と化す。息つく暇もなく、いつの間にか背後を取られていた的に、悪魔の剣が襲う。彼は地面を右へ寝転がり、攻撃をかわす。次の攻撃が来る短い間、的は槍を星空へ突き刺し、悪魔の心臓を見事貫いた。光と化し、的の上にキラキラと降り注ぐ。
「槍だったんだ……やったー!!」
両腕で万歳する。今までとは比べ物にならない程、素早く動くことができた。間合いが長く、遠くの敵もたやすく捕らえられる。何より自分の体にぴったりする武器。光る槍を掲げ、的は珍しく微笑む。草原のふさふさが気持ちよかった。
「ありがとう、助かったよ」
優しい青年の声が聞こえた。的はさっと上半身だけ起こし、声の主を見る。
「あぁ……」
カーキ色のサラサラの長い髪。落ち着きのある黄色の瞳がこちらへ向けられていた。青年は少しだけ眉をひそめて、
「草原の中で風に吹かれるのが好きなのだが、最近じっくり味わえない」
その言葉に、的は思わず心の中で、ポイントそこなんだ!! ツッコミを入れた。我が道を行く、なんとものんびりした青年は、右手を差し出し、
「アサシ マグリア、防御科、五年」
的は握手をし、合点がいった。リラックスしているのに、魔法の効果は続いたまま。自分のような新米にはとても真似できない。さすが、五先生だと感心した。アサシは大人びた優しい笑みで、
「さすがは、カタフィギオが選んだだけの人物だね。こんな短期間でここまで上達するとは」
「あ、ありがとう……」
褒められたことがあまりない的は、照れ臭そうに言い、アサシの隣に座り直した。
「カタフィギオって、何?」
「俺たちに神託をくださる方々」
この世界に来て、しばらく経つが、的は初めて聞く話だった。興味深そうに、身を乗り出す。
「方々?」
「カタフィギオという組織があって、それはサマノスと呼ばれる、十人の賢者から成り立ってるらしい」
曖昧な言い方をされて、的は素直に聞き返した。
「らしいって?」
アサシは風で乱れた髪を手櫛で直して、
「誰も直接会ったことがないんだ」
「えっ?」
的はびっくりした。一体、どういうことだと。なぜ、知っているのか不思議だった。そこで、的は思い当たった。また、神話かなんかじゃないかと。それに似合うようなことを、アサシは口にする。
「神託は夢で伝えてくるんだ」
「あ……」
的は思い当たった、セフィスへ来る前の晩のことを。まわりを見渡す。ちょうどこの場所と同じようなところに、一人で立っていて。次いで、遺跡の入り口に顔を向けた。
「白いフードをかぶった人?」
「そう」
アサシはにっこりうなずいた。いつの間にか、科学的だった的も、スピリチュアルに染まっていた。彼は生まれて初めて、神秘的な気持ちになった。
「それが、サマノス……」
「おそらく、そうだと思う」
ここまで聞いたのだ。物はついでと思った的は、さっきの疑問をぶつけてみた。
「なぜ、遺跡の中に入って、悪魔をやっつけないの?」
純粋な子供が質問して来た、大人の対応みたいな感じで、アサシは、
「遺跡は神聖な場所と言われてるんだ。だから、入ってはいけないんだ」
「あぁ……」
的はどこまで、この世界は神がかりなのだろうと思った。自分たちに危険が迫っていても、賢者の言葉は絶対なのだ。
「ただ……」
考えを巡らせていた的の耳に、アサシの続きの声が。彼の黄色い瞳をじっと見つめる。
「ただ?」
「イリョスが空に昇る年だけは、祭りごとのために入っていいんだ」
「そうなんだ」
的は星空を見上げて、ずっと見ていない太陽を恋しく思った。アサシは的の横顔に向かって、
「今年がそうなんだ」
「ふーん」
的は想像した。遺跡や木々、草原、川、それらがイリョスーー太陽に照らし出された時、どんなに美しい姿を見せるのかと。クピルの言葉を思い返して、六十年に一度昇る太陽ーーイリョス。この世界の人は、どんな気持ちで迎えるのだろうか。
「…………」
「…………」
そこで、言葉は途切れた。的はアサシをちらっと見た。彼は目を閉じて、風を感じていた。気持ち良さそうにしているアサシに、これ以上、質問するのは気が引けて、的も一緒に目を閉じた。
★ ★ ★
放課後、的は今日も練習場にいた。彼はコツコツと努力するタイプで、槍が自分の武器だと気づいてからも、練習は一日も欠かさなかった。
ビュッと音がするまで、槍を突き出すを何度も繰り返し。汗が頬に流れてきたので、一旦手を止めた。的の集中力はまだまだで、ちょっと気を抜くと、武器はたちどころに光の粒子となってしまう。
槍の感触が残る手のひらを、的は誇らしげに見つめる。さすが、自分にあった武器だけのことはある。使えば使うほど、手に馴染んでいくのだ。攻撃力も増してゆく。
今まで、実践の授業中、練習場の隅っこにいた彼だったが、今は他の生徒に混じって、授業を受けられるようになった。魔法使いと本当に名乗れるようになったのが、的は嬉しかった。
手に持っていたタオルを、カバンの上に置こうとして、校舎の方が騒がしいことに気づいた。
「?」
的は思わず振り返った。特に変わったところは見えなかったが、
「わー!」
「きゃあ!」
「イテッ!」
叫び声が次々に上がっている。的は目を凝らして、どこだどこだと探すと、特別棟の角で、人が吹っ飛ばされているのを見つけた。
「えっ!?」
アニメみたいな光景を前に、さすがの的も目が飛び出そうになった。竜巻でも起こったか。それとも、悪魔が学園に侵入したか。とにかく、何が起こっているか見守ることにした。
今度は、グラウンドに座って、休んでいた生徒が吹き飛ばされ始めた。的はまずいと思った、このままでは正体不明の何かに巻き込まれ、自分も吹き飛ばされる。
荷物をまとめて、逃げようとした時、カーキ色の長い髪が、グラウンドの明かりに照らし出されるのを見つけた。
「ん?」
あれは、確か……。的は先日出会った、草原の風に吹かれているアサシを思い出した。
「うわっ!」
「わー!」
アサシのまわりの人が、なぜか吹き飛ばされている。的は首を傾げた。どういうことだ? アサシのまわりで何が起こっているのだ?
ぼんやり考えていた的の方へ向かって、アサシはやってくる。彼の近くにいる人がまた一人吹き飛ばされた。自分に用があるようだとわかったが、何が起こっているのだろうか。
そうこうしてるうちに、的のそばまで、アサシはやってきた。だが、的は吹き飛ばされなかった。どうなっているのかと考えていると、アサシが優しい声で、
「風にあたりに行かないか?」
「あぁ……はい」
的は自分を誘いに来てくれたのだと気づいて、嬉しくなった。荷物をまとめて、アサシとグラウンドを歩き出そうとして、ボソボソと聞こえて来た。
「デオス プロセフホメ アミナ」
なんと、アサシは防御魔法の呪文を唱えた。敵はどこにもいないのに。的はびっくりして、
「何で、魔法を?」
アサシは長い髪を風になびかせつつ、涼しい顔で、
「俺は人と話すのが苦手なんだ。だから、魔法で近づかないようにしてるんだ」
「えぇっっっ!!」
的は珍しく驚いた。これか! さっきから人が吹っ飛ばされていた原因は。アサシの張った防御魔法に、生徒たちが阻まれていたのだ。どんだけ、この人は人見知りなんだろうか、というか、危険人物だ。的はあきれつつ、合点がいった。これだけ、毎日、防御魔法を使っていれば、少しぐらい気を抜いても、魔法の効力が切れるわけがない。とんでもない、先輩だった。




