明かりの消えた街
最後の遺跡、ステマ遺跡。ギギガが泉ーーワープゾーンへと消えてから、五ヶ月が経過しようとしていた。
アルフは朝を迎える度、今日こそ、じいちゃんは戻って来る! そう信じて、毎日を送ってきたが、戻ってこないのでは? という想いが、彼の心をじわじわと侵食し始めていた。その度、アルフは頭をぶんぶんと大きく振り、戻って来る‼︎ と信じ続けた。
遺跡前のゴツゴツとした岩場で、マジョルカが暮らす街の方をぼうっと眺めている。彼女との電話は相変わらず、毎日続いていた。その会話から、闇目病が広がり続け、とうとう街の灯りはひとつもつけられなくなったそうだ。
アルフは岩の間から生えている草をむしり取って、風にただ吹かれた。自分もマジョルカも、数ヶ月前までは、闇目病を治すと張り切っていたのに、今はそれが叶わない。あの元気はもうどこにもなかった。
ギギガの残していった荷物が視界に入って、ある考えが、アルフの中で膨らんでいく。ギギガは死んだのかもしれない……。彼との思い出が走馬灯のように浮かんでは消えてゆく。この世界のいたるところにある、遺跡をまわり、希望に満ちていた日々。
アルフは目頭が熱くなり、視界がゆがんだ。ギギガが作ってくれた弓矢を抱きかかえて、弦を引っ張っては離すを繰り返し始める。祖父とともに信じて、ここまできた。エガフォスに闇目病を治す水があるという仮説は、間違いだったのか。自分で確かめに行こうと、泉の縁に手を何度かけたことか。その度に、薄暗い部屋で一人過ごしているマジョルカを思い出して、思い留まった。
病気のマジョルカを想って、アルフは弱音を吐かなかった。他の人と会うことのない時間が長すぎた。アルフの心は弱っていたのだ。もう限界だった。アルフの頬を一粒の涙が流れていった。持っていた弓矢を、地面へ放り投げた。マジョルカを思い浮かべ、携帯を意識化で操作する。スリーコールで、
「もしもしーー?」
マジョルカの明るい声と笑顔が映し出された。間髪入れず、
「アルフ、今ね、マントの実験ーー!!」
彼の様子がおかしいことに、マジョルカは気づいて、言葉を止めた。アルフの何かをぐっと堪えている顔が気になった。
「どうしたの?」
彼の顔は悲しみで歪み、涙が瞳に溜まる。
「…………」
うつむいた彼から、次々と涙がこぼれ落ちてゆく。
「…………」
マジョルカは何も言わず、アルフが落ち着くのを待った。しばらくして、彼は深呼吸を何度もし、心を落ち着かせた。
「ずっと……じいちゃんのこと待ってたけどよ……」
「うん」
マジョルカは優しくうなずく。アルフは目を強くつぶり、今までの不安を一気に吐き出した。
「じいちゃん……もう、戻って来ねえんじゃねえかと思って」
ギギガの小さな背中が、闇の中に吸い込まれていくのが脳裏に浮かんだ。
「…………」
マジョルカは励ますことができなかった。五ヶ月も一人で待ち続けたアルフに、どんな言葉をかけていいのかわからず、黙っていた。
「死んだ……のかもしれねえ……」
そもそも、ギギガはエガフォスにたどり着けたのだろうか。それさえも、疑問になっていた。道が開くのが同じように、十五日と三十日なら、もう戻ってきてもいいはずだ。五ヶ月も過ぎているのだから。アルフが待っていることも重々承知だ。
それなのに戻ってこない。物言わぬ亡骸に成り果てたのかもしれない。その考えばかりが浮かんできた。
「…………」
マジョルカも同じことを思っていた。アルフの出した可能性が、ゼロだとは言い切れない。彼女も何度か考えたりしたが、その度、打ち消し、アルフと楽しく話す日々を送ってきた。彼女は寂しげに微笑んで、
「一度戻ってきたら?」
「…………」
アルフは視線を横へずらし、黙っていた。今日までずっと待っていた。闇目病の人たちを救いたい。それなのに、ここで戻るわけにはいかない。
迷い続けて、答えを返してこないアルフの心中を察して、マジョルカは急に大人びた瞳になって、
「まだ、そうと決まったわけじゃないでしょ?」
アルフを励まし始めた。マジョルカのやっていた研究も日々こんなものだ。仮説を立て、研究を重ねる。結果が出ないことなんて、当たり前で、途中で投げ出したくなる時も数え切れないほどあった。だが、ここは一度態勢を建て直す時だと彼女は思った。
「あなたが少し疲れただけよ、戻ってきたら? おじいさんを探す方法を一緒に考えましょう!」
「…………」
アルフはそれでも、留まろうと、待ち続けようとしていた。
店も家もない、岩だらけの荒野で、吹き付けてくる風をまともにくらい、よろめく日々。川があまりなく、蛍もいない、暗闇の毎日。林に出かけて行っては、獲物を狩り、それを一人きりで食べる。とうに疲れてきっていた、心も体も。家族とマジョルカの元へ帰りたかった。長い沈黙のあと、うつむいたままアルフの口が動いた。
「……だな」
電話を切り、アルフはギギガ宛に手紙をしたためた。
『じいちゃん、家に帰ってる』
アルフは書き終えた手紙を、遺跡の中へ置き、風で飛ばされないよう重しの石を置いた。ギギガの荷物は、いつ戻ってきてもいいように、遺跡の中へ整理した。
使い古したリュックを背負い、遺跡の方をしばらく眺めていた。夢いっぱいで、遺跡巡りの旅へと出て、古代文字を解読し、闇目病を治す手立てをやっと見つけた。それなのに、ギギガを一人置いて、自分は帰ろうとしている。
だが、マジョルカの言う通り、今が潮時かもしれない。アルフは遺跡に背を向け、オクト地区へと一人歩き出した。




