堂々巡り
放課後、的はいつもの練習。グラウンドで、呪文を唱えるを繰り返している。生きていることが奇跡という意味がわかってからの二ヶ月間、少しでも長く、剣の形を保てるよう、毎日練習してきた。自分の努力で、形作った剣を、ビュンビュンと振り回してみる。これなら、悪魔を退治できそうだ。
様子を見にきていたクピルは、手放しで喜んだ。
「やっと、ここまでこれたわね」
「はい!」
魔法使いと名乗れるようになってきた的は、満面の笑みを浮かべた。
「次は攻撃力を上げる練習ね」
クピルは課題を与え、別の生徒の方へ行ってしまった。的は汗をぬぐい、練習を再開。
しばらくして、ルヴィニとアメティスがないことに気づいた。的は慌てることなく、タオルをカバンへしまい始めた。
「新月か……」
今までの彼なら、びっくり仰天で、走り帰っていったが、彼はかばんをポンポンと叩いて、
「護符は持ってるし、魔法も使えるようになったから、大丈夫!」
的はグラウントから校舎脇への道を、のんびり歩き出した。
★ ★ ★
帰り道の途中。ステマ遺跡に差しかかろうとした時、前方の遺跡の近くで、青白い光が広がっては、消えてを繰り返していた。
防御魔法、誰かが悪魔と戦っている!!
的は悪魔に気づかれないよう、草むらに隠れながら近づいていった。自分の攻撃力はまだまだ弱い。むやみに出ていけば、ミイラ取りがミイラ。
草と草の間から、そっと覗いてみると、悪魔はふたり。対する人間もふたり。だけど、何かがおかしいのだ。傍にカバンを置いて、様子を伺う。
炎のような短髪の青年。彼のひたいには汗がびっしりだ。白いローブを着ている、マディス学園の生徒だろう。そして、もう一人は、紺のローブを着ている少年。どうやら違う学校のようだが、草むらに仰向けに倒れている。
悪魔の攻撃。炎のような短髪の青年の防御。悪魔の剣を防御魔法が弾いた!
的は思った。魔力の弱い人を、青年が守っているのだと。だが、防御だけでは敵は倒せない。的は自分が加勢しなくては、いずれ青年は精根尽き果てて、ふたりとも殺されてしまう。
その時だ。心配していた通り、青年は膝を地面にガクッと落とした。が、不思議なことが起こった。気を失っていたはずの少年が、急に立ち上がり、
「デオス プロセフホメ アナクフィシー オアシー」
聞き覚えのあるーークピルに傷を治してもらった時と同じ呪文を唱えた。癒しの光がひざまずいている青年を包み込み、彼の疲労が急速に消えていった。青年は再び立ち上がり、防御を始めると、少年がまた地面に倒れてしまった。今の治癒魔法で、どうやら力を使い果たしてしまったようだ。
「防御と治癒……」
的はあきれたため息をついた。守りと治癒だけでは、敵を倒せない。一体、いつから、彼らは守っては治癒を繰り返していたんだか。的はさっと走り寄り、青年の背後についた。
「デオス プロセフホメ スパフィー エピセシー!」
どこまで持つかわからないが、光の剣をしっかり握り、
「攻撃するから、防御は頼む」
青年はちらっと、的に群青色の瞳をよこした。
「了解」
青年は下がり、的が目へ出る。実践は初めてだ。だが、躊躇している場合ではない。的が光る剣で、悪魔に斬りかかった! 一筋の光が走る。しかし、攻撃力が弱いため、悪魔は後ろへよろけただけだった。一瞬、動きの止まってしまった的に、別の剣が襲ってくる。青年はそちらに目を向け、
「デオス プロセフホメ アスピダ アミナ!」
悪魔の剣ははじかれた。その隙を逃さず、的は剣で斬りつけるが、こちらも後ろへよろけただけだった。的の背後から、
「各個撃破」
なんとも短い指示が聞こえてきた。
「え……?」
戦いのない平和な日本で、育ってきた的には、無縁の言葉だった。わけがわからなくなっていると、青年が落ち着いた様子で、
「左が先、右はあと」
「あぁ……」
的の思考は再び動き始め、
「右は俺が食い止める」
青年の言葉を聞き、的は何度も左の悪魔に剣を振り下ろした。右の悪魔は青年が防御しているが、的と対峙している悪魔には盾がない。一瞬の隙をついて、悪魔の剣が的の左腕をかすめた。護符の入ったカバンを置いてきてしまったことを後悔したが、もう遅い。
「うっ!」
彼は一瞬ひるんだが、気合を入れ、
「うおーっ!」
叫ぶと、剣の光が増すのを感じた。悪魔を右から左へばっさり斬りつけた。悪魔はよろめきつつ、光の粒子へ変わった。一体やっつけた。
「よし!」
的は左腕の痛みも忘れ、残った悪魔に攻撃する。今度は存分に剣をふるえる。青年の防御魔法があるからだ。それでも、まだまだ攻撃力の弱い的の剣では、悪魔を倒すのに、五振り必要だった。すうっと、光の粒が空へ舞った。的と青年はホッとして、地面に崩れ落ちるようにへたり込んでしまった。緊張の糸が切れ、的は負った傷が再燃。
「痛っ!」
思わず、腕に手を当てそうになったが、また血が出てるかもしれないと思うと、怖くて触れなかった。傷口を見るのも苦手。的は左腕が自分の視界に入らないように、顔を右に背けた。的の視界の端に、優しい光が入り込んできた。それと同時に、腕の痛みが引いてゆく。
「あぁ、ありがとう」
「こっちこそ、ありがとうございます」
緩やかなウェーブの金髪、サファイア色した少し幼い印象の瞳。それらは、的にまっすぐ向けられていて、
「道明寺先輩を治癒したんだ! 嬉しいなぁ〜♪♪」
「先輩……?」
的は専門部一年。先輩と呼ばれるのは変だ。サファイアブルーの瞳から、尊敬のまなざしが注がれ、
「俺は高等部、治癒科、三年。ジュラン ダヒデで〜す♪」
「あぁ……」
的は納得の声をあげた。だから、ジュランの服は紺色なのだ。的は右手だけを差し出し、ジュランはがっちり両手でつかんで、上下にぶんぶんと揺さぶった。どうやら、高等部でも的は有名人らしい。そこへ、蚊の鳴くような声が、
「ジュラン、頼む」
ふたりが視線を向けると、ぐったりしている青年が。
「あ、そうだった! ギル先輩、ごめんなさい」
ジュランと的は、手負いの青年を一人残し、話し込んでいた。あんまりである。ジュランは青年に駆け寄り、呪文を唱え始めた。それは以前、クピルがしてくれたものとは比べ物にならないほど、大きな力が感じられた。青年は立ち上がり、感情のない声と瞳で、
「ギル シュワルツ、防御科、二年」
的は握手を求めつつ、
「助けてくれて、ありがとう
「剣じゃない、お前は」
手も握らず、言葉足らずのギル。しかも、いきなりダメ出し。的は驚いて、
「え……?」
聞き返したが、ギルは構わず、
「別の武器」
「…………」
的は手を出したまま固まっていた。ギルは相手にはお構いなしで、真っ直ぐなものの言い様。
「合ってない、だから弱い」
「あぁ……」
やっと意味を理解した的は、手のひらを上にして、じっと見つめ始めた。何だ? 他の武器って……?
ギルも的と同じように、相当マイペースらしく。別の話題に突然変えた。
「ジュランは、セフィス一の治癒魔法の使い手だが……」
その時、灯草に照らし出された、ジュランの瞳は陰り、急にまどろみ始めた。
「ん?」
的が顔を上げると、突然、ジュランは草むらにばたんと倒れた。
「えぇっっっ!!」
慌てて、ジュランに駆け寄り、的は起こそうとする。
「だ、大丈夫!?」
ギルは平然と言ってのける。
「ジュランは己よりも、他人を優先する。だから、倒れる」
「はぁー……」
的は大きくため息をついた。つまり、ジュランは自分が倒れるまで、他人に治癒魔法を使ってしまう。それがさっきの堂々巡りの原因だったようだ。
「五分で起きる」
ジュランは草原の上でスヤスヤと寝息を立てていた。その顔は幼い子供みたいで、的は思わず微笑んだ。そよ風が灯草を揺らすこと五分。ギルの言った通り、明るい声が響いた。
「先輩、帰りましょうー♪」
まるで、カップラーメンのようだと、的は密かに思った。倒れていたジュランは、パッと起き上がり、笑顔でギルの袖を引っ張った。
「じゃあ」
「道明寺先輩、まったねー♪」
ギルはドライな性格で、くるっと背を向けた。ジュランは両手を上げ、ぶんぶんと大きく振りながら、後ろ向きで歩いてゆく。的はぼんやりした瞳に、ふたりを映して、
「あぁ……」
なんとも中途半端な返事をした。剣じゃない武器……? まだ、考え続けていたのだった。
★ ★ ★
明日は満月という放課後。護符の入っているカバンを、しっかり斜めがけしていた的は、突然、寄り道したくなった。今まで行ったことのない方向ーー家とは反対の道を歩き出した。綺麗な満月のほのかな光に、自分の影が映し出されている。それだけで、とても幻想的で、的の大好きな景色だった。
不意に、やらわかな水の音が聞こえてきた。
「川……?」
的は今日の散策は、当たりだったと思った。どこか、近くで、川の音を聞きながら、夜空を眺めようと決めた。その時だった。
「あっ! 道明寺先輩!」
「?」
月明かりの下に、金髪、碧眼の少年が立っていた。的は誰だかすぐ気づいて、
「あ、ジュラン」
とても懐いている犬みたいに、ジュランは走り寄ってきて、
「どうしたんですか〜? こっち、先輩の家の方じゃないですよね?」
「ちょっと、寄り道したくなって……」
ジュランは何かを思い出したかのように、大きな声をあげた。
「あ、いいことありますよ〜♪」
「えっ?」
「こっち、こっち〜♪」
ジュランに腕を引っ張られるまんま、的はついていった。川の音が大きくなっていく、道の両脇は草がぼうぼう生えていて、自分たちの姿が丸隠れ。ちょっとした、穴場スポット。
獣道をたどっていくと、目の前に突然、紫と赤の月を映した水面が現れた。的が感動するよりも先に、ジュランの声が響いた。
「ギル先輩! 道明寺先輩、来ましたよ〜♪」
的たちに背を向けるように座っていた、炎の髪の青年は、
「あ……」
短い言葉を発し、次で、ちゃぽんと水の中に何かが落ちる音がした。ジュランは的から手を離し、慌てて、ギルに頭を下げ始める。
「ごめんなさい! 先輩」
「静かにしないと、魚逃げる」
的が遅れて、ふたりの背中に近づくと、ギルが釣り糸を川に垂らしていた。彼の隣には銀のバケツがあり、ピチピチと魚が跳ねている。
「釣り?」
「趣味」
的の問いかけに、必要最低限答えたギルは、再び、遠くへ釣り糸を投げた。ジュランが近くへやって来て、耳元で囁いた。
「道明寺先輩も一緒に、ここで夕食食べませんか〜?」
岩のごとく、動かないギルをチラッと見て、的は聞き返した。
「いいのかな?」
「いい」
ギルの落ち着き払った声に、的は甘えることにした。
しばらく、的とジュランは魚が逃げないように、岸から離れた場所に座り、声を殺して会話をするを繰り返していた。
的が足元にあった、石ころを投げては拾うをしていた時、
「来た」
ギルの口元が動いた。慣れた感じで、糸を手繰り寄せた。水面が小さく振動し、月明かりの元、魚が突如姿を現した。銀のバケツにドスンと入れらた。
ずっと静かにしていたジュランは、大きく息を吸って、
「やったー!」
喜びをあらわにした。リアクションが薄い的も、立ち上がって、珍しく微笑んだ。
木の枝を三本拾って来て、魚を串刺しに。で、ここで問題。
「道明寺くん、火は?」
「えっ?」
ギルの問いかけに、的は何を言われているかわからなかった。言葉足らずの青年の代わりに、ジュランが明るく説明する。
「学校の街灯あるじゃないですか? あれ、全部、攻撃科の生徒が灯してるんですよ」
「そうなの!」
てっきり、ろうそくかなんかなのかと思っていた的は、驚き声をそこら中に響き渡らせた。この分ではできそうになりと判断したギルは、早速、石でカチカチと火を起こしていた。
文明の利器のないこの世界では、こんなこと朝飯前で、火は簡単についた。パチパチと爆ぜる音がしながら、三人の顔は炎色に染まっていた。
魚が焼ける、いい匂いを嗅ぎながら、、的はここ最近のことを思い出した。
「誰かと一緒に食事するの、久しぶりだよ」
食事ができるのはまだかまだかと、体を左右に揺らしながら待っていたジュランは、
「じゃあ、また一緒に食べましょう♪」
「ん」
言葉は短いが、ギルも賛成した。そこで、的はあることに気がついた。自分は地球からやって来た。当然ながら、家族は誰もいない。だから、一人でこんなところで食事をしていても平気だが、ほかのふたりは大丈夫なんだろうか?
「ふたりはここで、ご飯なんか食べてて平気なの?」
焼きあがった魚が回って来て、的は一口かじった。ジュランは珍しく低めのトーンで、
「家族は全員、六年前に死んじゃったから、一人なんです……」
的は食べるのをやめて、しまったという顔をした。
「ごめん」
ジュランはいつもの明るい彼に戻り、
「先輩が謝ることじゃないですよ〜♪」
無言で食べていたギルが、突然話し出した。
「俺は南の村に住んでて、入学のため引越し」
「そうなんだ」
的はギルも自分と同じなんだと思った。魔法ができるようになった彼は、元気一杯のジュランも悲しみを超えて、魔法の勉強しているのだと知った。だから、これ以上、悲しい思いをする人が出ないよう。自分にあった武器を一日でも早く見つけて、一人でも多くの人を助けられるようにと心に決めた。
三人の頭上を、星が一筋流れて行った。




