24 馬鹿の裏返しはまた馬鹿
俺、アーベル・ファルベは絶句していた。
理由は明白ラントという少女がダニエルの顎に回し蹴りを放ちそのまま意識を持っていったのだから。
そして当の彼女自身は
「さて、殴ったよ!これで仲間にしてもらえるかなー」
なんて笑顔で言いやがっていた。しかもその笑顔が純粋無垢ゆえに悪魔的なものにまで思えてしまう。
「・・・いや、蹴ってたよお前」
と、ダニエルの取り巻きBが倒れたダニエルに視線を送ったまま呟く。うん、もっともだ。
「あれ・・・ほんとだ・・・手より先に足が出てたよ」
と本人もたいそう驚愕の様子である。
だがそもそも仲間に入れてほしければ俺を殴るという約束だったはずだ。なぜダニエルを蹴りつけたのか。
「いや、でも「お前なかなかやるな」「お前もな」みたいな友情を芽生えさせるなら殴っても蹴っても一緒だよね?」
「「「・・・」」」
彼女の中での解釈は俺たちのものとはかなりのズレが生じていたらしい。
「アーベルを殴ればダニエルの仲間になれる」という約束がどういう訳か、彼女の中では「ダニエルを殴ればそこから友情が芽生えてダニエルの仲間になれる」という話になっていたらしい。それも何の悪意も持たずに。
「ともかくこれからよろしく!・・・えっと、名前分からないけど取り敢えず肩幅広い人!」
周りの空気なんぞ読めないどころか元から無いかのように、崩れ落ちたダニエルの手を取り陽気にぶんぶんと握手をした。その際ダニエルが鼻の下を伸ばしたように見えたのは幻覚であってほしい。
一通り挨拶が済んだようで、ラントはすっくと立ち上がると次は先程自身のたれで服を汚した少年を見据えた。彼はもう汚れを拭うのを諦めたようで、擦る手を止め代わりに汚れた部分を握りしめている。
そんな彼に一言
「君とも仲間に・・・」
「うあああああああああ」
ラントが握った拳から言いしれぬ不安を覚えたのだろう。ひ弱そうな彼はラントのバイオレンスフレンド登録から逃れるために全力で駆けていった。
少し寂しそうな、つまらなそうな表情をしたあと彼女は取り巻きBをロックオンしようとしたが、ずる賢そうな彼はそそくさとダニエルを連れて離脱していた。
未だ暑いこの時期この時間に何とも穏やかな風が吹いた。落ち葉でも運んで来そうである。
ラントはまた少し肩を落とす。
「仲間がいる方が楽しいのになあ・・・」
何かを思い出すかのように遠く、小さく見える黒い壁の更に又遠くを見つめる。
ダニエルとの会話から考察するに彼女もファルベで育った人間なのだろう。そんな人間が国に追われ知らない土地に送り出される。不安、不満があって然るべきだ。友人とだって離ればなれになっているかも知れない。
(彼女と仲間になれるかもなどと馬鹿なことだ)
彼女が友人と離れる結果となったのは自分の一族のせいだ。彼女をこんな世界に送り出したのは俺たちだ。殴られて仲間にしてもらえるなら殴られても良いかな、なんて考えは間違っている。彼女にとって俺は殴る価値すら無いだろう。
「さて、大丈夫?」
「えっ」
思いにふけっていて、ラントがこちらに寄ってきていたことに気がつかなかった。
彼女が俺に手を差し伸べている。
ラントは柔らかい表情で俺を待つ。
俺の一族が何をしたか分かった上でこんな行為をしているのか?
そんな馬鹿な。
このまま捨て置いてくれればそれで良かったのだ。手なんぞ差し伸べられては・・・期待してしまう。
「・・・」
握り替えして良いのだろうか。期待しても良いのだろうか。俺は彼女に赦されて良い存在なのだろうか。
罪悪感と寂寥感の海に漂って手を上に伸ばせない。
俺は、
これから彼女に友情を感じて良いのだろうか。
「ほいっ」
と、彷徨わせていた手が呆気なく握り替えされる。
女の子の割に強い力に引き上げられ、本当に呆気にとられるくらい簡単に海から抜け出す。
慣れない空気が肺を燻る。
しかし、そこにあるのは苦しみではなく友情をを期待する幸せだった。