01、私は可笑しいらしい。
私は可笑しいらしい。
されど、それは自分自身がそう見えるように演じているだけなんて云う希望的観測はなし。
私は私である。それ以上もそれ以下もない。ピッタリ一点しかないだろう。私の中で、私中心という価値観が成立している。
それが可笑しいなどと、他人には歪んで見えるだろうか。
ならば屈折率を何とかしなければ、一生解決されることはないのだろう。
しかし、そんな知識を持ち合わせているほど便利な脳をしていないし、知識を入れる努力も怠った。理解力がない。
だからか、だから私はこうなのか。
***
信号は赤だった。
別に珍しくない。
ここの交差点は驚くべきことに五差路なのである。
三叉路でも丁字路でもなく、五差路。国土交通省はどうかしているだろうと思わされる桁違いの接続だけれど、今いるところがかの名古屋市だからという理由なら納得できるかな?
ただでさえ信号の赤は苛立たせるのに、待ち時間は有に五分を超えることもあるそんな最悪の交差点だと言われている。
しかし、私は悪くないと思ってる。赤は余り好きではないが、信号機の赤は好きだ。蛍光色と言うか、警告されているような……。
こんな理由では赤が嫌いということにならないだろうか。それならば、それでいいのだろうけれど、いちいち信号の色に感想を持たないのが、普通なのだろう。
信号の色を語るなら、青は進めるから嫌い。赤は止まるから好きとただ二分で選ぶべきなのだろう。
一般論的には逆なのだろうけれど。
ああ。青になった。
私の好きな瞬間は一瞬らしい。それもまた一興か。
まあ。こんだけ赤を上げれば、青も上げなければならないだろう。けれど、私にとっては別に良いところはない。進めるくらいだろうか。
むしろ、色と言うか、音が好きなのだ。
ここの交差点の信号のあの音。それはまるで、したこともないパチスロの当り演出が出たときのようである。軽快な音楽に私の心は自然と踊った。
いいや、心だけでもなく、全身でその幸福感を体現しなければならない義務感に追われた。
それくらいにはその音が好きだった。
私はとにかくよくも分からず、踊った。
横断歩道の白線だけを踏み渡って、ステップを踏んだり、回転したり、した。形式的に踊っていだけれど、傍から見れば完全にダンシングだった。ほら、そこで見ているトラックのあんちゃんだってもっとみたいだろう?クラクションを奏でて、私のダンシングに共鳴しているらしい。だったらそのカスタマー様には完全なるダンシングを開発したいなと思い、もっと回転を増やしたり、上半身を使ってうねうねさせて見たり、ボックスステップとか言う唯一知っているダンス知識を捻り出して捻りを見せた。
しかし、完全なるダンシングを開発する前に横断歩道は終わってしまった。私はここで横断歩道系ダンサーを確立する予定であったが、悔やまれる。
ちっ、ちっ、と。軽快な音楽が未だに続いているので、また踊りたくもなったけど、やめた。今踊っても横断歩道系ダンサーではないからね。別にそれに確固たる所以があるわけでもないけれど、この信念は初志貫徹で。
そんな風に考えたので、私は適当に歩を進めた。
向かって歩いたのは横断歩道を渡って右折、百メートル。既に眼前に見受けられる高校だった。
そこに不可解にも列が出来ている。邪魔だと、私は列の最前列に踊り出るのだが、ああなるほど。
検問をしているらしい。
検問は別にどうでもいい。どうせ引っかからないという自負があるからだ。
しかし、嫌な点はそれをしている教員があの私の国語に対する論を並び立てたのをあしらった教員だからだ。
私は敵意を送っておいた。別にばれやしない。
もっと敵意を向けている人たちがまた別の列にいたからである。
その列はややはっちゃけた色気づいた盛かり気のある雌たちが中心だった。その彼女らは大体は検問に引っかかっていると言う所だろうか。まるで大久保公園である。後々、厳重な忠告があるだろう。私はそんな忠告を聞ける質ではないので、脱走するだろう。気の毒にと一方的な目配せをしておいた。
そもそも何で引っかかったのだろうかと。私は結構きにしいなので、必要もなくここから目を凝らして観察してみる。バックから堂々と見えるヘアアイロン。今爪がてらてらと光った。ネイルか。顔に目を移せば、化粧をしているのは明白この上なかった。やはり、見た目からの予想の範疇を超えない代物である。私は元来化粧をしたことがないので無縁なものである。だからこそ、そこにラインナップされる予定はない筈だ。
私の番となった。さあ。ここからそこまで、しっかりと観察しなさいな。
よし。良いんじゃないかな。とか適当な判断をして、クラスへ向かおうとした。
がしり。そう腕を掴まれた。ああ。確かにバックを忘れていたな。
「おい。マキナ。なんだこれは」
「ああ。すいません。荷物検査で荷物を忘れるなんてあり得ませんよね」
「そうじゃない。なんだこれは」
あれ?そういう訳ではないのか?ではなぜこうも止められているのか?私の考えは完璧だった筈。
「なんだろう?分からない」
「分からないのもあるかっ。誰がどう見ても、絵具セットだろ?これは中学生までだろっ。いや、絵具セットと言うには結構本格的だ。画架がある」
「しかし、学校に必要ないものではありませんよね」
「それは、小学校の話だ。別に絵具セットなんて持って行かなくとも美術の授業や美術部でさえ必要はなかったはずだ」
「便利ですね。私立だからですかね」
「そうだろうけど、と、言うかマキナは美術を選択していないし、美術部でもないじゃないか」
「けれど、持ってきていけないとは言っていないですよね?」
「確かにそうだ。けれど、ここが本題ではない」
「はい?」
「マキナ。あのな。筆箱とか教科書は?」
「あっー」
どうしようもないことに気が付いた。家の掃除をしていたら、懐かしくも追憶に浸り、そのまま考えずに持ってきてしまったのか。
よく見ればバック、バックと言いながらもこれはスクールバックではないのは見れば明らかだった。
なんという失敗。
これでは授業が……。いいや、いやいや、別に大丈夫だろう。私の目線はバックの中にあった。
1講時目は確か国語か……。まだ大丈夫だな。
「えっと……だな……」
板書に書かれるチョークの音が消える。消えた後にチョークは轟音を鳴らして折れた。
「はは。なんだ。あんな」
「またいつものことよ」
「まあまあ」
「そんなもんですよ」
「確かに」
授業という静寂な待合室で決壊したダムのように有象無象が何か話している。こちらの方が轟音だったようだ。
てか、よくも飽きずに話続けるものだ。休み時間にも十分に話し込んでいただろ。
誰について話しているかというと私ではあったのだけれど。
どうでもいいけれど。
「マキナ~。マキナ~。聞こえているのか?」
不可解に思う気持ちが声に出ている。
ついには、トントンと足音が近づいて来て、「マキナっ」と耳元で叫ばれたのだ。
ダイレクトにうずまき管に響いてきた。
「わっ。ちょっ」
当然、動転してみっともない声を上げながら、ぐにゃりと線が曲がり、筆洗器を倒してしまった。トクトクと水が流れ出し、その教師の足元まで染み出した。
「あー」
「隣の人可哀想」
「まあまあ」
「やっぱりお姉さまとは違いますね」
「お姉さまは尊敬できましたね。今は……」
「言っちゃだめでしょう。残念ながら妹さんは精神異常者なんですから」
私の失敗を見て、彼女らは論理をどんどん飛躍させていく。五月蠅いねえとしか思わない。文字通りハエでしかない。
お前らが解決してくれよ。これ。
ちょっと顔を向けて見れば、顔を逸らす。その程度だ。
「ど、どうしてくれるんですか。消せないんですよ」と教師にやや、苛立ちが勝って声を荒げてしまう。
「板書を絵具で書くなっ。大層に画架を掲げて……」と私のノートを見て、「なんだこれ、絵でも描いているのかっ」と喚く。
「落書きですよ。ちょっとした」
「ちょっとしたものじゃないでしょう。美術の授業なら大作だ。板書は?板書」
「いや、だから板書で、この絵を作って見たのです。しっかり線を見てくださいよ」
「ああ……」
私の状態を全体を満遍なく一瞥したなら、はあと、溜息を吐かれた。吐かれた方はたまったものではない。どうしたらいい?
「お前はお姉さんよりも酷い。どうしてこうしてなのか。姉は姉で、天才のようで……」
「知らないですよ」
「でも、ここまで可笑しくはなかっただろう。こんな絵具広げて……」
「けど、私は筆記具をこれしか持ってませんよ?ああ。習字の道具なら、授業のものが……」
「それは君の姉と同じだ。なんでこうも貸してもらうという発想が出ないのか」
「確かにそうですね」
「何故思いつかないんだ」
「分かりませんね」
「まあ。あとで、筆記具を貸してあげますから、そのぶちまけた水を片付けなさい」
「最初からそうして欲しかったですね」
「それは貴方から言わないと、貸しません。大人になったらですね貴方は……」
あと割愛。
つらつらと説教をするだけで何も面白くない。そこで街談巷説に花を咲かせる彼女らは気にならないほどに五月蠅い限りだった。
「私、掃除道具取ってきますね」と一言入れて私は教室を出て行った。
教師がなんか叫んでいたけれど、私の知ったこっちゃない。




